第826話 滅殺の五本指の仕事をキャンセルする(『城塞(キープ)』主任視点)
Side: ジークムント(『城塞』作戦部主任)
国境の街カルホーンのアップルトン側でようやく五本指を捕まえる事が出来た。
街で捕まって助かった、街道を出発していたら作戦中止も出来ない所だったぜ。
俺はカルホーンの下町の汚い酒場に五本指を呼び出した。
「悪かったな、急に呼び出して、状況が変わってな」
五本指たちは黙ってエールを口に運んでいる。
騒がしい酒場だ。
ガラも悪い。
エールも薄いな、仕事じゃなきゃ入る気もしねえぐらいの安酒場だ。
「悪いが聖女暗殺はキャンセルだ、教会が皇弟を破門しやがった、謝罪をしなきゃならない時に暗殺なんかを仕掛けたらそれこそ皇国自体が破門されかねねえ。こっちの事情でのキャンセルだ、後金の半分を払う、これでチャラにしてくれ。また別の仕事を頼むからよ」
「ふへへへへ」
薬指と呼ばれる術師の女が気持ちの悪い笑い方をした。
フードをかぶって目付きが悪い。
顔は整っているが、なんだか頭がおかしい感じがする女だ。
「ジークさん、わりいが中止はできねえ、このまんま俺らはアップルガルドに行って聖女の首を上げる」
「なっ!!」
五本指どもは一斉に笑い出した。
「皇弟が破門された、聖女を暗殺なんかされたらジーン皇国の立場が無くなるんだ、解ってくれよ」
「いやですね」
「おい、キャンセル料をつり上げようってんじゃあねえだろうな」
俺は声を低くして五本指のリーダー、親指を睨みつけた。
こいつらはジーン帝都のゴミ溜めに住むゴロツキどもだ、舐められたら骨までしゃぶられるクズどもだ。
五本指は全員黒いフードをかぶっている。
親指は大剣を背負った大男だ。
人差し指は小男だ。
中指はひょろ長い男。
薬指は気持ちの悪い女。
小指は子供だ、男か女かはわからない。
お互いの間に緊張感が張り詰める。
『城塞』を舐めんじゃねえぞ。
俺は立ち上がった。
「こいつらを全員始末しろっ!!」
酒場の客が全て立ち上がった。
ここの客は全員『城塞』の工作員だ。
マスターはカウンターの下に隠れた。
五本指は、細かく震えていた。
笑ってる? のか?
「ああ、ああ、まったく楽しいなっ、くははははっ」
いきなり親指が椅子から転げ落ちるように側転して大剣を抜き打った。
ザッシュッ!!
カップルに化けていた工作員二人の首が飛ぶ。
なっ!?
人差し指が大量の針を投げる。
薬指が這うような姿勢で杖を振ると液体が噴き出しそれがかかった工作員が絶叫と共に煙を上げて溶ける。
小指は表情を変えずにソーセージを食べていた。
バウバウバウと真っ黒な犬たちが中指の影から飛び出して工作員をかみ砕いていく。
「ジークムントさま-、ザスキアの馬鹿はいないのー?」
中指が甲高い声で聞いて来た。
「あ、あいつは……、逃げた……」
「ちえー、ぶっ殺しがいのない奴ばっかだなー」
ば、馬鹿な、『城塞』でも選りすぐりの工作員だぞ。
どうして、こんな、こんなあっさり殺されていく?
人差し指の針が工作員たちの手を、足を縫い止めて動きを止める。
親指が竜巻のように回転しながら切り裂いていく。
それを避けた工作員が薬指の薬液から出た炎に焼かれる。
真っ黒な犬が駆け回り動く物全てをかみ砕く。
小指はゆっくりとエールを飲み干して、ちいさくゲップをした。
あっというまに酒場には五本指と俺しか居なくなった。
真っ黒な犬がカウンターの奥のマスターに襲いかかったのか、絶叫が響いてくる。
親指は回転を止めてブンと大剣から血を振り落とした。
「こ、こんなことをして、た、ただで済むとでも思っているのか……」
「ジークムントさんは誰が殺すの?」
小指が声を出した、正体は少女だったようだ。
「仕事しろ、ローゼ」
「ん」
小指が立ち上がった。
気負いのない姿だ。
どこにも力が入っていなくて、だらんと立っている。
チン。
澄んだ音がした。
嫌な予感がして俺は椅子から後ろに転げ落ちた。
「お、勘がいいね」
視界いっぱいに血が噴き出していた。
俺の右手が吹っ飛んで行くのが見えた。
今、小指は剣を抜いたのか?
見えなかった。
「ジーンが、皇国が黙ってはいないぞっ!! 貴様らっ!!」
五本指が体を揺すって笑った。
「別に良いんですよ、ジークムントの旦那。別のクライアントが入りましてね、そちからも金が出るんですよ」
「ば、馬鹿な、ど、どこが、いったい」
大量の出血で頭がクラクラし始めた。
そんなに長く持たない。
俺は死ぬ。
「魔国からでさあ。丁度良いから聖女を殺して来いって命令が入りましてね」
「魔王か!!」
「暗殺が成功しても失敗してもジーン皇国のダメージになりますな、皇弟閣下も旧サイズ王国領から追放されさぞ皇国は混乱する事でしょうなあ」
「ば、馬鹿なっ!! 貴様らは魔族に人類を売ると言うのかっ!!」
五本指は体を揺すって爆笑した。
全員、笑いながらローブを脱ぎ、上着を脱いだ。
五人とも、体に鱗があった。
「きさまら、魔族……」
「いや、ハーフですよ」
「じ、人類の裏切り者……」
「いやあ、せっかくの聖女さまを政治目的で暗殺しようという方々には言われたくありませんなあ」
ああ、ああ、なんてことだ。
魔族が、こんな身近にせまっていたとは……。
ジーン皇国が、あぶな、い……。
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