第82話 たまにはお昼を下級貴族食堂でとってみる
皆でぶらぶらと、Aクラスに戻った。
「マコト、お昼はどうするの? またひよこ堂?」
「うーん、たまには別の所に行きたいな」
「……上級貴族レストランに……いく?」
「よし、下級貴族レストランに行こう」
下級貴族レストランとは、校舎の中にある、下級貴族用の食堂だ。
校舎の最上階にある上級貴族レストランと対をなす所だが、評判は最悪であるよ。
下級貴族レストランと聞いて、みんな押し黙ってしまった。
なんだよう、おまえら行ったことあるのかよ。
「行った事無いが、酷い料理とは聞くな」
当然のようにカーチス兄ちゃんが、エルザさんとメリッサさん、コリンナちゃんを引き連れて私の前の席の机に腰掛けていた。
「美味しくなかったですわよ」
「メリッサさん、行った事があるの?」
「ええ、先週の水曜日でしたかしら。それはそれは、まずうございましたわ」
「そうかー」
だが、行かないで結論を出すのもなあ。
というか、一回は行ってみたいんだよね。
「よし、お昼は下級貴族レストランに行きます。行きたくない人は付いてこなくていいです」
みんなの顔に、むううっという怒りの色が浮かんだ。
「まあ、話のネタにはなるな、俺は行く」
「カーチスしゃまが行くなら付いていくみょん」
「しかたがありませんね」
「私も行くぞ、不味い飯には慣れているからな」
カーチス率いる剣術組は参加のようだ。
私はカロルを見た。
「まあ、何事も経験ね」
「うひひ、カロル大好き」
エルマーがふうとため息をついた。
「マコトと一緒だと……、やらなくてもいい、……新しい事を経験するな……」
「みんなが行くならいくわよ」
コリンナちゃんも了承して、みんなで下級貴族レストランへ行くことになった。
下級貴族レストランは、三階、図書室の向こうにある。
「あんまり混んでないわね」
カロルが食堂の中を見回してつぶやいた。
「不味いと噂だからだろう」
カーチスがどっかりとテーブルに座り込んだ。
「俺はAランチ」
「それは、誰に命令してるんだ? カーチス」
私が問いかけると、カーチスはにやりと笑い、コイシちゃんを指さした。
「わ、私がやるみょん、カーチスさま」
「ふう」
エルザさんがため息をついた。
なんという前時代的な男かと思ったが、まあ、この世界は近代化まだだしな。
カーチスにはテーブルの番をして貰うことにして、私たちはカウンターに並んだ。
今日のメニューは、Aランチ、豚肉のソテー、Bランチ、鳥のソテーというシンプルな物だ。
とりあえず、Aランチにして見るかな。
「Aランチ、400ドランクだよー」
塩辛声のおいちゃんに小銀貨四枚を渡す。
プレートの上に乗っているのは、白パン、豚のソテー二きれ、なんかのサラダ、薄そうなスープであった。
うーん。
二つのテーブルに分かれて私たちは座った。
テーブルの真ん中に大きいケトルが置いてあって、中にはお茶がはいっていた。
コップにつぐ。
みんながプレートを持って席に付く。
カーチスはコイシちゃんにプレートを持ってきてもらい、カトレアさんにお茶をついで貰ってえびす顔だ。
もう、もげろとしか言えない。
さて、みんなが席に付いたところで、食べようかな。
「いただきます」
「「「女神に日々の糧を感謝します」」」
なぜ、みんな、私を拝むのかっ。
私は女神様じゃないぞ。
んもう。
豚のソテーを切って口に運ぶ。
ぱくり。
……。
…………。
………………。
やべえ。
これ、やべえ。
どうしよう、噛めない。
それくらい不味い。
助けを求めるように、あたりを見回す。
コリンナちゃんも、固まっている。
カロルはハンカチにぺっとしていた。
メリッサさんに至ってはパンだけ口に入れて、ね、不味いでしょう、という目で私を見ている。
私はフォークに刺さったままの豚肉を口から出して、お皿に置いた。
「ごっほごっほ、これ、すげえな」
ああ、カーチス、ここはスゴイ。
コイシちゃんが、テーブルの上から塩瓶をとって鳥の上で塩山を作っている。
エルマーが手から冷気を出して豚肉を氷づけにしていた。
君は、それをどうしようというのだ。
カトレアさんだけが、平気な顔で鳥をばりばり食べていた。
「なんだ、みんな、どうした?」
「カトレアさん、不味いの平気なの?」
「不味い、のか? まあまあだと思うぞ。うちの飯は昔からもっと酷いぞ」
そんな料理事情で、よくその上背まで育ったなっ。
ピッカリン家は飯マズなのか。
あー、すごい物を口にした。
パンを噛む。
まあまあだな、パン屋は三日月亭かな。
普通のパン。
あー、普通のパンは美味しいな。
コリンナちゃんが鳥を皿に吐き出した。
「これは想定外の味だ」
「酷いわね、これ、それでね、これ、素材が悪いんじゃないわ」
カロルがハンカチで口を拭きながらつぶやいた。
恐ろしい事に、下級貴族レストランの食材の鮮度はそう悪く無い。
不味いのは味付けなのだ。
スープを飲む。
うん、味がしない。
パンをバリバリ食べた。
バターを付けて食べて、薄いお茶で流し込む。
みんなも無言である。
ああ、こんな事なら、カーチスのおごりで上級貴族レストランに行けばよかった。
あまりに酷すぎる。
とりあえず、パンとスープを完食したから、下級貴族レストランの外にでる。
「もう、二度とこねえからなっ!!」
「同感だわ」
「この世の地獄とはこの店の事だ」
「だから言いましたのに」
メリッサさんが、やれやれと肩をすくめた。
「いやあ、不味かったな、パンしか食えなかった」
「マヨコーン……、パンが食べたい」
「ひよこ堂に行くか、エルマー」
ぐぬぬ。
「ダルシー、パンを買ってきてっ」
「はい、マコトさま」
するっと、ダルシーが現れた。
私は彼女にお財布を渡した。
「みんな、欲しいものをダルシーに言って、おごるわっ」
「別に良いのに、私は聖女パンを買ってきて、ダルシー」
「私も聖女パンだな」
「マヨコーンを……たのむよ」
口々にみんながダルシーに頼み、彼女はそれを羊皮紙にメモしていった。
「いってきます、マコトさま」
「聖女派閥の集会室に居るからね」
「かしこまりました」
そう言うと、ダルシーは窓を開けて、飛び降りていった。
「……重拳は便利だな」
「まったくだわね」




