第841話 王都侵入計画を立てる(小指視点)
Side:小指
ゴメスに師匠の墓を聞いてお参りに来た。
共同墓地にある小さくて粗末な石の墓だった。
「まったくなあ、死ぬなよ師匠……」
まだまだ教えて欲しい事がいっぱいあったのに。
もう一度会いたかったなあ。
師匠は大酒飲みで駄目人間だったけど、剣術は異常に強かった。
蓬莱とかいう東の果ての国で生まれて港街を転々としてアップルトンまで流れてきたらしい。
故郷で嫁さんを斬り殺して逃げてきたとか聞いた。
師匠とは子供の頃に出会って剣を教えて貰った。
どうやら私の魔族由来の動きの質が気に入ったとか言っていた。
師匠は怠惰だったので、弟子は私と弟しか居なかった。
まあ受講料も払って無かったけどね。
それでも、剣について色々と教わった。
ちえ、師匠にお金を持ってきたのに、死んでるなんてさ。
がっかりだよ。
酒屋で安酒を買って師匠の墓にかけた。
あんたの旅は終わった、ゆっくり休んでくれよ。
空を見上げた、真っ赤だった。
泣くな泣くな、スラムでは泣いた奴は死ぬから。
仲間の元に帰ろう。
酒場に戻った。
みんな帰って来ていた。
「爺さん、抜け穴はどうだ?」
「一本は塞がっておった、あと一本は行けそうじゃな」
「それじゃあ夜に王都に忍び込むか」
「明日かー、明日決行かー」
ブルーノは私を見た。
「ローゼ、母ちゃんには会ったか」
「居なくなってた、師匠は死んでた」
「ひひっ、母ちゃん金持って逃げたかね」
「そうみたいだ」
「ヤクザに助っ人として売られたんだよなー、幾らだー」
「150」
「「「「……」」」」
仲間達は押し黙った。
「逃げるなあ、そりゃあ」
「まとまった金はのう、独り占めしたいじゃろうなあ」
「弟は死んだか」
「いや……」
「生きてたか、会えたかい?」
私は不味いシチューを口に運んだ。
「王都の中、聖騎士団に拾われたらしい」
「そ、そりゃあ出世だなあっ」
「ひひっ、聖騎士団かあ」
「リンダ・クレイブルにボコられて気に入られたって話だ」
ああ、そうか。
「私なら弟に会うという事で門をくぐれないか?」
「おお、それは出来るな、大神殿なら聖女も来そうだ」
「ふむ、だが証明書が必要じゃのう」
「だめだー、だめだー、ローゼ、それをやってはだめだー」
珍しくクヌートが反対した。
「な、なんでだよ」
「弟に恨まれるぞー、王都に入って幸せに暮らしてるんだー、ローゼが聖女を殺したら弟の人生が台無しだー」
「……」
「たしかにのう、それはいかんな」
「ひひっ、それは辛いね」
「そう、だね。ありがとうクヌート」
クヌートは遠い目をした。
「兄弟姉妹はー、仲良くしねーとなー」
クヌートには妹がいて裏社会の抗争に巻き込まれて亡くしている。
殺した対立組織はクヌートの影の魔物たちに一人残らず食い殺された。
こいつが刹那的なのは、その経験が大きいんだよな。
「うむ、抜け穴を使おうぞ、決行は今夜半じゃな」
「王都に入ったら計画通り、ばらけて学園を目指す感じだな」
「ひひっ、同時に事件を起こせば、誰かは聖女の首に手が掛かるかもねえ」
ああ、そうか、滅殺の五本指も明日で終わりなんだな。
たぶん、全員死ぬ。
暗殺が成功しても王都から逃げられる奴は一人か二人だろう。
まあ、暗殺ってそういうもんだ。
私たちは不味い飯を食べおわり酒場を出た。
中天に月が煌々(こうこう)と光っていた。
「さて、行くかの」
ハイノ爺さんの先導で私たちは歩いて行く。
「王都に入ってからは?」
「朝までどこかで休んで、朝になってから動く」
「夜討ちしたほうがいいんじゃねえのー?」
「甲蟲騎士団が三十人ほど学園に突入して標的を逃がしている。防御が堅いらしい。だったら昼に動いた方が良い」
王都の壁に向かって歩いていく。
酔っ払いの騒ぐ声、娼婦の笑い声がする。
「弟に……、会いに行っていいかな?」
「会うぐらいいいんじゃないか」
「ひひ、ローゼは抜けてもいいよー、私たちを覚えてくれる人もいるさあ」
「いや、仕事はするよ」
「いいのになあー、剣の腕がもったいないぜー」
「いいんだ、もう、弟に金を渡して逝くよ」
ブルーノが足を止めた。
道の真ん中に薄汚れた熊のぬいぐるみが落ちていた。
ぬいぐるみがぴょこんと立ち上がる。
『行くのか五本指』
「だ、誰だっ!!」
「『肉屋』じゃの、捕捉しておったかい」
『まあね、君たちが騒ぎを起こしてくれると、皇弟閣下が失脚するからね』
「皇帝派に寝返りおったかい」
『元々私の忠誠はジーン皇国だよ。皇弟閣下はやり過ぎた、先が見えないっていやだよね』
魔術でぬいぐるみを動かしているのか。
どこかに潜んでいる?
「ひひっ、それじゃあ学園に忍び込む手引きをしておくれよ」
『無い、先の襲撃で潰されたよ、学園、王城、大事なルートが二つ潰され、温存していた計画が一つ潰されてね。古い抜け穴を開通させておくのが精一杯だった』
「そうじゃったか、ありがとうよ」
『礼は良いよ。それより学園の警備は強硬だよ、あの怠惰のマルゴットがいるし』
「なんとなっ!!」
「学園警備に使う奴じゃねえだろう」
『あと、ブロウライト家の諜報があって感知力が高い。聖女にはメイドの里の重拳を使う諜報メイドが付いている』
「止めるつもりじゃないのか」
『ああ、頑張ってくれ』
私は剣を振った。
チン。
ぬいぐるみは崩れ落ちた。
「うるせえよ、部外者は黙ってろ」
諜報系の奴は嫌いだ。
真意がどこにあるかが解らないからな。
「協力はしないが、応援はする感じか」
「ひひっ、いろいろ面倒くさいねえ」
私たちは下水道に潜り込んだ。
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