第813話 ジャスティンの進路相談にのる
ジャスティンはテーブルにノートブックの見本を十冊ほど置いた。
「デュプレクス領で作られている植物紙ノートの見本だ、好きな物を選んでくれ」
手に取って開いて見る。
ふむふむ、全部無地だな。
紙質自体も、皆同じだ、装丁が皮か布か、タイトルが金箔押しか、そうでないかぐらいの違いしか無いな。
お、これはカロルが使っている物と一緒だな。
お揃いにするか、違う色にするか。
布張りの方が色のバリエーションが多く、革製の方が高級感がある。
「一番安い布製でいいや」
「良いのか? 革製の方が頑丈だぞ」
「学園の学習に使うものだから、あまり高いと気軽に書けないし」
「そうか、色は?」
「色も適当に頂戴、派閥員に好きな色を選ばせるから」
「わかった」
ジャスティンは役人を呼んで命令していた。
ノートが百冊、ここに届けてもらえるらしい。
「しばらく待っていてくれ」
「ありがとう」
「聖女よ、革製の方が後々保存にいいのだぞ、平民出だから解らぬのか?」
「フィリップの親父さん、ノートは中に書く物が大事であって、外側はあまり関係無いんだよ。重い皮よりも、軽い布張りの方がいい」
「そ、そういう考え方もあるか」
ジャスティンが背中を丸めてこちらを見た。
「少し聖女さまに相談があるのだが……」
「なんだい?」
「聖女派閥に我が家が所属する事は可能だろうか」
「ジャスティン、私はそれは反対だぞ、ポッティンジャー公爵さまに長年のご恩がある、それを踏みにじるのはな」
「俺は……、ドナルド様に幻滅したのだ、一度の敗北で口汚くののしられて、俺は……」
「気持ちはわかるぞ、ジャスティン、だがな、世間体というものが……」
「入れてやらない」
ジャスティンとフィリップ親父さんの眉が同じように上がった。
いやあ、親子だなあ。
「お、俺は自分で言うのもなんだが、剣の腕は……」
「いらねえって、聖女派閥は馬鹿みたいに武力揃ってるから、必要ないんだ」
「だ、だが……」
「剣を振るだけの能なしなんかいらねえって。お前はドナルドの言う事を聞くだけで何も自分で考えた事が無い。お前がやろうとしているのは、命令される相手を私に変えて、また何も考えないで、ただ剣を振りたいだけなんだよ」
ジャスティンは唇を噛んでだまりこんだ。
「ぶ、武人とはそういう物だ……」
「そんな奴らは聖騎士団にいっぱい居るんだよ。いいか、世の中には三系統の力がある。武力、財力、知力だな。一つだけの力を高めただけではいっぱしの大人とは言えないんだ。只の部品だ」
「……」
「それに聖女派閥は三年間の時限派閥だ、そんな所に入って三年後にデュプレクス領はどうすんだ? お前の性格だと聖女派閥で色々な奴と交流して人とのコネとか作れないだろ」
フィリップのオヤジさんが信じられないという顔で私を見ておるな。
「この領は紙の生産で今後百年は安泰だ。どんどん大きくなる。領に留まってフィリップのオヤジさんの後を継げよ。武力はあるんだから、次は財力だ。二系統の力を持てればかなり尊敬もされる。色々な経験をすれば人徳も磨かれて人も付いてくる。大人なんだから手抜きすんじゃねえよ」
「そう……、なのか……」
「ポッティンジャー公爵派から製紙業までぶっこぬくと要らない喧嘩が起きるんだよ、そういう事も全然考えて無いだろ。自分の事ばっかり言いつのる奴は正直いらねえんだよ」
「せ、聖女さまっ、あんたはあんたは、なんて素晴らしい人なんだっ」
よせやい、フィリップのオヤジさん。
オヤジさんは感動で目をうるうるさせておる。
逆にジャスティンは不快なのかしかめっ面だ。
「俺に紙すきをしろと……、そう言うのか」
「しろ」
「武人の誇りを捨てろと」
「すてるな。両立しろ、あと勉強もして知力もあげろ。好きな事ばかりやって尊敬されるとか思ってるんじゃねえよ、良い大人が」
ジャスティンは背中を丸めて考え込んでいるようだ。
「親父さん、どうして製紙業をしようと思ったんですか?」
「い、いやな、ジェイムズ様がな、デュプレクス領は森林資源もあるし、水も良いから紙をやれって、これからは紙だっておっしゃってな」
「あ、やっぱりジェイムズ様でしたか」
「そうじゃそうじゃ、芙蓉から技術者も呼んでくださってな、大変なご恩を受けたんじゃよ。派閥を移るなぞ人倫にもとるというものじゃよ」
フィリップの親父さんは目をキラキラさせて語った。
ジェイムズ翁のリクエストとはいえ、ここまでの製紙業を立ち上げるのは大変だったろうなあ。
「これからは植物紙というのは同感ですね、どうして学園にもっと食い込まないのですか、学園長もポッティンジャー公爵派ですのに」
「い、いや、今は王都の文房具店に卸すのが精一杯でな、学園でも売れるだろうか」
「格安で卸せば良いじゃ無いですか、当座の儲けは薄いですが、植物紙ノートで学習した生徒は一生羊皮紙には戻れませんよ」
「そ、そうかね、そんなにかねっ」
「これからどんどん流行りますよ。絶対です」
「聖女さん、あんた話がわかるなあっ!」
ジャスティンがこちらに視線を向けた。
「そんなに需要がある事業なのか?」
「これからは羊皮紙を追い越して、全部植物紙に切り替わる勢いになるよ。領は儲かるし、領民は裕福になるし、ドナルドも儲かる領を下にはおかないって」
「そ、そんな手が、あるのか……」
「ジャスティンは十分強いんだから、次は財力と知力だよ、三つの力が伸びている人間は解る奴には絶対一目置かれるぞ」
よーしよしよし、ジャスティンも乗り気になってきたな。
けけけ、これで私が投資するまでもなく、植物紙生産が高まるぞ。
「剣豪になった熱意で、今度は領主としての仕事を頑張れよ、学園でも、王府でも、教会でも、絶対に植物紙は流行るからさ」
「そうか、次は財力と知力か……」
「おおっ、一緒にやろうではないかジャスティン、今度は植物紙で天下を取ろう」
「そうだな、やろう、とうさん」
ふと、カロルとエルマーを見ると渋い顔をしてお茶を飲んでいた。
マコトは口が上手いわね、と思っていそう。
「聖女さま、ありがとうございます、あなたは我が領の救い主です、どうですか、百冊とは言わず、二百冊とか持っていきませんか」
「そんなにはいりません」
重いし。
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