第849話 金で買える物と積み上げた薄皮(親指視点)
Side:親指
俺の魔剣は【絶対切断】の斬撃を受けきった。
【不壊】の魔剣だったから棟に傷を付けるだけで耐えた。
――そう、思ったが。
俺の右腕がぼとりと落ちた。
ガチャンと音を立てて【不壊】の魔剣が床に落ちた。
激痛が後になって走ってきた。
背中を丸めて必死に悲鳴を噛み殺す。
「な、何をした」
「【絶対切断】」
「剣の本体を止めても……、無駄なのか……」
「そうみたいだ、どうも剣じゃなくて、魔力で斬ってるなこれ」
くそう、300万グースの大枚をはたいて買った魔剣だったのに。
いや、伝説の魔剣が、金で買える魔剣に止められるものでもないか。
考えが甘かった。
一撃で敗北した。
五年の修行も、これまで努力してきたことも、全部、全部無駄だったのか。
だけど、悔いは無い。
リンダ・クレイブルを目指してやるだけの事はやった。
ああ、でも、一太刀でも浴びせたかったなあ。
「こ、殺せ、俺の負けだ」
右腕を落とされたのだ。
剣士としての俺は死んだんだ。
リンダ・クレイブルは黙って懐からポーションを出して俺の右腕の付け根にジャバジャバとかけた。
痛みが薄くなり、血が止まった。
気が付くと、大勢の聖騎士たちが槍をこちらに向けていた。
「誰がお前達に聖女様暗殺を頼んだのか、なぜ中止しなかったかを聞かないとな」
「……」
「まあ、牢屋でゆっくり考えろ、私は聖女さまの元に行かないと」
リンダ・クレイブルは歩き出した。
と、思ったら振り返って俺を見た。
「自刃すんなよ、また修行して掛かってくればいい」
「……、無理だ、勝てる気がしねえ」
「今回は剣の差だ、私とお前とはそんなに力量の差は無い、お前がダンバルガムを使っていれば斬られていたのは私だ、そう悔やむな」
「無理だ、失敗した暗殺者は刑死される、よしんば帰されても、右腕は無い、暗殺依頼も無いだろう、伝説級の魔剣なぞ夢のまた夢だ」
「冒険者で稼げよ、なんで暗殺したがるんだ?」
ああ、そうか。
「俺は半魔だ、冒険者ギルドに登録出来ない、そうで無ければ誰が好きで暗殺者などやるか」
リンダ・クレイブルは笑い出した。
「ああ、そうなのか、ジーン皇国の治安が悪い訳だ。知ってるか、冒険者ギルドは国によって細部のルールが違う。アップルトンなら半魔でも登録できるぞ」
!
冒険者になれる?
ダンジョンで荒稼ぎして、人並みの生活が出来る?
俺たち五本指の全員が?
「どうして、どうして俺を苦しめる? なぜ取り返しのつかない所まできて、そんな希望を差し出す? 腕も無くなった、処刑もされる、そんな所で、なぜ?」
「聖女さまにわびを入れて治して貰え、私も頼んでやるよ」
腕が、治る?
ど、どうしてそんな、わびを入れたら受け入れて貰える物なのか?
第一、なぜリンダ・クレイブルが見ず知らずの俺なんかの為に。
「私とお前の強さの差は薄皮一枚の差ぐらいだ。私はナーダン師に勝てないんだが、かの師と私の強さの差も薄皮一枚だ。そこまでの技量の奴はただ殺すのが勿体ない。ガドラガ大迷宮で凄い魔剣を見つけて、また掛かってこい」
「俺は、俺は……」
視界がどろどろに溶けて涙になって頬を流れていく。
そこまで、そこまで認めてくれたのか。
あのリンダ・クレイブルが。
遙か彼方の頂きであった彼女が。
また、戦いたいと言うほどに。
「技量が一流になると、超一流になるのは大変だ、真面目に毎日毎日、カゲロウの羽のような薄さの努力を何枚も何枚も何枚も重ねて薄皮一枚の差を作る。それが剣術というものだ。努力する馬鹿じゃなきゃ到達できない。だから、またやろう」
返事が出来なかった。
後から後から涙が出てくる。
そうだよな。
リンダ・クレイブル。
あんたは才能あふれているタイプかと思ったが、違うんだ。
努力して努力して、そして突破していく、俺たちの仲間だったのか。
――ああ、またやり合いたい。
そう、心の底から思った。
リンダ・クレイブルは再び背を向けて大階段の方へ小走りで駆けて行く。
回廊にならぶ勇ましい勇者さんたちも、きっとそうだったんだろう。
希望が生まれた。
だが、俺たちが暗殺に来た事実は変わらない。
きっと処刑されるだろう。
聖女さまは俺たちを赦す事は無いだろう。
それでも、俺の心は澄んだ感じになっていた。
万が一、生き残る事が出来たら、冒険者になれる。
リンダ・クレイブルを越えるという夢を、まだまだ追いかけて行ける。
そんな夢を見ながら死んで行けたら、それはそれで幸せな事だな、と思った。
ああ、仲間の誰も死ぬな。
アップルトンなら俺たちだって冒険者になれる。
人を殺してスラムのゴミ溜めで這い回るような生き方をしなくてもいいんだ。
聖騎士に縄をうたれ、立つように強いられた。
右腕が肘の下から無いのでバランスが悪くふらついた。
聖騎士の一人が俺の腕を袋に入れた。
「リンダ師に認められるたあ、すごいですね」
「まだまだ全然だった」
「良い腕でしたよ」
聖騎士はそういって俺を先導して歩いた。
よろしかったら、ブックマークとか、感想とか、レビューとかをいただけたら嬉しいです。
また、下の[☆☆☆☆☆]で評価していただくと励みになります。




