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初投稿です。色々慣れなくてよくわからずやってしまいましたが、よろしくお願いいたします。
感想いただけると嬉しいです。
静かな午後。
学園の裏庭には柔らかな日差しが差し込んでいる。小ぶりな噴水を囲むように慎ましい花壇と二対のベンチがあり、その脇にはそれぞれのベンチに木漏れ日を落とす銀杏に似た木が生えている。秋でもないのに黄色に色づいた葉を茂らすその木の下では、人目を避けるように一組の男女が熱い抱擁を交わしている。
睦事を囁きながらじっと見つめ合ったかと思えば、やおら貪るような口付けを交わす。唇、顎、首筋、彼女の反応を楽しむように、次々に唇を落としていく。耐えられない、というように時折甘い声を漏らす女生徒の明るい金髪には見覚えがある。
その女生徒を抱いている長身のシルバーブロンドの男はこちらに背を向けているが、こちらもよく知る人物のようだ。
よーし、と私は思った。大チャンス。とうとう現行犯逮捕だ。
「ぴぴーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」
風紀委員新設の際オーダーした銀色のホイッスルを力いっぱい吹き鳴らし、私は木陰で身を寄せ合う二人に警告した。シルヴェストルの魔石で作った拡声器を即座に構え、いつものセリフをかます。
「我々は風紀委員だ!貴君らは包囲されている!その破廉恥な行為をやめ職員室に出頭しなさい!」
私のこの一喝を合図に、ばらばらに隠れていた風紀委員のメンバー三人…いや、二人は、それぞれ叢、柱の陰から、躍り出る。長い間隠れていたので、ミシェルの頭には葉っぱが乗ってしまっており、シャローナは長時間の中腰がたたってよろめいている。ベンチ裏で待機していたはずのローラは完全に出遅れたようで姿が見えない。残念ながら、私たちの登場シーンは毎回若干格好がつかないのだ。
私たちの登場にぎくりとして体を離した女生徒に比べ、優雅な動作で振り返る男子生徒。なめらかな銀髪を掻き上げながら愉快そうに私たちを見渡して私に目を留めた。
「ああ、誰かと思えば」
憎たらしいほどの美貌に微笑を浮かべたアルバートがゆっくり私に近づいてくる。薄い金色の髪、アクアマリンのように澄んだ水色の瞳、先ほどまで情事の真最中だった薄い唇はほのかに赤らんでいる。
「私のかわいい婚約者、かわいそうに。妬いているんだね」
あんな恥ずかしい場面を目撃されて、平然とできるこの精神力。敵ながらあっぱれだわ。その上、私を見てかわいそうに、とは。
想定の斜め上の落ち着きぶりに少々鼻白んでしまい何も言い返せずにいると、私の無言を誤解したシャローナがアルバートを非難した。
「レイラという婚約者がありながら、学園内であのような淫らな行為をされるなんて…! ひどすぎます!」
シャローナが興奮している。アルバートに面倒なことを言うとどうなるのか知っている彼女らしからぬ発言だ。
「シャローナ嬢、あなたが何をご覧になったのかわからないが、それは誤解だよ。彼女が学園内で迷ってしまったようでね、図書館まで送って差し上げるところだったんだ」
彼女、とは、まだ木の影に身を潜めている金髪の少女。ハーフアップにまとめられた柔らかくウェーブのかかったふわふわの金髪、緑の大きな瞳は長い睫毛に彩られている。ぽってりとした唇、輝くような健康的な肌に可愛らしく上気した頰を持つ美少女だ。おまけに華奢で小柄な体つきに似合わない巨乳。わかりやすくエロい顔面と肉体の持ち主の名はセシリア。私たちに逢瀬を目撃されて驚いたのか、小鹿のようにぷるぷると震えているが、内心どうとも思っていないことを私は知っている。
同意を促すようなアルバートの流し目を受けて、その彼女も一緒にすっとぼける。
「そうです、レイラ様。私たち、やましいことは何もありません。
私が図書館を探していて、たまたまアルバート様に道を訪ねて、少しお話をしていただけなんです」
観念して木陰から出てきて、アルバートの後ろに隠れるように立つセシリア。「女子の集団にいじめられている感」を出すためのベストポジションだ。
「そうですか、セシリア様。では、わたくしたちが見た光景は――幻影なのですね。てっきりお二人が抱擁を交わしているかと。随分親しげにされていたようですのが、わたくしたちの見間違え、ということなんですね」
私の目はいつも以上に吊り上がってないだろうか。まあそうだったとしてもこの状況なら仕方ないだろう。
完全なる政略結婚とはいえ、アルバートは私の婚約者で、その浮気の現場を婚約者である私が押さえたというのだから。
それにしても展開が早い。セシリアがアルバートのことをもう「アルバート様」と呼んでいる。
アルバートのことは、学園内でも極近しい人物以外は「殿下」と呼んでいるはずだ。彼を名前で呼べる者は限られている。何せ彼はこの国の王子なのだ。
「原作ゲーム」では、「私」にしょうもない嫌がらせを受けたセシリアをアルバートがかばうイベントの後、セシリアがお礼のためにアルバートを呼び出し、そこでアルバートから「名前で呼んでほしい」と乞わられる、はずだった。
やっぱり「原作」から若干ストーリーが変わっている…。
なんて考えていたら、ベンチ裏から今更のそのそと現れたローラに気付き、慌てて私は目配せした。私の視線に、ローラが小さなウインクで応える。計画は首尾よく進んでいるようだ。
私が沈黙していると畳み掛けるようにアルバートが言う。
「レイラ、心配しないで。私が愛しているのは君だけだよ。
――さあ、セシリア嬢、図書館にご案内しましょう。こちらへ…」
令嬢をエスコートする様に、優雅に差し出した手に、セシリアは遠慮なく自らの手を重ねる。こういう面の皮の厚さがこの女の凄いところだ。
「では、皆様失礼いたします」
セシリアはにっこり微笑んで会釈し、私たちを後にアルバートと去って行った。
学園の制服について記載できなかったのでこちらに補記します。
生徒たちは、全体が明るめの紺色―学園のイメージカラーでもある青藍の制服を着用しています。
女子は、青藍の膝下スカート(ひだスカートではなく、ふんわりした素材のクラシカルなスカート)と、白いブラウス、冬季はボレロ風ジャケット、
男子は、青藍のセンタープレスパンツ、白いシャツ、同色のブレザーが制服です。
ネクタイやリボン、ジャボ、靴に学園既定のものはないため、そこでみんな個性を出して楽しんでいます。ブラウスも白ければ何でもOKです。
冬季はセーターやコートも自由。冬になると黒タイツを履いている女子生徒も多いです。
レイラはいつも、ブラウスは丸襟でパフスリーブのものを着て、4cmくらいのヒールの黒のショートブーツに、白いレースソックス、という出で立ちです。
アルバートは、学園内でもオーセンティックな王子様スタイル。襟が高い白いシャツに、シンプルなジャボか細めのネクタイを付けています。靴は黒かこげ茶。靴下やハンカチなどの小物には王家の紋章が刺繍されています。学園内の式典などに出席する際は、叙勲されている名誉騎士勲章――勲章の裏に「悪意を抱く者に災いあれ」と書かれている――を付けて現れます。
▼こちらに登場人物紹介を掲載しました。
https://ncode.syosetu.com/n4998gj/38/