第937話 婆っちゃを虐めるワル村長現る
フィルマン父さんがのっそりと船を下りてきた。
牧場を見回す。
「ダシャ、この牧場の状態はどうしたのだ?」
「みすぼらしくてお恥ずかしい次第です、ブロウライト伯」
「あれだけの品質の肉を作っているというのにか?」
「あの、私たち夫婦二人で牧場をしておりますので、小規模でして」
お孫さんが焦りつつフィルマン父さんに言った。
「融資と牧童を十人……、いや二十人与えよう」
「ほ、本当ですかブロウライト様っ」
「私はアップルトン食肉協会の理事でもある。あの肉を王宮に届けぬのは国家的損失だからな。そうすれば牧場を元の規模に戻せよう」
「ありがとうございます。ありがとうございます。」
お孫さん夫婦は喜んでフィルマン父さんにペコペコ頭をさげているが、ダシャ婆ちゃんは浮かない顔だ。
「どうした婆っちゃ、嬉しくないのか? 規模が大きくなると美味しいのできない?」
「いえ、違うのよアダベルちゃん」
ダシャ婆ちゃんはため息をついた。
「やいやいやいっ、何事だダシャのババアっ!! こいつらはなんだっ、なんだこの……、飛空艇?」
村の小道から太ったおじさんがパタパタと走ってきた。
飛空艇を見て、私たち学生を見て、フィルマン父さんを見た。
「な、なんですかあんたら……」
「貴様っ!! ブロウライト辺境伯様になんという口の利き方か、そこになおれっ!!」
フィルマン父さんの護衛の騎士の人がすらりと剣を抜いて怒鳴った。
「よい、下がれ」
「はっ!!」
フィルマン父さんは王者のように悠然と片手を上げた。
「何者だ」
「そ、その、カメオ村の、そ、村長のプリアックと、申します、ブロウライト閣下……」
「ワシは縁があって、このダシャの食肉を食べる機会があり、気に入ったので取引のためここを訪れた。何か問題でもあるのか?」
「こ、この因業ババアの牛肉なんざイカサマ物でございますっ! カ、カメオ村にはもっと素晴らしい牧場が、ご、ございます、こ、こんなババアと付き合うのはブロウライトさまの為になりませんっ、どうかお考え直しを」
「……」
フィルマン父さんはじろりとプリアック村長を睨んだ。
いやあ、やっぱ貫禄あるねえ。
カーチス兄ちゃんも将来こんな感じのイケオジになるのかね。
「村となにかトラブルがあるのか、ダシャ?」
「そうですわね」
ダシャ婆ちゃんは寂しそうに微笑んだ。
コリンナちゃんが腕組みをしながら村を見て、牧場を見た。
「ああ、ダシャ婆ちゃんの牧場の品質が良すぎたんだな」
「何を言うかっ!! 小娘めっ!!」
「色々妨害をして婆ちゃん牧場を廃業させようとしたけど、根強いファン、多分貴族かな、が居るのでなかなか上手くいかない」
「そ、そんな事は無いっ!! イザム子爵さまは、その、味の好みが個性的すぎるだけだっ!!」
名探偵コリンナちゃんだなあ。
せやかてコリンナ。
「子爵家の需要だけなら、お孫さん夫婦二人の仕事で回るわけだ。その他の流通は村道使用料とか、村市場からの除外とかで徹底的に妨害したというわけだな」
「ち、ちがうっ!! 村道の使用料はワシが決める権利があるし、村市場からの追放も、その、ババアの牧場の安全が保証できないからだっ!! む、村の権利なんだっ!!」
アダベルがダシャ婆ちゃんにしがみついた。
「婆っちゃ、あんな凄い美味い肉を作っているのに、虐められてたのかっ?」
ダシャ婆ちゃんは微笑みながらアダベルの頭を撫でた。
逆だアダベル、村の水準を遙かに超える牛肉を作ったせいで村長たちから妬まれたんだな。
それを黙って耐えていた婆ちゃんはすごいな。
というか、初めて会った時は婆ちゃんは寝たきりだったから、お孫さん夫婦だけだったのか、それは村に逆らえないよなあ。
「ふむ、王都の守護竜アダベルさまがお気に入りの牧場は守らないといけませんね、聖女さま」
「そうね、リンダ聖騎士隊長、村の荒くれ者が間違った考えを起こさないように聖騎士を五人ほど派遣していただけるかしら」
「せ、聖女さま? 聖騎士団隊長? ナンデ?」
「かしこまりました聖女さま。ダシャさん、牧場の一角をお借りしてもよろしいですか?」
「まあ、騎士様を派遣していただけるの?」
「はい、聖女である私と、王都守護竜アダベルの名において、この牧場を守護いたしますわ」
「嬉しいわ、聖女さま」
フィルマン父さんもニヤリと笑った。
「イザムの奴もこんな物を隠しもっていたとは、叱ってやらねばな」
プリアック村長は真っ青になった。
「アップルトン食肉協会の理事として、この村の牛肉の監査をしよう、不正はゆるさんぞ」
「そ、そんな、お、おやめくださいっ」
コリンナちゃんの眉がひそめられた。
「ダシャ婆ちゃんの息子さんとお嫁さんは、まさか……」
「ち、ちがう、あれは本当に事故なんだ、本当だっ!! だ、だれも手を下してない、信じてくれ」
やべえ、名探偵コリンナは疑惑が発生した瞬間にマッハ解決してる。
「リンダ隊長、大神殿調査部のローラン師を呼びましょうか」
「そうですね、彼も地獄谷で退屈しているでしょうから、調査を頼みますか」
「や、やめて下さい、やめて下さいっ、捜査員なんか、そんなっ」
プリアック村長は泣きながら村の方に逃走していった。
「ダシャ、お前はなぜイザムに頼らなかったのだ?」
「ブロウライトさま、村長さまにはお手柔らかにお願いしますね。村には色々と秘密がございます。親戚も友達も沢山おりますのよ」
「なんと気丈で良い女なのか、お前が三十若かったら放っておかぬものを」
「おほほ、ご冗談を、ブロウライトさま」
婆ちゃんは村の事を思って我慢してたんだなあ。
黙って良い肉牛をファンであるイザム子爵家の為に頑張って作っていったのだろう。
「逃さんぞ村長め、ジェラルドさまにチクってやる」
あ、ここは王領だしね。
婆ちゃんのお肉は、きっと王様も気に入るだろう。
けけけ、村長ざまあっ。
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