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明け方。鳥の鳴く声が聞こえ、夜が白み始めてきた。


学園内で生徒の活動が認められているのは、朝の5時以降で、それまでは部屋から出ることが禁じられている。

私は、早起きと玉ねぎが昔から大嫌いだが、今朝は5時を待たずに起床した。

顔を洗い、髪を整えて、制服に着替える。

何かの役に立つかも、と思いついて、リボンを通したホイッスルを首からかけ、襟の中に仕舞い込んだ。

寄宿棟の中を移動するだけだから、いつもの少しヒールのあるパンプスではなく、紺色の部屋用スリッポンを履く。


時計を見ると、いつの間にか5時を過ぎていた。


始業まではかなりあるから、もしパティに何もなければ二度寝しよう。


そっと自分の部屋のドアのを開け、廊下に出るがもちろんこんな時間に人気はない。私以外の乙女達は、全員夢の中だ。

部屋に鍵をかけると、一階に向かった。


一階まで階段で降りると、北側の廊下へ進む。日の出の時刻はもうとっくに過ぎているはずなのに、窓から刺す光はまだ弱々しい。

12号室の扉の前に立つと、起こしたらごめん、と手を合わせてから、小さくノックをして、耳を澄ます。


と、部屋から何か小さなが聞こえてきたような気がする。

パティかな。

幸い隣の部屋は空き部屋な上、12号室は角部屋だ。少々周りに音が聞こえても迷惑はかけないはず。私はもう少し大きめの音でノックをしてみた。


静かな廊下は無音のままだ。扉の向こう側からも何も聞こえない。


さっき何か聞こえたのは勘違いかな。やっぱりぐっすり寝てるのかも。


こんな時間に部屋に来るのは名案ではなかったかもしれない。でも、せっかくここまで来たから、一階の談話室でパティが起きて来るのを待つことにしようか。一階にいれば、パティの知り合いに、昨日の彼女の様子を聞けるかもしれない。


それとも…。


ちょっと失礼が過ぎるとは思ったけど、ここまで来たんだから。私はドアノブを握り、扉を開けてみることにした。

ドアはすんなり開いた。鍵がかけられていない。無用心な気もするが、学園の中には友人が自由に部屋に出入りできるよう鍵をかけない生徒もいる。私も一年生の時はいつも鍵を開けておいて、毎朝誰かに起こしてもらってたっけ。


細くドアを開けると、私の部屋と同じ作りの居室が見える。ベッドの上に人影が見えれば安心だ…


ん?


ベッドには、誰もいない。


一気に背筋が凍る。ベッドに、パティがいない。

ドアを押し開け、中に入る。


その瞬間――


暗い陰が私の眼の前をよぎり、誰かが私を背後から羽交い締めにした。身をよじって離れようとしてもその力には敵わない。だれか、と助けを呼ぼうと声を上げる前に、私は口と鼻を布で押さえられてしまう。


私の意識は、そのまま暗い沼の深い淵に引き摺り込まれた。



暗闇の中に、見たことのある女の人が膝を抱えて座っている。

肩にかかるくらいの長さの黒髪、かなりラフな、というかヨレヨレのシャツと着古したズボンを身に付けている。

俯いており表情は見えないが、その姿に懐かしさが込み上げる。


あれは、私だ。

山田祥子の姿だ。


そう、あれは前世の私。顔を伏せてじっとしている。


どうしてそんなに悲しそうなの?


話しかけようとしたが、声が出ない。

ふいに、彼女が泣いているんじゃないかと思った途端、これまで務めて考えないようにしてきた、前世の後悔と寂しさが押し寄せてくる。


両親、弟、祖父母、親戚、友達…みんなに会いたい。

あのまま祥子として生きても、もしかしたら何もいいことなんてなかったかもしれない、それでも生きたかった。

やり残したこと、またねという軽い約束、体に気をつけなさいよ、という書き慣れた母の声、もう二度と会えない大好きだった人たち。

大変な事を忘れかけていた。


ああ、そっか。


私は気付かないフリを続けていたけど、祥子として死んでしまったことが、悲しくて悔しかったんだ。

膝を抱えている(祥子)に、私は近付いて横に並んで座り、肩を抱いて引き寄せる。体は暖かく、生身の人間だ。私が横にいても、(祥子)は俯いたまま動かない。私がいることに気が付いていないのかもしれない。顔を覗き込むと、(祥子)は静かに涙を流していた。


終わった事――祥子としての人生が呆気なく終わった事――を考えても仕方ない、と割り切っていたつもりだけど。

どうしようもないし、考えてしまったら辛い。誰にも相談出来ない。

だから、決してそのことは考えない。


(祥子)として生きていたかったという気持ちを押し殺すことは、(祥子)を忘れるということでもあったのかもしれない。


私はそのまま私に体を寄せて、背中を丸めて泣いている自分自身を撫で続けた。


忘れてないよ


声を掛けるが、やっぱり私の声は音にならない。

いつの間にか、私の目からも涙が溢れていた。

彼女にもたれ掛かり、背中をさする。


どうしようもなく悲しくて切ないけど、心の澱が少しずつ溶けていくような感覚があった。

しんみりしちゃったので、次なるイケメンを早めに投下したいと思います

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