11 キース先生の研究室
学園内には、研究棟と呼ばれる施設があり、そこでは国内における最先端の魔道具の研究が行われている。研究設備としても、国内外でもトップクラスの研究機材があり、魔力と研究の実力者が集まっているという。私たち生徒は、一部の施設以外はこの研究棟にも自由な立ち入りが許されている。
研究棟には、その筋では知らぬ者のいない偉い先生方がゴロゴロいるらしいが、そんな中で私たち生徒の授業を受け持ってくれている若手の先生、キース・ハートネット先生に用事があって今日は研究棟にやって来た。
長い廊下に等間隔に並んだ扉。昼間だというのに廊下は薄暗く、なんとなく不気味な雰囲気だ。先生の名前の表札が小さく掲げられている扉の前で、一度深呼吸。先生の研究室はいつも埃っぽいから今のうちに新鮮な空気をしっかり吸っておかないと。
重そうな鉄製の灰色の扉をコツコツとノックする。
「キース先生、ラヴィニアです。お忙しいですか」
反応が返って来ない。これは、いつものこと。先生の専門は「音」だ。精霊達の振動や反応などを魔道具に込めて、音を増幅したり半減させたりする研究を行っている。
今日もきっと、謎の防音装置を頭からすっぽり被って研究に没頭してるに違いない。
意を決して、拳を握り、今度は思い切り扉を叩き、声を張り上げる。
「キース先生! お話があって参りました。お邪魔しても宜しいでしょうか」
もちろん反応はない。ここまでやっても反応がなかったのだから、中に先生がいないか、ドアを開けて確かめるくらい大丈夫だろう。
ということでドアノブを下げると、中開きで重たい扉が開いた。
研究室の中は全くの無音だった。
薄暗い研究室の壁面には大量の本が収納され、床や机の上にはも謎の部品などが山積みになっており、足の踏み場もない。バネやネジのようなもの、歯車の一部、設計図のような書類。天井からは大きな紋章が描かれた謎の発光金属板が連凧のように繋げられ、床まで垂れ下がっている。前回ここを訪問した時より、ひどい状態だ。
後ろ姿しか見えないが、床に這いつくばって何かをやっているか白衣の男性がキース先生に違いない。
「先生!」
謎の研究材料で溢れかえった空間に足踏み入れる勇気はなく、大声で呼びかけるが、やはりこちらに気付いていないようだ。
「先生!」
だめか…。ならば。ポケットから、銀のホイッスルを取り出して、思いっきり吹き鳴らしてみる。
「ぴぴーーーーーーーーーーーーー!!!」
白衣の先生が立ち上がり振り返る。今日はヘンテコな丸いゴーグルと両耳にメガホンが付いたような奇妙なヘルメットをつけている。私に気が付いたようだ。
ヘルメットとゴーグルを取ると、いつものちょっと困ったような笑顔が覗く。
「お、来てたんだね、ラヴィニアさん」
先生のサラサラの髪は角度によって青味がかって見える不思議な灰色で、肩まで伸びた髪をいつも後ろで無造作に束ねている。切れ長の瞳は綺麗な鳶色。よくよく見ると儚げで整った顔立ち。かなりの高身長なのに猫背と若干挙動不審なせいで残念というのが女子生徒からの評価だ。いつも白衣を着ていて、今日は白衣の下はラフな紺色のシャツ一枚と同系色のヨレヨレのズボン、足元はスリッパのようなものを引っかけている。研究所には異例の二十二歳で配属された天才で、今年で御年二十五歳の男盛りだ。
乙女ゲームのキャラらしからぬ彼も、原作ゲームでは攻略対象だ。女性が苦手で研究第一、奥手でシャイな先生の研究への原動力は、スイーツを食べることである。彼は前世の私のお気に入りキャラクターで、アルバートに次いで攻略済みだ。
クリア後のお楽しみ、初めての夜は、初々しくて優しさに溢れていて…。素敵でした、先生。
なのでキース先生に会うと自然とニマニマしてしまう。
「先生、すみません勝手に研究室に入ってしまって」
「いえいえ、大丈夫です。
どうぞ中に入って下さい、あ、そうか、貴方と二人きりになってしまうから扉を閉めるのはまずいな。
これをこうして…あーダメだ。ではこうして…」
私が押さえたままの扉に、先生は大きな石や本を扉に立てかけるが、重たい扉はすぐに閉まろうとしてしまう。
「大丈夫です、先生さえよろしければ、このまま聴いていただけますか」
「そうですね、確かに研究室の中には人間が落ち着ける空間はありませんし…。」
そう言って先生は扉と私の間に立ち、扉を押さえてくれる。ちょっと距離が近いが、これ以上距離を取ろうにも扉が開閉できる空間以外はモノが積みあがっていて話をするには、二人ともここに立つしかない。
「それで、今日はどうしたんですか。ホイッスルがもう一つ欲しくなったとか? 拡声器の調子が悪いとか?」
ホイッスルや拡声器は先生にお願いして作ってもらった特注品だ。
拡声器はアイデアを伝えたところ、少年のように瞳を輝かせ「きっとできますよ!」という言葉から約十日後、本当に試作機を開発してくれたのだった。風紀委員で使っている拡声器は、この試作機だ。
最近は、拡声器の販売権を研究所に譲渡し、研究所が製品化への準備を開始しているらしい。
当初先生は、販売権は私に譲ると言って聞かなかったが、今のところ私はお金に困っていないし、難しい制作を担当したのは先生なので丁重にお断りした。
最近では拡声器のアイデアを考案した私のことを一目置いてくれているみたいで嬉しい。
「いえ、違うんです。今日はちょっと、先生にご相談が」
「なんなりと。ラヴィニアさんのお願いなら、お断りするわけにはいきません」
「ふふ。ありがとうございます。あ。これ、今日の差し入れです。よろしければお召し上がりくださいね」
今日の差し入れは王都で流行っているお菓子屋さんのチョコレートだ。ラズベリーや洋酒、ピーカンナッツなどがチョコレートの中に入っている。赤いリボンのついた紙包みを手渡すと、先生の表情が明るくなった。袋を少し開けて中を覗き見ようとしたが、すぐに諦め、白衣の大きなポケットの中に入れる。
「いつもありがとう。ラヴィニアさんからのスイーツはいつもハズレがないから今回も楽しみです」
「ふふふ。お口に合うとうれしいです。
――えーっと、それで先生に相談というのは、新しい魔道具について、先生ならなんらか実現への方法を教えていただけるのではと思いまして…」
「ふむ」
「離れたところに、例えばお隣の部屋とか、1階と3階とか、それくらいの距離にいて、直接声が届かない相手と魔道具を介して会話する、ということは可能でしょうか」
「魔道具を介して…会話」
「はい。小声でも離れたところにいる人と会話するための魔道具。こんなことは可能でしょうか」
先生は黙っている。考え事を始めると、急に黙ってしまうのは先生の癖だ。考え事に没頭している真剣な表情の先生をここぞとばかりにじっと見つめる。
今日もイケメンだわ。眼福。
「…すごい」
しばらく考え込んだ後、先生がぽつりとつぶやいた、途端。私の両手をひしと握って私を引き寄せ、興奮気味に話し出す。
「ラヴィニアさん、それはすごいアイデアですよ!もし実現できたら、世界に大革命が起こります。
できます、できますとも。風の精霊の力の制御は難しいでしょうが、理論的には不可能ではありませんし…いや、力の制御はできたとしても、その素材がどうすれば…
って、ああ!」
急に我に返ったのか、握った手をぱっと離し赤面する先生。めちゃくちゃかわいい。
「ああ、ごめんなさい。気が動転して、申し訳ない。ご令嬢の手を取るなんて。本当にすみません」
「いえ、いいんです、大丈夫です」
むしろ大歓迎です、と付け加えそうになるが我慢。
謝りつつも、至近距離のまま先生は続ける。顔が近い。残念ながら、こんな状況でも先生に下心などは全くない。
「するとラヴィニアさん、つまりそんな魔道具が必要ということなんですね」
「…はい」
「いつまでに?」
そんな世紀の大発明を、いつまでにほしいのかと聞かれている。困った。しかし本当は今すぐにでもほしい。
正直に言おう。正直一番。
私は先生をまっすぐ見つめて言った。
「なるべく早く、です」
先生と私は、しばらく黙ってお互いを見つめていた。不意に先生が不敵に笑った。
「やってみましょう。作れると思います、その魔道具」
先生の目がやる気に燃えている。彼なら、きっと実現してくれるに違いない。




