第75話 毒蜘蛛令嬢が派閥に入りたいと言ってきたんだが②
困ったぞ。
うむむ、暗闘のマーラー家が派閥に入りたいとか言ってきたが、やんわり断る方法が見つからない。
ぐぬぬ。
「しょ、正直な事を言うと、ヒルダさんを信用する事ができないので、その」
「諜報とか暗闘の家を信用する馬鹿はいませんわよ」
「そ、そうなの、カロル?」
「そ、そうね、ええと、基本的に諜報とか暗闘の家は、情報とか技術とかを売る家で、特に忠誠とかは、騎士とか武家の事だわね」
そうなんだ。
情報とか、暗闘の結果だけが勝負で、別に忠誠とか無いのかっ。
いや、確かに、今の聖女派閥は剣術組ばかり増えて、知将、しかも暗闘専門の人は欲しいっちゃ欲しいのだけど。
「というか、マーラー家が抜けたら、ポッティンジャー公爵派閥は相当な痛手じゃないの?」
「もちろん、というよりも、ウィルキンソン家が国王派閥に抜けた時点で、諜報界隈は騒然となってますわよ、マルゴットを有するウィルキンソン家が逃げるなんてーっ、とね」
「マルゴットさん、どんだけ著名人なんだ」
私から見るとお茶目メイドなのに。
「その上で、マーラー家が抜けますから、諜報に関しては、ほぼ死に体ですわね。でも、うちとウィルキンソン家があった時点でも、そうとう情報は不正確だったようですわ」
「ヒルダさんが、聖女派閥に入ると、どうなりますか?」
「聖女派閥は防衛派閥なので、あまりこちらからの暗闘工作はできないでしょう、ですがマーラー家に暗闘を仕掛けてくる家もまた無いはずですわ」
ヒルダさんがどや顔をした。
歴史のある暗闘の家に仕掛けてくるのは相当な所なんだろうなあ。
「ポッティンジャー公爵家の暗闘一軍は来るんじゃないの?」
「望む所ですわよ」
そう言って、ヒルダさんは獰猛に笑った。
ああ。
ああ、こいつ、暗闘狂だあああ。
どうしよう、断る理由が無い。
ああもう、暗闘家も入れて、派閥を強くするかあ。
「解りました、派閥の参加を認めましょう」
「ありがとうございます、聖女さま」
「マコトで良いですよ、マーラーさま」
「では、私もヒルダでよろしくってよマコトさん」
「はい、ヒルダ先輩」
ヒルダ先輩はにっこり笑った。
「ヒルダ先輩はお父様が屑だから、お友達を作らなかったんですか?」
「は? い、いえ、そんな事はないですわよ」
彼女は目をそらした。
ああ、そうなんだね。
私はヒルダ先輩の手を取った。
「もう、大丈夫ですから、私からお友達を作る事を始めましょうよ」
「ななな、そ、そんな事はないですわ、わ、私はマーラー家の当主なのですから、お友達なんかいりませんわっ」
赤くなって慌てるヒルダ先輩はかわいいなあ。
頬を緩めた私を見て、ヒルダ先輩は目を柔らかくしてため息をついた。
「変な子ね、マコトさんは」
「まあまあ、お茶でも飲みましょう」
ミーシャさんがヒルダさんの前にお茶を置いた。
カロルとコリンナちゃんがしかめっ面で私を見ておる。
なんぞ。
「たらし」
「マコトはたらしだわ」
なんだよう、小声で毒吐くなよう。
新しく派閥に入った人に、当然の対応だろうがよう。
「マコトさま~」
ぬ、知らないお嬢さんが来た。
と思ったら、後ろにいるのがカリーナさんだからメリッサさんか。
「派閥のお部屋を取ったなら教えてくれないと困りますっ」
「マコト、部屋を見て良いかい、掃除の計画をしないと、お、あんた新顔だね」
「ダルシーと申します。マコト様付きのメイドです」
「マコトのメイドかい、よろしくね、あたしはカリーナさ、ハウスメイドだよ」
うむ、カリーナさん良く喋る。
そして、メリッサさんが制服だ。
「メリッサさん、制服カワイイね」
「えへへ、派閥の人、ドレスの人が少ないので制服を着てみました。なんだか気持ちが引き締まりますね」
「うんうん、その意気でいこうね。で、こちらが新しく派閥に入った、ヒルダ・マーラー先輩だよ」
「……」
メリッサさんは、ヒルダ先輩を見て引きつった。
「取って食ったりはしなくてよ、メリッサさま」
「あれ、知ってるの?」
「聖女派閥の構成員はだいたい調べましたわ。アンドレア子爵家は葡萄酒が特産で、財政は最近好調、葡萄酒の輸出が増えていますね」
「ま、まあっ」
「ポッティンジャー公爵派閥への輸出が増えた原因ですが、派閥の移転によって、アップルビー公爵領への輸出が増えそうですわね」
やるな、さすがは諜報家の上位互換、暗闘家。
情報が正確だぜ。
「よろしくお願いしますわ、ヒルダさま」
「こちらこそ、メリッサさま」
「すごい安定感だ。諜報系貴族が入るとここまで違うのか」
「ふふ、これからよ、コリンナさま」
ヒルダ先輩はお茶を飲みながら艶然と笑った。
「マコト、ダルシーは手際悪いね、家事を教え込んでいいかい?」
「わあ、カリーナさん、頼もうと思ってたのよ」
「そうかいそうかい、任せておきな、諜報メイドといえど、メイドだからね、家事もできなきゃあいけないよ」
「……はい」
ダルシーがどんよりしておるな。
がんばるのだ。
いつの間にか、ヒルダさんの諜報メイド、シャーリーさんもカリーナさんの後に付いて部屋に入っていった。
「シャーリーさんは家事の方は?」
「そこそこね、カリーナに教えて貰うと助かるわ」
諜報メイドって家事がそんなでも無い人が多いのか。
「ミーシャさんはハウスメイド?」
「あいがんメイドです、くわしくききたいですか?」
「……いや、いいです」
ユリーシャ先輩はー、お巡りさんに通報するぞっ。




