第961話 学園に戻ったら命令さんが大変
「クレイトン長官、今日はありがとうございました」
「「「「ありがとうございましたっ!」」」
私がジョンおじさんにお礼を言うと、子供達も一斉に声を合わせてお礼を言った。
昼食が終わったのでみんなでエレベーターで降りてきて、今は魔法塔の玄関である。
警備の人達もニコニコしておるね。
「いやいや、いいんだよ、みんなもこれから勉強してアップルトンをしょって立つ立派な国民になってくださいね」
「「「「はーいっ!!」」」」
本当に返事だけはいいんだからなあ。
子供達は幌馬車に乗り込んだ。
「マコトは一緒にこないのか」
「うん、一度学園に戻るよ、四時頃飛空艇を持って行くから、みんな準備しておいてね」
そうかそうかとうなずいてアダベルは幌馬車に乗り込んだ。
「お、忘れ物をしたら大変だ」
「アダちゃんが持って行ってくれるから大丈夫だよ」
「あー、帰りたく無いなあ」
「明日からは容赦ない農作業が俺たちを待っているのだ」
「がんばれがんばれ」
さて、私は学園に戻って、午後はのたのたしよう。
四時頃に大神殿に飛空艇で行って、トール王子とティルダ王女、村の三人をホルボス村に運んで、そのあとアリアーヌ先生を魔法塔まで送っていこう。
私は障壁を踏み台にしてヒューイにひらりと跨がった。
さてと、学園まで走ろうかな。
《まかせて》
「おねがいね」
騎獣と会話できるのは良いなあ。
心が通じ合う感じだね。
ヒューイをぱたぱたと走らせる。
乗馬服はやっぱり楽だなあ。
スカートを気にしなくて良いのは偉い。
ちなみに前世欧州だと貴婦人は横座りの鞍に乗ってたらしいが、この世界では、淑女であろうとまたがって乗る。
横座りの鞍は危ないのだよ。
魔法塔から学園までは、ちょっとあるのだけれど、飛行するほどの距離じゃないね。
石畳の通りをスッチャスッチャという感じでヒューイは走って行くよ。
真っ白で馬よりも一回りほど大きいから目立つね~。
騎行を楽しんでいたら、もう学園が見えてきた。
ヒューイは早いなあ。
さて校内に入って厩舎にヒューイを預けるかな。
と、思って校門の中に入ったら、顔を真っ青にした命令さんが走ってきた。
「なによっ、どこに行ってたのよっ!」
「え、大神殿の孤児院だけど?」
「探していたのよっ、おねがいっ、ロデムちゃんが、ロデムちゃんがっ」
「どうしたのよ?」
あの命令さんが取り乱すとは大事だな。
いや、時々取り乱していた気もしないではないけどっ。
「ロデムちゃんが口から血を吐いて苦しんでいるのっ、あ、あなたには頼みたくなかったんだけど、他にあてが無くて、おねがいっ、ロデムちゃんが死んじゃうっ!」
おおっ、まあ、色々言いたい事はあるが、それは大変。
「どこに置いたの?」
「わ、私の部屋よっ! おねがいっ、これまでの事は謝るから、ロデムちゃんを助けてっ」
「乗って、ヒューイに飛んで貰うわっ」
エレベーターを待ってる時間はなさそうだ。
私は鞍の上に命令さんを引っ張り上げた。
《飛ぶ》
「ヒューイおねがいっ、たしか六階よね?」
「そう、早く早くっ」
ヒューイはバサリと羽を展開して飛び上がった。
「うお、何事!」
コリンナちゃんが205号室の窓から顔を出して叫んだ。
「往診!」
「そ、それならばしかたがないか」
しかたが無いのだ。
私の後ろで命令さんはぶるぶる震えていた。
飛ぶのが怖いよりも、ロデムちゃんが心配なんだろうな。
「あ、あそこよ、あそこっ」
「ヒューイ、バルコニーに降りて」
《わかった》
ヒューイは器用にバルコニーに降り立った。
「まあ、ケリーさまっ」
「聖女さまを連れて来たわ、ロデムちゃんは?」
「こ、こちらに」
メイドさんが戸を開けて部屋の中に入れてくれた。
いそげいそげ、死ぬ前ならなんとかなるが、死んだら蘇生はできないぞ。
三人でどたどたと命令さんのベッドルームらしき部屋に入る。
というか、結構広い部屋だなあ。
錬金室のあるカロルの部屋と同じぐらいか。
ベッドルームは血まみれで、ベッドの上で黒豹がぐったりとしていた。
舌を出して苦しそうに痙攣していた。
『オプティカルアナライズ』
ピッ。
あ……。
うー。
『キュアポイズン』
「キュアポイズン? 毒、毒なのっ!」
私は返事をしないで魔法をロデムちゃんにかけた。
手から出た青白い光にあたって、だんだんと息が安らかになっていく。
毒によって喉とか内臓に炎症ができてるわね。
『ハイヒール』
よし、治ったぞ。
ロデムちゃんは顔を上げて不思議そうな目で命令さんを見た。
「ロデムちゃん、ロデムちゃん~~」
命令さんはロデムちゃんの頭を抱いて頬ずりをした。
ロデムちゃんはごろごろと喉を鳴らして命令さんの頬をぺろぺろと舐めた。
「毒なの?」
「毒ね、殺鼠剤だわ。肉か何かに入れて食べさせたんじゃないかな」
「なんてこと、なんてことをっ」
四百万ドランクの従魔だって威張るからでもあると思うけどね。
でも、人のペットに酷い事をする奴がいるなあ。
「ああ、ロデムちゃん、もう私と侍女以外から物を貰って食べてはいけませんよ」
「ぐるるるっ」
ロデムちゃんは唸った。
「ふう、間に合って良かったわね。あと、錬金スタンドに行って毒消しを買っといた方がいいわよ」
「そうね、サマンサ、五階に行って毒消しを買ってらっしゃい」
「はい、お嬢様」
メイドさんは部屋を出ていった。
「ほ、ほんとうにありがとう、あなたと私はいろいろあったのに、本当に助かったわ」
「まあ、いろいろあったけど、生き物の生き死には別だしね。嬉しいからってあまり従魔の事を触れ回ったり威張ったりしない方がいいわね」
「わ、わかったわ。こ、今回の事は貸し一つにしておいてあげますわ」
うーむ、命令さんらしい。
まあ、人は急には変わらないよね。
でも、命令さんはロデムちゃんと心を通じ合うことでだんだんと丸くなっていくんじゃないかな。
そんな気がする。
「わ、わたしね、その、お父様以外の人間を、その、信じられなかったの、ロ、ロデムちゃんも高い従魔だから嬉しかっただけで、そ、そんなに愛してなかったかもしれない。で、でも、この子が血を吐いて死にそうになって、本当に怖くて、悲しくて、もう駄目だと思って、あなたを捜し回って、怖かったの」
「そうなんだ」
「ほ、本当にありがとう、感謝するわ。あ、お礼金は?」
「いらん、ではさらば」
私はバルコニーのヒューイに障壁を足場にして跳び乗った。
「ヒューイ、厩舎まで飛ぶわよ」
《わかった、黒豹助かってよかった》
「ヒューイは優しいね」
ヒューイはバサリと羽ばたくと空に飛び上がった。
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