第761話 一撃必殺のナージャが奇襲を仕掛けてくる
それは空中庭園の端、手すりに片足を掛けて逆さになって弓を構えていた。
なんて器用なんだ。
というか、あそこに配置した騎士はどうしたんだ?
サーチ!
カアアアアン!
うは、柵の向こうで倒れておる。
どこから入って来たんだ。
狙いは誰だ。
私は障壁を無詠唱で張る。
コリンナちゃんの磁気誘導も入っているから二重の盾だ。
これで呪矢は防げるか?
動きを止めた私たちをダンスをしている紳士淑女がいぶかしげな目で見ていた。
ディーマー皇子が前に出る。
「あぶないっ」
「まあ、二人とも、我にまかせよ」
何を言ってんだこいつ。
ディーマー皇子はガラス戸を押し開きテラスに出る。
私とコリンナちゃんも追う。
自殺行為だぞっ!!
皇子はすらりと腰からタンキエムを抜く。
そうかっ、タンキエムの柔軟障壁も掛ければ三重だ!
「聞け、ナージャ・キルヒナー!!」
逆さになったナージャは微動だにしない。
鏃はまっすぐディーマー皇子を狙っている。
「これは創国の魔剣タンキエムである!!」
ナージャは動かない。
「我は叔父上が推す第十三皇子ギュンターに知力でも勇気でも及ばない凡庸な皇子だ」
ディーマー皇子は堂々とした態度で自分を卑下する。
だが、そこに卑屈な色は無い。
ただただ事実を宣言していると解る。
「だが、運は良い、運命は我と聖女を引き合わせ、この魔剣タンキエムを与えた。皇帝に一番必要な物、それは運ではないかと我は思う」
『な、何が言いたい』
ナージャの声が聞こえた。
風の魔法のようだ。
「愚かな『城塞』の作戦担当のお陰で、我の前に我が一番必要としているお前も現れた。ナージャ・キルヒナー、我の元に下れ!! 我が陣営にはお前が必要だ!! 我が皇帝に即位するため、お前の力を貸せ!!」
おおおおおおお。
ナージャを籠絡しようというのかっ!!
『……』
「我を信じられなければ矢を放て、そして皇太子暗殺実行犯として叔父上に切り捨てられよ!」
ぶるり、と、ナージャの弓が揺れる。
おおっ、効いてる効いてる。
「我を信じるなら、弓を捨てよ、お前に一番近くで我が皇帝になる姿を見る栄光を与えよう」
ナージャは弓を手放した。
弓は落下してテラスに落ち、三回弾んで倒れた。
するすると紐を伝い、ナージャはテラスまで降りて来た。
そしてひざまずくと頭を下げた。
「皇太子殿下に永遠の忠誠を誓います……」
「うむ、嬉しいぞナージャよ」
ふーーー。
はらはらしたよ。
コリンナちゃんも額の汗を拭っていた。
やや、ディーマー皇子がドヤ顔でこちらを見ておる。
「私のまねっこだ」
「ふふん、皇帝は良いと思った事は積極的に取り入れる物なのだ」
くっそむかつく。
ナージャはディーマー皇子の近くに立った。
懐に手を入れた。
そして手紙を取り出し皇子に渡した。
「『肉屋』とこの国の者が呼ぶ方からです」
皇子は手紙を受け取り一読して苦い顔をした。
なんだ?
ディーマー皇子は手紙を私に渡してきた。
『皇太子殿下にナージャをお渡しいたします。僭越ですが『城塞』の現長官は諜報センスが皆無なので、あなたが皇帝即位の折には解雇すると良いでしょう。 『肉屋』』
くそっ! こちらの動きを予想してたのかっ!
『肉屋』は相当な諜報員だなっ。
「もしも、我が、お前を籠絡しなければどうしたのだ」
「一矢撃って逃げよと。仮に捕まっても聖女候補が居るから死ぬ事は無いと言われました」
「読まれてるなあ」
これは相当、私の事も解ってる感じだな。
「ですが、皇子殿下のお言葉、心が震えました。永遠の忠誠は本心からです」
「うむ、これから我の陣営には沢山の有能な配下を集めねばならない、ナージャ、お前は我が選んだ最初の配下である」
「ははあっ、身に余る光栄です」
『肉屋』はディーマー皇子にBETしたのか。
確かにこいつは運は良いからな。
「貴様っ!! どこから入ったのだっ!!」
ハゲがカンカンになって走ってきた。
「弓矢で皇族を狙撃しようとは太い奴めっ!! この者を拘束せよっ!!」
「はっ!!」
近衛騎士さんたちがナージャに殺到した。
「やめよ、我が臣下に何をするつもりだっ!」
ディーマー皇子が立ち塞がった。
「皇太子殿下!! あなたの臣下であろうと、王城へ弓矢を持って忍び込むのは許せませんっ!! 手引きした者の名前を吐かせなくてはなりませんっ!!」
まあ、ハゲの方が正しいな。
仮にも警備責任者だし。
「控えろっ!! この者は我が腹心の部下である、手出しはゆるさんっ!!」
「皇子……」
ナージャが目をうるうるさせてんぞ。
さっそく忠誠心を上げてるなあ。
ケビン王子が笑顔で手を叩きながらやってきた。
「いやあ、ディーマー、素晴らしい余興だったよ。迫真の演技だね」
「え、あ、そうだ、余興だ、すっかり騙されたな近衛騎士団長」
「な、な、なんですとっ!!」
私も半笑いで手を叩いた。
「余興余興」
「うん凄い余興だな」
コリンナちゃんも半笑いだ。
「そ、そういう、よ、余興であれば、その、教えて貰わないと困ります」
「すまないな、急に思いついたのだ」
「まったく、ディーマーはお茶目だね」
「そう言うな、ケビンよ」
ハゲはなんだか納得がいかないという顔で大ホールに戻っていった。
ケビン王子は笑いを含んだままナージャを見ていた。
「で、『肉屋』の正体は誰だい?」
「アップルトンの人間には教えるな、と言われています」
「そういう事だ、すまぬなケビン」
「せっかくおじさんから助けてあげたのに」
「あれは王家の血を引く者なのか……、だが、それはそれ、これはこれだ」
ケビン王子は肩をすくめた。
「それじゃ、しょうが無いね。では、僕はこれで」
「うむ、助かったぞケビン。ありがとう」
「友達だろ、当然さ」
そう言ってケビン王子は大ホールに去っていった。
やっぱケビン王子は器がでかいなあ。
さすがだ。
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