第88話 ライル家のジェリーくんは病弱かわいい
キンボール男爵家の倍ぐらいの大きさのライル家タウンハウスに入る。
タウンハウスというのは、領地持ちの貴族が王都に持つ別邸の事だね。
わりと治外法権な感じもする場所だ。
それぞれの領地の文化を反映する建物も多くて、タウンハウスめぐりを趣味にしている人も多い。
ライル家のタウンハウスは東部様式の建物で質実剛健な感じがする。
こういう建物は、結構好きかも。
ライル家の家令さんに先導されて、わたしたちはタウンハウス内をずんずん歩く。
印象的な絵や、綺麗な骨董品などが並んでいる。
どうやらライル家の領地には、宝石が産出するようだ、大きな水晶の結晶が飾ってある。
建物の奥、南側の部屋にライルさんの弟さんはいた。
ベットに寝ていて、顔が赤い。
「熱があるね、これは」
「よく熱を出すんです、東部の風土病メデンツ病だとお医者様が……」
声を聞いたからか、弟さんが目を開いた。
うっわ、超可愛いぞ、この生き物っ。
「おねえちゃん……?」
「おこしちゃった? ごめんねジェリー」
ライルさんは、ジェリー君の手を取り優しくそう言った。
「初めまして、錬金医のメレディス・サーヴィスだよ、ちょっと体を見せてくれるかな、ジェリーくん」
「はい、サーヴィス先生」
この世界はお医者さんが二種類いる。
魔法で診察する魔法医と、錬金術で診察診断する錬金医だ。
どっちが偉いという事は無く、魔法医の方が即効性が高く、錬金医の方が薬があるので信頼性が高い、ぐらいの違いであるよ。
サーヴィス先生はジェリーくんの寝間着を脱がし、診察を始めた。
「うーん、これはメデンツ病で間違いはなさそうだね」
「治りますか、先生?」
「できるだけの事はしてみよう」
うん、熱だけでも下げてあげたいね。
サーヴィス先生は鞄から光ポーションの瓶を取り出し、少量をグラスに入れた。
「さ、飲んでみたまえ」
「はい……」
ジェリーくんはおっくうそうに体を起こしてグラスから光ポーションを飲んだ。
「あまいです、おいしい」
「そうだろうそうだろう」
光ポーションを飲み干すと、ジェリー君の体がふわりと発光した。
おお、なんぞ?
ジェリー君の顔の赤みがとれて、なんだかすっきりした顔になった。
「あ、なんだか楽になったよ」
「ジェリーッ」
ライルさんが感極まった声を上げて、ジェリーくんに抱きついた。
「ふむ、メデンツ病にも効果がありそうだ。これを朝夕に飲ませてあげなさい」
「はい、ありがとうございます、サーヴィス先生、聖女候補さま」
いや、別に私は付いてきただけで何もしておりませんよ。
寝間着を着せられたジェリーくんが不思議そうな顔で私を見てきた。
「聖女さま?」
「まだ、聖女候補生だよ、これから聖女さまになるの」
「そうなんだ、すっごいねー」
ジェリー君の頭をなでてあげると、彼は目を細めて喜んだ。
うわー、可愛いなあ、お家に一人ほしいなあ、ジェリー君。
その後、応接室でお茶をご馳走になった。
ライル家のお母様と先生が治療費の交渉をしておる。
結構、お金を取るのね。
「錬金の研究はお金が掛かるのよ」
私のいぶかしげな表情に気がついたのか、カロルが小声でささやいてきた。
魔物の体液とか、各種部位とか、それはそれは高い値段で取引されているそうだ。
なるほど、だから馬車のメンテナンスもできないのか。
「カロルの家は裕福そうなのに」
「うちはお父様が自分で取ってくるから」
「凄腕冒険者なんだ、お父さん」
「うん、魔銀冒険者の一人よ」
うっは、カロルのお父さんは大陸に五人ぐらいしか居ない魔銀カード持ちなんだ。
サーヴィス先生が、メデンツ病の治療に必要な注意点を、ライル家のお母さんに伝えた後、われわれはおいとまする事にした。
ジェリー君はカワイイ服を着込んで、お見送りに来てくれた。
「これからねえさまとお庭にいくの、サーヴィス先生、ありがとうね」
「元気になってよかったね、油断しないで病気を治そうね」
「はーい」
うんうん、子供は元気なのが一番いいね。
「聖女さま」
「マコトでいいよ、どうしたの?」
「またきてください、マコトおねえちゃん」
もーっ、もーっ、なんだよ、天然子供ジゴロかよっ!
すんげー萌えるっ!
ジェリーくん、お持ち帰りしたいーっ!
私はしゃがみこんでジェリー君の頭をなでた。
彼ははにかんで笑った。
「ありがとうございました、聖女さま、私、私」
ライルさんが涙ぐんで私に何度も頭を下げた。
「いいって、いいって、ジェリー君が良くなってよかったね」
「はいっ、本当に嬉しくってっ」
うんうん、良かった良かった。
「さて、帰ろうか」
「私たちは歩いて帰ります」
「ええっ、どうしてっ!!」
「あんな揺れる馬車にはのれません」
「良いじゃ無いか、乗り心地が良くても悪くても、着く時間は一緒だよっ」
あー、この先生は、駄目な錬金オタクだな。
とても親近感がわくが、あの馬車には乗りたくない。
「歩いて帰ります、今日は貴重な錬金治療の現場を見せていただきありがとうございます」
「いやいや、主に君の光ポーションが凄いのだからね」
「いえ、実際の現場を見てとても勉強になりましたよ。錬金の授業が一週間に一度しか無いのが残念です」
「魔法塔の錬金学部にちょくちょく来て、光ポーションを量産してくれても良いんだよ」
「ま、まあ、考えておきますよ」
「今日はありがとう、また何かあったらヘーゼルダイン先生経由でお願いするから」
「はい、出来ることなら、やりますから、また呼んでください」
私とカロルはサーヴィス先生に一礼して、ライル家を後にした。
先生のぼろい馬車が、ガタピシいいながら私たちを追い越していった。
窓に見える先生に手を振る。
先生もにっこり笑って手を振りかえしてくれた。
うーんサーヴィス先生は良い先生だねえ。




