第94話 イルダさんが厨房に帰ってきた
清潔になって205号室に戻った。
お風呂に入ると体が軽くなる感じがするよね。
ドアを開けると、コリンナちゃんが机について勉強をしていた。
「お、どうしたマコト、すげえ綺麗になってるな」
「ダルシーに洗われた、そんなに違う?」
「髪がぴっかぴかだよ。すごいなメイド」
そんなに違うのかあ、私はくるりと回ってみた。
金髪がキラキラと光を弾いて、確かに綺麗かも。
「さて、厨房に行こうか」
「そういえば、イルダさんにお手紙出したのだが、返事が返ってきてないね」
「メリサさんに聞いてみよう」
コリンナちゃんが机の上を片付けて部屋を出てきた。
私はお風呂セットをチェストに入れて後に続く。
二人で競うように階段を駆け下りる。
楽しい。
ロッカールームに入ると、そこにはイルダさんが居た。
「イルダさん、おかえりなさい」
「あら、まあまあ、聖女さま、コリンナさま」
「もう帰ってらっしゃったんですね」
「はい、お手紙を貰って、孤児院の昼食を作った後に帰ってまいりました。このたびは本当にお世話になってありがとうございます」
見れば、食堂のスタッフさんたちも、イルダさんを囲んで喜んでいた。
いやあ、良かったなあ。
しかし、イルダさんが帰って来たから、私たち二人もお払い箱かな。
まあ、臨時雇いだったから良いんだけどね。
「さあ、みんな、晩餐の準備を始めて、今日もがんばるわよ」
「「「「「はいっ、イルダチーフ」」」」」
おお、一糸乱れぬチームワークだ。
「イルダさん、良いですか?」
「はい、コリンナさん、なんでしょう」
「財務の話を少し」
「お金が足りませんか」
「いえ、余りますよ。もうすぐ賠償金も手に入るので、イルダさんが食堂に立て替えていたお金も精算できます」
「まあ、そうなんですかっ」
「財務状況を説明しますので、そちらにお座り下さい」
コリンナちゃんは、アバカス(そろばん)を出して、沢山の書類と共に、現在の食堂の財務状況をイルダさんに説明している。
イルダさんは、まあまあと喜びながら聞いていた。
ロッカールームのドアがノックされて、ヒルダ先輩が入ってきた。
「イルダさま、ご復帰おめでとうございます」
「マ、マーラー家の、お、お嬢様……」
身を引いたイルダさんを、ヒルダ先輩は手で制した。
そして、深々と頭を下げる。
「わが父親が多大なご迷惑をおかけしました。あまりに目に余るので、親戚一同と相談の上、父グスタフ・マーラーは隠居とし、軟禁いたしました、私が卒業後に病死していただく予定ですわ」
平静な声で、恐ろしく物騒な事を言うヒルダ先輩を見て、イルダさんはびびっておるな。
「私が、マーラー家の現当主になります、ヒルダ・マーラーです、宜しくお見知りおき下さいませ」
ヒルダ先輩が滑らかにカーテシーを決める。
彼女は立ち居振る舞いが優美なので、まさに上流って感じがするね。
「は、はい、宜しくおねがいします、イルダです」
ヒルダ先輩がパチリと指を鳴らすと、シャーリーさんが大きな革袋を二つ、ロッカールームの机の上に置いた。
「父がかすめ取っていたお金と、賠償金になりますわ。コリンナさまご確認お願いできますでしょうか?」
「わかった、今しますよ」
コリンナちゃんが革袋から金貨をじゃらじゃら出して数え始めた。
シャーリーさんが計算書だろうか、羊皮紙の書類をコリンナちゃんの横に置いた。
「あ、あの、もう、マーラ-伯爵から、その、命令のような物は、無いのですか?」
「はい、イルダさま、もう、マーラー家は女子寮食堂に関して干渉はいたしません。イルダさまの思うとおりに皆さんのお食事をお作り下さいませ」
「あ、ありがとうございます」
イルダさんはさめざめと泣いた。
「聖女さまの関わる場所に悪さを仕掛けようという馬鹿はいないと思いますが、何かありましたら、マーラー家も力になりますので、ご安心ください」
「は、はい」
「ヒルダ先輩が怖かったら、私に気軽に言ってきていいですよ、なんたって責任者代理ですから」
私がそう言うと、ヒルダ先輩がぷうと膨れた。
かわいいな、あんたっ。
「よしっ、千五百万ドランク、きっちり確認しました」
「そ、そんなにっ」
「一年間ですから、五百万ドランクは賠償金です」
なんというか、マーラー家は太っ腹だなあ。
「マーラー領の特産は何かあるんですか?」
「紡績ですわ、あと各種布地を生産しておりましてよ」
毒蜘蛛の領地は綺麗な糸と布地を織るのか。
なんか、聖女派閥の構成家の特産物を組み合わせると、革新的商品をつくれそうだね。
コリンナちゃんがよろよろと革袋を二つ持って金庫に運ぼうとした。
シャーリーさんが代わって革袋を運ぶ。
コリンナちゃんが金庫を開けて、シャーリーさんが革袋を置いた。
「はい、イルダさん、金庫の鍵です。これは帳簿になります」
「……まあ、なんて見やすい。助かりますわ、コリンナさま」
「財務が好転したので、一人会計を雇うと良いかもしれませんね」
「はい、なにからなにまでありがとうございます」
そう言って、イルダさんは深く頭をさげ、ほろほろと泣いた。
よしよし、これで私たちはお役御免だ、私はコリンナちゃんと目を合わせ、二人で微笑んだ。
いやあ、コリンナちゃんが食堂に来てくれて助かった。
財務関係は私ではどうにも出来なかったからねえ。




