表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

849/1529

第846話 パン屋の店先で弟とパンを食べる(小指視点)

Side:小指ローゼ


 弟と面と向かい合っているのはなんだか居心地が悪いな。

 何を話せば良いのだろう。


「母ちゃんはいつ頃居なくなったの?」

「姉ちゃんが売られて行ってからすぐだよ。姉ちゃんはすぐ年季奉公は終わったのか?」

「んまあ、売られたヤクザの組が全滅したからね」

「ああ、それでか」


 せっかく剣の腕を見込まれて買われて行ったのだが、一年もしないうちにジーンに進出したヤクザの組は潰されてしまった。

 使いに行って帰ってきたら組事務所がブルーノに全滅させられていてびっくりしたよ。

 なんで組を壊滅させたのか聞いてみたら、ほんと子供みたいな、ささいなトラブルで、このオヤジは辛抱しねえ駄目な奴だなあと思ったのを覚えている。


 二人でジーンのスラムに流れて荒事屋みたいな感じで暴れていたら、魔族のハーフばっかり五人集まってしまった。


「師匠が死んだのは?」

「それから一年ぐらい後だよ、酔っ払ってドブにはまって死んでた」


 ああ、なんというか、師匠らしい死に方だなあ。


「そのあとキルギスはどうしてたの?」

「スラムで暴れてたらヤクザにスカウトされたんで用心棒をやってた」

「そうか」


 姉弟揃って似たような職業に就いたな。

 その後、リンダ・クレイブルにボコられて聖騎士団にスカウトか。

 我が弟なれど、なかなか数奇な運命だな。


 しまったな、金が出せない。

 キルギスに金を渡したいが、大金を渡せばこいつは暗殺の前金だなと感づく。

 どうしたものかな。


「ねえちゃん、パン食えよ」

「あ、ああ」


 パン屋の兄ちゃんが、まだかなまだかなという感じにこっちを見てるな。

 善人は無神経でうっとおしいや。


 丸い方のパンを食べるか。

 触るとまだ暖かい。

 割るとふわりと湯気が立って小麦の良い匂いがした。

 暖かいパンは初めてだな。


 パクリと噛みつくと上の方はカリカリで、中はふっくらしていて、もの凄く甘い。


「!」

「すごいだろ、聖女マコトが考案したんだってさ」

「美味い」


 食べた事無いぐらい美味い。

 ぱくぱくと勢い良く食べてしまう。

 ああ、口の中が甘い。

 頭の芯が痺れるぐらいに美味いなあ。


「ねえちゃん……、泣いてんのか……」

「?」


 頬に手をやると涙がだらだら流れていた。


 なんでだ?


 悲しいのか?

 辛いのか?

 嬉しいのか?

 幸せなのか?


 なんだか色々な感情がない交ぜになってパンの甘みと一緒にどっと吹き出してきて、私は泣いていた。


――そうかそうか、キルギスがこれから生きて行くのはこんな豊かな味わいの世界なんだろうなあ。


 そう思ったら胸の奥から温かいものがいっぱいになって、それで姉ちゃんはその世界には行けないんだなって思って寂しくなって。


――よかったなあ、本当によかったなあ、キルギス。


 でも、置いて行った弟がそんな幸運を掴んだ事が嬉しくて、幸せで。


「ど、どうしたんだ、キルギスの姉ちゃん、具合でも悪いか?」

「ちがう……、凄く美味しくて、初めての経験で、うん」

「そ、そうか、それは良かった」

「ひよこ堂のパンは絶品だからな」


 キルギスが自分の事のように勝ち誇った。

 それがなんだか嬉しくて笑ってしまった。

 私が笑うと、キルギスも昔のように笑った。

 なんだかとても懐かしい笑顔だった。


 学園の方から鐘の音がした。

 正午だな。

 そうか、もう、終わりか。


「おっ、テストが終わったな、学生がいっぱい来るぞ」

「手伝います」

「もうちょっと後で良いよ、今は姉ちゃんと一緒に居てやれよ」

「はい、クリフさん」


 善人のお兄さんはお店に入っていった。


 私は背嚢から金貨の袋出して机の上に置いた。


「金だ、母ちゃんに持ってきたけど、居なかったからキルギスにやる」

「……どうしたんだよ、こんな大金……」


 キルギスの目付きが鋭くなった。


「暗殺の前金だ」

「……」


 キルギスの殺気がどんどん尖っていく。

 肩が前に出る。

 ああ、師匠はキルギスにもイアイを教えているのか。


「私の首を持って手柄にしなよ、良い聖騎士さんにおなり」


 キルギスは目を見開いた。

 歯をむき出しにして食いしばった。

 裏切られた、という顔だ。

 涙がこぼれ落ちるのを見た。

 奴は両手を上にあげ、机に叩きつけた。


「ふざけんなよっ!! 姉ちゃんはいつもそうだっ!!」

「しょうがないよ」

「いつもいつもっ!! 自分ばっかり我慢してっ!! 母ちゃんに売られた時も暴れたら良かったんだっ!! なんだよっ!! なんだよっ!! 姉ちゃんを犠牲にして俺ばっかりいい目を見ても嬉しくないよっ!!」


 善人の兄ちゃんが急いでやってきた。


「ど、どうしたっ、キルギス!?」

「クリフさんっ!! 来ちゃ駄目だっ!!」


 私はするりと立ち上がり、剣を抜き、兄ちゃんに突きつけた。


「ごめんね、お兄さん、私、暗殺者なんだ」

「え?」


 お兄ちゃんは目を見開き棒立ちになった。


「姉ちゃん、クリフさんを離せっ!!」

「私はキルギスの剣なら避けない。だけど、お前が私を斬らないなら、しかたがない、お兄さんを人質にして、聖女さんの首を取るよ」

「そんな事が出来る訳が無いだろうっ!! 俺は姉ちゃんに会いたかったんだっ!! ずっとずっとっ!! 姉ちゃんは生きてるか、ずっとずっと心配で、胸が痛かったっ!! なのに、なのにっ!!」

「大丈夫、キルギスならやれるよ」


 大丈夫、まっとうな人生を送るんだ、結婚して、子供を作って、幸せになるんだ。

 私の弟なんだから、大丈夫だよ。

よろしかったら、ブックマークとか、感想とか、レビューとかをいただけたら嬉しいです。

また、下の[☆☆☆☆☆]で評価していただくと励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] ちょっとリンダ師とチーム全員でOHANASIして みようよ。 聖女様がいるんだから指の100本や200本なら頑張れば生えてくるんじゃないかな。
[一言] ローゼたんにも幸せになってほしいよ~(TOT) ついでに他の五本指もマコトの配下になってくれるといいかな~。
[一言] ローゼちゃん、お姉ちゃんだからかキルギスくん限定で自己犠牲の塊になってもうた・・・。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ