第879話 ついでに地獄谷の様子を見に行く
「ディラハンの方はどう?」
「あいかわらず森に潜伏していますね」
森の中に潜伏する能力がやっかいだなあ。
ちなみに村の近くの林には潜伏出来ないらしい。
樹齢と密度の差で潜伏できるかできないかが変わるらしいね。
「時々出てきて、村への侵入経路を探しているようですが、だんだんと回数が減っています、諦めつつあるように思えますね」
「暗殺者は捕まえたから、トール王子とティルダ王女が王都に行っても安心だわ」
「聞きました、滅殺の五本指だったとか、何か被害は?」
「特に無かったわ、なんとかなりました」
「聖女様のまわりには英傑が揃っておりますからね」
そうかー? こちらの最大戦力のリンダさんは英傑というより蛮族だぞ。
でも、学生にしては粒ぞろいの人物が揃ってる気がしないでもない。
どうしてこうなった、とか思うが、まあ乙女ゲームの攻略対象はいろいろチートだしな、しょうがないのである。
「んじゃ、行こうか」
「すぐ被害村か?」
「いや、せっかくだから地獄谷にも洗礼祭のポスターを貼りに行こう」
「そうかー、変な感じ」
「なにが?」
「洗礼式をしてもしなくても私には変わり無いのに、みんながお祝いしてくれるのは、なんか変」
私はアダベルの言葉にふふっと笑った。
「人はね、儀式で時間を区切るんだよ。入学式、卒業式、お祭り、成人式、聖夜祭、年越し祭り、恋のお祭り、いろんな儀式でいろいろな時間を区切るんだ。洗礼式はアダベルが人間の世界に入りますよって区切りなんだ、だからみんな喜んでお祝いしたいんだよ」
「そうなのかー、儀式なのかー」
「人は区切りが無くて平たく続く時間の景色を怖い、と、思うんだ。だから区切って思い出のよすがにするんだよ。あの年のあのお祭りの時は、あんな事があった、あの人と一緒に騒いで楽しんだ、一緒に歩いて美味しい物を食べた、そうやって記憶に刻んで行くんだよ」
「そうかー、難しいなあ」
「アダベルもだんだん思い出が増えて行くと解るよ」
「うん、たくさん、みんなと思い出が作りたいっ」
「わたしもっ、アダちゃんと思い出を作るーっ!!」
「洗礼式、きっと一生の思い出になるっ!!」
子供達が寄ってきてアダベルに声をかけた。
村の大人達も柔らかく微笑んで、アダベルと子供を見ていた。
「私も、将来、思い出すのかな?」
「ええ、きっと、ずっとずっと思い出すよ」
「それは、いいなっ!」
アダベルはニカっと笑った。
「アダちゃんはどこに行くの?」
「え、その、謝罪と賠償の旅」
「え、なんで?」
トール王子とティルダ王女が寄ってきて聞いた。
「昔、近くの村で牛をかっぱらって食ったから、謝って弁償するんだ」
「えらいね、アダちゃんっ」
「なんで、うちの村の牛を食わなかったんだ?」
村の三馬鹿のセルジュが聞いてきた。
「いや、寝床に近い村はばれた時に危ないし」
「そうだったのかー」
意外に気を使う邪龍さんだったのだな。
「そいじゃ、行ってくるよ、あんたたちはトール王子とティルダ王女と遊んであげてね、四時頃戻ってくるから」
「わかったー、まかせてー、マコねえちゃん」
「アダちゃん、謝罪と賠償がんばってねーっ」
「おう、頑張る-」
私とアダベルは蒼穹の覇者号のタラップを上がった。
アダベルは途中でふり返り笑顔で村の皆に手を振った。
君は外遊中の大統領かね。
さて、メイン操縦室に入り、艇長席に座る。
「ここ座っていい?」
「カロルの席だけど、まあ、いいか」
「ありがとうっ」
アダベルは副艇長席によじ登った。
クロを脇机に置いた。
「にゃーん」
「おお、よく見える」
ハッチを閉めて、垂直上昇、山頂を飛び越して地獄谷に向かう。
はちまき道路は半分ぐらい出来てるね。
甲蟲騎士さんたちが働いてるのが見える。
「やっぱ、山のこっち側は、もくもくしてるな」
「硫黄が出てるのよ」
硫黄泉から地獄谷集落に向けて道が出来てるね。
整備したんだな。
地獄谷の外れの馬車溜まりに着陸する。
立派な馬車があるから、フレデリク商会長が来てるかな?
蒼穹の覇者号からタラップで下りると、ヘイスさんとロイクが駆けよって来た。
お、ローランさんもいるな。
「御領主さま、おかえりなさいませ」
「おう、来たねー、領主さん」
「聖女さま、いらっしゃい」
「様子を見に来たわ、どんな感じ?」
ローランさんが前に出てきた。
「とくに変わりはないですね、ディラハンもこちらには来てません」
「硫黄の産出は順調です」
「住人はみんな元気だぜ」
ヘイスさんにソバボウロを渡した。
「お、なんですかこれ?」
「実家のひよこ堂で作ったソバボウロよ。みんなで食べて」
「ありがたくいただきます」
集落の中を歩く。
「街道からの道はどう?」
「半分ぐらい石畳になりましたね。馬車が通り易くなりましたよ」
サーリネン商会は真面目に建設してるみたいね。
道が出来たら、資材も運び込み易くなるし、そうしたら、コリンナちゃんとジェラルドの出番だね。
「相変わらず、臭い所だなあ」
「火山地帯だからしかたがないよ、アダベル」
さて、食堂に着いたからポスターを貼って貰おう。
「ヘイスさん、これを貼ってね」
「おおっ、アダベルさまの洗礼式ですか」
「おや、ポスターが刷り上がったんですね、綺麗だ」
「おー、こいつはいいや」
食堂の鳩時計がポッポーと十二時を知らせた。
「お昼ね、ここで昼食は出せるかしら?」
「え、良いのですか? 粗末な食べ物ですが……」
「いいのよ、住人と同じ物を食べたいわ」
「わ、わかりました」
ローランさんが肩をすくめた。
「そんなに不味い?」
「いや、まあまあでさあね」
「不味い飯なのかあ、村で食べてくるんだった」
これも経験だよ、アダベル。
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