第743話 馬車の中で捕まえたテロリストと話し合う
マーラー家の馬車にその男は縛られて座っていた。
汗臭くて脂ぎっている中年の男がニヤニヤと笑っていた。
「逃げた方が良いぞ、嬢ちゃん達、あと三十分で栄光の極天号は爆発する」
「それがデパントでの、あの船の名前なの?」
「そうだ、栄光の極天号、われわれの国のシンボルだった。侵略して来たジーン皇国に停戦の条件で分捕られた、俺はずっとあの船を取り返す方法を考えてきた、だが、無理だった、だからぶっ壊すのよ、ジーン皇国の皇太子もろともな」
そうか、狙いは飛空艇の本体の方なのか。
私は馬車に乗り込んで彼の向かいに座った。
「皇太子は別の所にいるわ、あんたは学生ごと船を吹っ飛ばそうとしてるのよ」
「三十分ある、学生は逃がせ。俺はここで見ている」
「避難は進んでいるわ」
「それは良かった。学校を壊す事になってすまないと思っている。だが機会が無かったんだ。今回はあの船が魔石を使い果たして補給という絶好の機会だった。関係のない君たちを巻き込んでしまって申し訳無い」
男は私たちに頭を垂れた。
「あなたに情報を流したのはジーン皇国の諜報組織よ、この爆発はアップルトンとの開戦の口実に使われるわ」
「戦争しろよ、あのクソみたいなジーン皇国を攻め滅ぼしてくれ、俺の祖国デパントもアップルトンに付くだろうよ」
くっそ、こいつは諜報員じゃない、飛空艇愛をこじらせたオヤジだ。
爆破するのは愛の為だ。
やっかいな。
「爆弾を解除して欲しい」
「無理だ、三十分では解除出来ない。皆を避難させろ。もしくは飛空艇を空き地まで飛ばして、そこで爆発させるんだな」
「戦争はしたくないわ」
「しらん、俺は俺の人生に決着を付けるだけだ。ジーン皇国の諜報が仕立てた機会だろうと何だろうと、栄光の極天号を破壊したいだけだ」
「なんでそんなに、あの飛空艇に執着するの?」
「あの船は、俺が作ったんだ。デパントの迷宮で生きているエンジンが三発見つかって国のみんなは湧いた、小国だけれども飛空艇持ちになれるってみんなが喜んだ。国民みんなが募金して素晴らしい飛空艇が出来た。世界一快速な栄光の極天号だ。初飛行の時を良く覚えている、王様や王子が乗り込んで、国民みんなが空を見上げて喜んだ」
「そうだったの……」
そりゃあ、分捕られたら怒るよなあ。
「飛空艇の噂を聞きつけて、ジーン皇国から譲渡しろと言ってきた。国民みな怒った。いくら大国だからって横暴が過ぎると。王様が断ると奴らは大軍で攻めて来て国の半分を侵略した。沢山人が死んだよ。王は軍を引いて貰う代わりに栄光の極天号を引き渡した」
小国は悲しい。
軍事力で恫喝されたら要求をのむしか無かったのだな。
「俺はデパントを出た。何とかして栄光の極天号を取り返したいと思った。だが、それはかなわぬ夢だった。だから俺はあの船を爆破する。無かった事にする。そういう事だ」
「死ななくても良いじゃ無い、飛空艇技師なんでしょ。きっとどこかであなたを必要としている場所があるよ」
「飛空艇を爆破したら、ジーン皇国に捕まって死刑になる。ならば一緒に死ぬだけだよ。覚悟は出来てる」
ああ、このオヤジはもう死んでるんだな。
栄光の極天号がジーン皇国に引き渡された時、オヤジの魂の深い所が死んだんだ。
皆が喜んで、王様や王子さまが誇らしく思った大事なシンボルを暴力で奪っていったジーン皇国になんとか一泡吹かせたい、それだけなんだろう。
「あなたにとって栄光の極天号が大事だったように、私にとってこの学園は大事な居場所なの、壊されたら嫌よ」
「……、そうか……、それは、すまない……、謝る事しかできない」
……。
残された時間は三十分、分の悪い賭けだな。
だが、やらなくてはならない。
学園が破壊されたら再建に何年もかかる。
私の青春がつまらない物になるのは嫌だ。
「賭けをしましょう」
「賭け?」
「私は三十分、爆発を止めるためにあがく、もしも爆発が止まったら、あなたは私たちの飛空艇、蒼穹の覇者号の技師になる」
「……、あの美しい小型飛空艇か……」
「だめだったら、みんなで吹っ飛びましょう」
カロルとヒルダさんが苦笑いをしていた。
「いいですわ、領袖を信じます」
「まったく、マコトは仕方が無いわね」
カロルが肩をすくめた。
いよいよ危なくなったら、二人だけでも逃げて貰おう。
「おじさん、名前は?」
「エバンズ……、ほ、本当にやるのか、逃げろよ」
「いやよ、エバンズが栄光の極天号に執着してるように、私はこの学園に執着してるのよ、絶対に爆破なんかさせないっ」
エバンズは苦悩の表情を浮かべた。
「無理だ、起爆魔法の巻物は魔石タンクの底になるように仕込んだ、いまから掘り出しても六時間は掛かる、時間が足りない、あきらめろ」
私はカロルと顔を見あわせた。
「魔石タンクって?」
「飛空艇のエンジンに供給するために魔石を貯めておく場所よ。あの船の物はもの凄く大きいわよ」
「とりあえず、行って確かめよう」
「そうね」
「いや、無理だ、早く逃げてくれっ」
「ヒルダさん、エバンズの拘束を解いて、連れて行って手伝ってもらうわ」
「領袖、こいつが仕掛けた爆弾ですよ」
「爆弾を止めたら、エバンズは私たちの飛空艇技師になるんだから技術の先払いみたいなものよ」
やれやれと言いながらヒルダさんは拘束を解いた。
「む、無理だ、あー」
「マコト・キンボールだよ、マコトでいいよ」
「マコトさん、魔石を掘り返して起爆スクロールを取り除くには人足が五人要る、それで六時間だ、絶対に解除不可能だ」
「行ってみて、現場を見て、それで判断する。さあ、みんな行くよっ!」
あきらめたらそこで仕合終了なんだよエバンズ。
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