第845話 弟に会いにパン屋に向かう(小指視点)
Side:小指
ブルーノが立ち上がったので眼を覚ました。
高窓の外が明るくなっている。
早朝みたいだ。
みなも音を立てずに起きてくる。
黙って早生の林檎を樽から出してかじる。
痕跡を残さないよう、皮も芯も噛んで飲み込む。
五本指は音を立てずに果実倉庫から抜け出した。
ハイノ爺さんが鍵をかけ直す。
林檎の数が合わないだろうが、気が付く者は居ないだろう。
起き出した街を五人で歩く。
人々が仕事場に歩いて行く。
店員が路上を掃き水を打つ。
屋台で麦粥が売っていたので買って食べる。
「たけえなあ~」
「ひひっ、王都だしね」
「さすがに美味いな」
「美食の街と呼ばれておるからのう」
ああ、鶏の味が染みこんでいて美味いなあ。
スラムの五倍の値段だが、それだけの価値はあるね。
「どうするね、ひひっ」
「正午から作戦開始だ、午前中は試験らしい」
「試験かあ、学校は行った事が無いからなあー、どんな感じだろうかあ-」
「まあ、学生にとっては大事じゃて、終われば気も緩もうな」
正午まで時間が空いたな。
どうしようかな。
「弟に会ってこいよ」
「いいのか?」
「ああ、ただ大神殿に行くなら、ばれるなよ」
「わかった、作戦開始は正午だな」
「ああ、一斉に攻撃を始める。俺は大神殿でリンダ・クレイブルを狙う」
ブルーノは遺恨もあるから、聖女暗殺の最大の障害であるリンダ・クレイブルを排除する。
「それではワシは西側の壁を越えて学園に入るかのう」
ハイノ爺さんは西側の壁を乗り越え学園内に侵入だ。
「ひひっ、私は北側、森の道を抜けるよ」
ミリヤムは北側の森の道を抜けて学園内へ向かう。
「学園の南からー、校門を突破するぜー」
クヌートは奥の手があるから校門から正面突破だ。
「私は東側、自然公園から侵入を試みる」
五本指が学園を一斉に襲撃すれば、誰かは聖女の元にたどり着けるだろう。
「作戦が成功したら、進入口からスラムに出て南に逃げる」
「ほほっ、何人残るかのう」
「成功すればいいねえ、ひひっ」
「ああっ、強い奴が居るんだろうなあー、楽しみだなあー」
「また、会おう。五人で南に逃げよう」
「ひひっ、そうだね」
「死ぬなよローゼ」
「何人かとはー、今生の別れになりそうだなー、まあそれも運命だ-」
私たちはうなずき合い、そして別れた。
作戦が終わるまで、聖女の首を取るまで合流は無い。
みんな死ぬなよ。
私は大神殿に向けて歩き出す。
ブルーノが攻撃する前に警戒されてはならないな。
アップルガルドは循環大通りがあるので、それに沿って歩いて行けば王都は一周出来る。
大神殿は大通り沿いにある。
しかし綺麗な街だなあ。
ジーンの帝都よりも明るくて綺麗で開放的だ。
どの人も表情が明るくて開放的だな。
南の街だからだろうな。
西の商業地区から南下していくと貴族の住宅街になる。
循環大通りは歩けるが、貴族街には門があって中には入れない。
大きい家が多いな。
警備騎士たちも馬で巡回しているようだ。
じろじろと見られるが、気にせず自然に歩く。
私は貧しい身なりだが、下町には居るぐらいのグレードだ、普通にしていれば不審がられないだろう。
しばらく歩いて行くと、王立魔法学園が見えて来た。
綺麗な建物だなあ。
そして広い。
学生服を調達すれば、潜り込む事もできたな。
しかし、私だけだな。
校門が見えてくる。
がっちり閉まっているな。
試験中だからか。
さらに歩くと前方に大きく大神殿が見えて来た。
キルギスはどこで働いているんだろう。
パン屋の良い匂いがしてきた。
焼きたてのパンとか食べた事が無いな。
そんな贅沢はお金が勿体ない。
「あ」
「あ」
いきなりキルギスを見つけた。
パン屋らしく白衣を着て帽子をかぶっていた。
大きくなっていたが、一目でわかった。
というか、なんでパン屋の店員をやってるんだ?
聖騎士団に入ったんじゃないのか?
首にされたのかな?
「ん、どうしたキルギス?」
「あ、いや、その」
キルギスは優しそうな男前の店員に声をかけられていた。
やっぱりキルギスか。
「ローゼねえちゃん?」
「ひさしぶりだね、キルギス」
「ん、姉ちゃんか?」
「そ、そうです」
不意にキルギスの表情が険しくなった。
「ねえちゃん、どうやって王都の中に入ってきた?」
「……」
キルギスの肩に力が入った。
腰には短剣が吊されている。
「護衛対象の商人さんと一緒に入って来たんだよ。キルギスこそ、何やってるんだ? パン屋で?」
キルギスは少しだけ力を抜いた。
だが、疑惑を払拭は出来てないようだ。
「護衛だよ、ここは聖女さまのご実家だから」
「へえ……」
彼女は平民あがりだったな。
そうすると、このニコニコしている兄ちゃんを人質にすれば……。
「聖騎士団に入れたんだってね、スラムで聞いたよ」
「孤児院に入っただけだよ、まだ入団はしてないんだ」
そうなのか、しかし大神殿の孤児院といえば、天国みたいな場所らしいじゃないか、運が良いなあ。
「おねえちゃんは冒険者なのかい? いやあ、マコトと同じぐらいか、偉いねえ」
マコトというのは聖女の事だな。
やっぱり肉親か。
「姉ちゃん、あんたは暗殺者だな」
キルギスが凍えるような声で言って、短剣を抜いた。
「どうして、そんな事は無いよ」
私は背中を丸め始める。
キルギスは強くなっている。
別れた時と比べて大違いだな。
「一番聞きたいはずの母ちゃんの事を聞かねえ、師匠の事も聞かねえ、商人の護衛なのに、朝から王都をぶらついているのも不自然だ」
「スラムに行って聞いたからね、こんな所で言うことじゃないさ」
ニコニコしていた兄ちゃんが、私たちの間に割って入った。
「やめ、やめっ、キルギスも、おねえちゃんも落ち着け」
「クリフさん、危ないっ」
「……」
なんだろうか、この善人ぶりは。
頭が弱いのか?
「朝ご飯は食べたか? そこで二人で食べなよ、うちのパンを食べてくれよ」
「朝は粥をたべたよ」
「まだ入るだろ、弟が働いている店のパン、食べたくないか? 今なら焼きたてだよ」
キルギスはまだこちらを疑ってるような目で見ていたが、短剣は鞘に納めた。
焼きたてのパンか。
一度食べてみたいとは思っていたけど……。
店の前にテーブルとベンチがあって、兄さんが店からパンを持ってきておいてくれた。
キルギスと向かい合って座る。
「積もる話もあるだろう、せっかく久しぶりにあった姉弟なんだから、仲良くしなよ」
「わかった、クリフさん」
「ありがとう」
なんだか、丸くて黄色いざらざらのパンと、すごい分厚いベーコンが挟まったパンが私の前に置かれた。
キルギスの前にもパンがおかれて、何かのジュースも置かれた。
良いのか?
これは高いだろう。
学生街だからそうでも無いのか?
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