第782話 ホルボス山に魔獣が現れる(ガラリア視点)①
Side:ガラリア
邸宅のお庭で私は目を閉じる。
村の各所に飛ばした十匹の虻からの視界を脳内で処理する。
ジジジジジ。
虻の複眼からの視界は断片的なのだけど、私は慣れているから解る。
視界情報だけで、音声情報は伝わらないけれど、居ない場所の事を察知できるのは有利だ。
虻の視界は三匹までなら、私が何か別の事をしながらでも処理できる。
十匹になると、止まって目を閉じないと無理なんだ。
虻の目から、村の三人の子供と、アダベルちゃんと孤児院の子供と釣りに行くトール王子とティルダ王女が見える。
村の中に飛ばした虻から、畑仕事をする村人、家で家事をする奥さん、教会で祈祷する助祭さん、宿屋の食堂でお茶を飲む村長が見える。
今日もホルボス村は、いつもの通り平和でのどかな時間が流れている。
この村は好きだよ。
村人はみんな純朴で親切だし、気候も故郷よりも穏やかだ。
ジーン皇国に祖国を占領されてから、こんな穏やかな時間を過ごせたのは初めてだ。
願わくば祖国がまた独立して懐かしい街で暮らしたい。
トール王子とティルダ王女が大人になるまでには、なんとかしたい所だね。
それまでは聖女さまの騎士団として、この村を守らなくては。
「ガラリア、何か異常は?」
不意に声を掛けられたので、虻との接続を七本切り、目を開ける。
リーディア団長がそばに来ていた。
団長は農作業を手伝っていたのか、村娘のような服を着て作物が入った籠を抱えている。
「い、異常は、無いのです……」
「そうか、なによりだな」
「ま、まだジーンの工作班は……、来ますかね?」
「ザスキアの引き連れていた班は全て捕まえたが、まだ解らないな」
ビビッ。
村の境に飛ばしていた未接続の虻から警報が入った。
急いで視界を繋ぐ。
「!」
「どうした?」
「強大な、ま、魔力反応があります、あれは……」
村の境の虻から異形の姿が伝わってきた。
なんだあれは……。
最初は騎士かと思った。
だが、奴が動いているのは街道では無く、森の中だ。
崖や渓流を飛び越えて、びっくりするほどの速度で動いている。
そして、その騎士は首を小脇に抱えていた。
「団長!! に、西の村境にディラハンですっ!!」
「ディラハン? 首無し騎士か! なぜそんな物が?」
しかし……。
本当にディラハンか?
乗っている馬は確かに黒い、が、首がある。
たてがみが赤く、鱗がある。
ディラハンを私は実際に見た事が無いが、首無し騎士の乗る馬は首の無い黒馬だったはずだ。
あれは……、竜馬か?
ドラゴンホースと言われる魔物だ。
ピュウウイイイイイ!!
リーディア団長が指笛を鳴らした。
空から蜻蛉騎士のヘンリーッカとアートゥが降りて来た。
「西の村境に脅威存在! 偵察をしてこい、推定敵種ディラハン」
「はっ!」
「戦闘に入ってもかまいませんか?」
「て、偵察、な、何か変」
「変とは? ガラリア」
「ディラハンなのに、の、乗ってる物が魔獣」
「それは、なんなのであろうな? とりあえず二人は偵察だ」
「「偵察了解!!」」
二人の蜻蛉騎士は空に駆け上がった。
「野良の魔物という可能性は……」
「あ、ありません、王都に近すぎ……」
あ、トール王子とティルダ王女が東の池に釣りに行っている。
「だ、誰かをやって、東池のトール王子とティルダ王女を警護……」
「そうだな、サロモンが影に付いているが、子供たちは村に戻した方が無難だな」
副団長が隠れて警護しているのか、それなら少し安心だが、ディラハンの進行方向によっては接触しかねない。
子供達を守らなければ。
村人の子供や孤児院の子供に被害があったら聖女さまに顔向け出来ない。
「アイラはどこにいる?」
「む、村の宿屋の食堂で、そ、村長に捕まっています」
「解った、村の中心で指揮を執る、付いてこいガラリア」
「はっ!」
ディラハン直近の虻の接続だけを残し私は立ち上がった。
駆けだしたリーディア団長を追いかける。
急げ急げ。
しかし、あれは何だろうか。
ディラハンは北の島国アランド王国の深い森に居る妖精の一種だ。
たしか、首無しの馬に乗り、罪人の家に訪れ、出てきた者にバケツ一杯ほどの鮮血を掛けるという。
アンデッドとも言われるが、実は死霊では無く妖精らしい。
リーディア団長と私は村の中心部の広場に駆け込んだ。
全力疾走してきた私たちを、村人たちが何事かと驚いていた。
団長は宿屋の一階の食堂に飛びこんだ。
「アイラ、東の池に行け、敵性存在が西の村境に接近中。トール王子とティルダ王女を村につれもどせ」
「わ、解りましたっ」
平服だったアイラは口笛をピューイと吹いた。
空から蜂の甲蟲が飛んで来てアイラと合体した。
本来なら薄いボディスーツの上から合体するのだが、緊急時には平服でも合体はできる。
彼女は東の池に通じる小道を駆けていった。
「な、何事ですか、リーディア団長」
「敵性存在の魔物が接近中です、村長」
「ジ、ジーン皇国でしょうか?」
「不明です。ただ、かなり強力そうなので、農作業中の村人を家に帰してください」
「わかりましたぞっ!」
「ブリス代官は?」
「今週は魔法学園が中間テストなので来られませんぞっ」
「せ、聖女さまを、呼びますか?」
リーディア団長は黙って考え込んだ。
聖女さまの持つ戦力ならば、かなりの敵でも安心だ。
蒼穹の覇者号なら巨大魔獣とも戦えるだろう。
「アダベルさまを待って、危なそうなら飛んで貰う」
魔物の脅威度を測ってからですね。
よろしかったら、ブックマークとか、感想とか、レビューとかをいただけたら嬉しいです。
また、下の[☆☆☆☆☆]で評価していただくと励みになります。




