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気が向いた時、忘れてはいけないことが起きた時、私は日記を付けている。毎日ではないけど、なんとなく気になることがあった日になるべく私情を挟まず淡々と。
部屋に戻ると、日記帳を広げた。
今日の日記。
すごく色々なことがあった。
午後の授業が終わったら、風紀委員の三人と、裏庭での三日目の張り込み。物陰に隠れること約二時間弱で、王子とヒロインが登場。ホイッスルと拡声器で警告して、イチャイチャの現場を手鏡型動画保存機に収めた。濃厚なキスシーンが撮れていた。
今日セシリアの攻略対象がアルバートだということが確定したが、本当に何の感傷も湧かなかったので安心した。
部屋に帰ると、パティ・デルヴィーニュから風紀委員への依頼があった。
今日の夕食はチキンステーキ。ローラがカップケーキを4つも食べていた。
終わり。
余白ができたので、前世で少女時代からやり込みまくったゲームのキャラクター、メガチュウを描いた。
そう。
とうとう今日、薄々感じていたことが確信に変わった。ヒロインは、アルバートを狙っている。
考えてみれば、アルバートは万人受けする美形で、すらりとした体躯、上品な身のこなし、更に、日本最高峰のイケボ声優が声を担当しており、全方位に死角のない、まさに乙女の夢を具現化したイケメンだ。その上、この国の最高権力者の王位継承権第二位の王子であり、もちろん金持ちで、性格は歪んでいるけどそれ以外は完璧な王子様だ。
世の女性なら、彼が魅力的に見えて当然だろうな、と思う。
もしセシリアが、「結婚で成り上がってやる」と考えているなら、アルバートに狙いを定めない訳がない。
彼女が入学してからというもの様々な男性と浮名を流していたので、全員を手玉に取るのか、と思っていたがそうではなかったらしい。
今回、風紀委員が張り込みを行えたのは、この二人の逢瀬が原作ゲームの中で「裏庭のファーストキス」というイベントとして描かれていたからだ。私は、風紀委員のメンバーに「二人がイチャつきに来るから、協力して!」と頼み込み、裏庭の張り込みを決行した。
原作ゲームでは「裏庭のファーストキス」で、セシリアとアルバートは初めてキスを交わし、彼らの親密度はどんどん加速していく。
一方、原作ゲームの中の私は、裏庭で睦合う二人をたまたま目撃してしまって、その場でセシリアに詰め寄る。
それからというもの私は、婚約者を横取りされた悔しさから、セシリアにガンガン意地悪をし、取り巻きの三人――今は風紀委員として仲良くしているいつもの三人――を使って、彼女を退学に追い込もうとする。
原作ゲームの私は、アルバートのことが好きだったのかな、と思うことがある。それとも、愛情ではなく独占欲からセシリアが許せなかったのか。
いずれにせよ、二人の姿を目撃したことで、「セシリア許すまじ!」という怒りの炎が私の中で燃え滾ってしまったらしい。原作ゲームの中で、セシリアへの嫌がらせを始めるのも、今日なのだ。
今日のことを思い出していて、一つだけ引っかかることがあった。それは、セシリアと一緒にいる時のアルバートがいささか情熱的というか…ガツガツ、いや、欲情し過ぎていたということ。
アルバートという人物のことは私もあまりよくわかっていないが、強情で本心を見せず誰に対しても求めないし与えない、というスタンスの人間だと思っていた。微笑みの裏には冷徹な他者への無関心があるが、それを隠すためにパーフェクトな王子のキャラクターを演じている。私にとってのアルバートはそんな人物だった。
しかし、今日のアルバートは違っていた。裏庭に辿り着くなり、狂おしいほど情熱的な態度でセシリアを抱きしめ、雨あられのような口付けを落としていた。その盛った犬のような態度に「うわあ…」と思った私だが、なぜかセシリアも若干引いているようだった。
それに、原作ゲームのイベントのファーストキスは、唇に軽くかすめるような甘酸っぱいものだったはずだ。
セシリアが編入してきたのは、今年の四月。僅か二か月間で、あんなにアルバートから求められるなんて、二人はいつの間にそんなに関係を深めたのだろうか。
王位継承権第二位のプレッシャーの中、誰にも話せなかった悩みを平民出身の彼女が笑い飛ばした、あの運命のイベントで、アルバートは彼女のことが気になり始める。それが確か五月の初旬。
うわべだけはどこまでもイノセントな巨乳の美少女を目の前にして、欲求を抑えられなかったとか、そんなところだろうか。アルバートにもそんな普通の十八歳の青年らしい瞬間があるということなのだろうか。
とにかく今日は色々なことがあった。私は日記帳を閉じて、寝間着に着替える。薄手でやわらかい白い生地のコットンのネグリジェと、同じくやわらかいコットンのドロワーズだ。贅沢なドレープと後ろ下がりのラインが気に入っている。
生地の軽さを楽しむために、くるくると回ってみる。ふわっと裾が広がり気分が華やいだ。そのままベッドに倒れこむ。
この世界に転生して、良かったことがある。それは、一流の職人による手の込んだドレスが作れること。前世では、現実離れした凝ったデザインのドレスを着たかわいいお人形の写真を眺めるのが好きだった。
学園を卒業した後に生きていられる保証はないけど、もし命があったらテイラーで働くというのも悪くない。小さい頃から不器用で、習っていた刺繍や裁縫は先生が匙を投げるほどの才能の無さだけど、ドレスや帽子、アクセサリーのデザインだけは、どの仕立て屋からも褒められた。
みんなが私のドレスの意匠を褒めたのは、お世辞だったかな
それに、デザインだけで出来てもダメかな
もう一度お裁縫を習ってみたらどうかな
そんなことを考えていたら、いつの間にか眠りについていた。




