第868話 中指はクロネコをテイムしようとする(Side:中指)
俺は牢から出てダイニングルームみたいな部屋でお茶とお菓子を楽しんでいる。
お菓子はミリヤムが差し入れてくれた。
ブルーノも、ハイノ爺さんも、ローゼも居る。
お茶はローゼの弟のキルギス坊が入れてくれた。
「なんか牢に入ってるって感じがしねーぜー」
「客だよなこれ」
「大きい風呂も入れるしのう、教会の宿坊に泊まっている気分じゃな」
「外は出歩けないけどね」
「取り調べが終わって、カロリーヌ様の受け入れ体制が整ったらね、姉さん」
キルギス坊はなかなかクールな感じの小僧だった。
俺たちに付いて色々と世話を焼いてくれている。
ありがたいぜー。
「どこかで剣の稽古は出来ないか、キルギス」
「聖騎士団の室内訓練所でいいかい、ブルーノさん」
「ああ、やりあわないか、お前も強そうだ」
「かまわないよ、後でね」
「ひひっ、聖女パンおいしい」
「クリフさんからの差し入れだよ、ミリヤムさん」
なんだか天国みたいな生活で、すっかり滅殺の五本指の牙も抜かれちまったかんじだなー。
腑抜けてしまうぜー。
だが、足下の影が寂しい。
一匹も従魔が居ないのは、子供の頃以来だなあー。
ミリヤムの影に五号が居るみてえだが、呼んでも出てこねえ。
聖女のテイムの方が上位互換だから俺の言う事は聞かねえんだよなあー。
最初にテイム出来たのは影ダンジョンの三階の影猫だった。
師匠に教わってテイム出来た時はそれはそれは嬉しかったなあー。
「お前は影族の血を引いてるから、影の魔物と相性がいいみてえだな」
すっかり時代遅れになって地方都市のスラムに落ちてきた魔物使いの師匠はそう言ってシワだらけの顔をくしゃくしゃにして笑っていた。
スラムの娼婦の息子には隷属の首輪なんか高級な物は手に入らなくて、古い形のテイミング技術はありがたかった。
「名前つけていいかー?」
「名前はつけんな、番号で呼べ」
「どうしてだー?」
「魔物使いの従魔とは必ず死に別れる、名前を付けていると辛いぞ」
「そうかー」
何かの政争に敗れた師匠は片手片足を無くしてスラムで乞食をやっていた。
疲れた顔をしていたけど、どこか品があったなあ。
宮廷魔物使いだったと聞いた。
帝国の宮殿にいた師匠は流れ流れてスラムの道ばたに来た。
俺が影犬を手に入れて食えるようになった時はとても喜んでくれた。
俺は妹と師匠を荒事の上がりで養っていた。
影ダンジョンは一部好事家が潜るぐらいで人気が無く、冒険者ギルドも管理していなかったから流民でも入って狩りをする事が出来た。
年に何回か、魔物使いの奴が入って、影犬を隷属の首輪でテイムする奴と行き会うぐらいだったなー。
影猫も、影熊もあまり人気が無かった。
影猫は三年ぐらいで死んだ。
一号と呼んでいたが、死んだ時は悲しくて涙が出た。
師匠は嘘つきだなあ、と思った。
その頃には師匠も妹も死んでいたから、文句一つ言えなかったけどなー。
ああ、早く聖女から帰ってこねえかなー。
しかし、ペス、ジョン、ポチ、ポーポーってなんだよ、名付けのセンスがねえよ、聖女。
ガチャリとドアが開いて角が生えた小娘が入って来た。
「おー、おまえらが凶悪暗殺者かー」
「アダベル、ホルボス山から帰ってきたの?」
「うん、私にもお茶とお菓子をくれい、キルギス」
青い髪をして、尻尾があるエプロンドレスのガキは俺たちを恐れる事も無くテーブルに付いた。
足下に、一号みたいなクロネコが居た。
キルギス坊にクッキーとお茶を貰ってぼりぼり食べ始めた。
おお、ネコか。
退屈だからテイムしてやろうかな。
「おー、ねこねこ、こっちおいでー」
「お前、猫好きか?」
「ああ、テイマーだからな、名前は?」
「クロ!」
名前付きか。
「よし、クロ、お前、俺のしもべになれ、なっ」
『私は魔物ではないし、生き物ですらない』
「クロ! しゃべっちゃいけませんっ!!」
うおっ!! 猫が喋った。
目を細めて魔力感知をしてみると、これは猫に見える傀儡だった。
東方の呪術か。
「あなた、ドラゴンよね、あの青くて綺麗な」
「そうだ、名をアダベルと言うっ」
うをっ、ドラゴンと同じ部屋にいるだなんて。
威圧感が半端ないな。
こいつが正体を現すと、俺たちは簡単に踏み殺されてしまうっ。
「邪竜アダベルトじゃねえのか?」
「そうともいう」
「有名な邪竜さまじゃの、そんな存在と出会えるなぞ、長生きはするもんじゃな」
ドラゴンをテイムした事は無いが、こいつはテイムできるか?
そう思って魔力を感知すると、一瞬で解った。
人がテイムできる魔力量じゃあねえぞ。
こいつは無理筋だな。
……。
魔力線が一本延びてる気がするのだが……。
ドラゴンテイムを成功させた奴がいるのか?
そんなべらぼうな。
勇者か聖女でも無ければテイム成功は……。
ああ、聖女は居たな。
「なんだよ、テイマー」
「いや、なんでもねーよー」
なんかテイムの事は話題にしちゃならねえと、俺の危機感知能力が警報を鳴らしていた。
触らぬ神に祟り無しだなー。
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