第733話 師匠に王都中を連れまわされる①(コリンナ視点)
Side:コリンナ
失敗した。
失敗した失敗した。
つい師匠に「いやあ、ランニングを始めたんですよう、へっへ」と言ったら。
「よし、運動靴を買ってあげよう、足回りは射手に取って大事だからね」
「いや、良いですよ、悪いですし」
「何を言うんだ、これも修行の内だ、さあ行くぞっ」
と言われて、高級靴店に連れて行かれて、なんだかお高い運動靴をああでもないこうでもないと選ばれて買われた。
三万ドランクの靴って履いたことないぞ。
すんごい柔らかな履き心地で、歩くたびにバネが入ってるかのようにはね上がる感じだ。
「こんな高い靴、普段使いできませんよっ」
「駄目だなコリンナは、それでも貴族か、貴族はお金を使って体面を整え見栄をはる、それによって下々は潤い、我々貴族は良い気分になる、なぜ解らないのだ」
「うちは法衣貴族で貧乏なので、お金を使うのに慣れてません」
「お金の事は、師匠であるこの僕に任せておきたまえよ」
そういってエーミール師匠はドヤ顔をした。
「……マコトが治療費を三百万ドランクも取り戻したから気が大きくなってませんか?」
「そ、そんな事は無いぞ、べ、別に聖女がわがままを言って報酬を受け取らないから、代わりにコリンナにお金を使っている、等という事も断じてない」
うそだ、そういう事なんだろう。
「師匠って、お金があればあるだけ使っちゃう方ですね」
「そ、そんな事は無いよ、き、貴族にとって浪費は美徳なんだ、うん」
まったく、師匠は射手としては凄腕だけど、一般の生活だと駄目人間っぽいな。
領地の財政は大丈夫なのだろうか、恩返しに行って帳簿のチェックをしたいな。
ああでも理不尽な事になってそうで怖い。
見たいけど見たく無い。
「まったく、コリンナは見た目は美しいのに性格が堅すぎる、それでは良い殿方の元にお嫁にいけないぞ」
「あれ……、師匠は私がメガネを外した所……、見ました?」
「そんなものっ、僕ほどの遊び人になれば女性の美しさは見れば解る、あごの線とかね、君の美しさが解らないのはよほどの朴念仁だけだろう」
「そう、ですか」
容姿で男の人に判断されるのが嫌だから出来るだけみっともないメガネを選んだのに意味が無かったのか。
と、言っても、これはデザインだけ踏襲したビアンカさまの特製メガネだけどね。
あと、師匠が遊び人というのは嘘だろう。
イケメンだけど、あまり遊び慣れてる感じはしないね。
新しい靴を履いて師匠と王都を歩き回る。
どうやら、師匠は敵の射手の痕跡を探しているようだ。
そのついでに、わたしに射手としての基礎的な知識を教えてくれる。
なぜその場所を選ぶのか、ターゲットはどこなのか、必殺の一撃を打つためにどれだけの布石を引いておけば良いのか。
とても解りやすくて面白い。
射手は基本的に高い所が好きのようだ。
弓矢というのは、放つと放物線を描いて落ちるのでなるべく打ち下ろすと射程も伸びるし射線もまっすぐに近くなる。
「コリンナが土属性なのが残念だ」
「射手はやっぱり風属性ですか?」
「そうだな、稀に他の属性の者もいるが大体は風属性だ。基本的に気流を感じる事ができるし、風魔法で着弾の補正、撃たれた矢の妨害なんかが出来る」
「はあ、そうですか……」
「元気を出せ、その代わりコリンナには知性がある、知識で補えば良い、狙撃が大変ならば知恵と勇気で当たる距離まで近づけば良いんだ」
「ありがとうございます」
師匠はそうは言うけど、やっぱり風属性に生まれたかったな。
土属性は錬金向きだけど、あとは建築とか設営とか、あまりパッとしない。
そうか、私は射手として大成はしないのか。
まあ良いんですけどね。
将来の狙いは大文官で、大臣ですから。
射手の修行は知識として持っていて損は無いだろう。
師匠が買ってくれた靴はとても歩きやすい。
彼は変な人だけど、そんなに悪い人じゃないな。
ほっとけない駄目なお兄ちゃん、という感じだ。
「よし、ここに上ってみよう」
「また階段ですかー」
「文句を言わない、射手は足で稼ぐ仕事だ」
まったく、やれやれだよ。
足がまたパンパンになるなあ。
師匠が選んだのは四階建ての建物だった。
屋根の所にテラスがある。
あそこが師匠の琴線にふれたようだ。
あのテラスから打ち下ろすと、大通りと対面の飲食店の一階かな?
強弓だと、飲食店の二階の個室も狙えるか。
だが、あまりマコトもディーマー皇子も来そうに無い感じのお店だな。
暗い階段を上っていく。
「王城を狙える建物は無いんですか」
「無い。矢の届く距離に三階立て以上の建物は法律で禁じられている。塔も建ててはいけないんだ。時計塔が唯一高いがあそこからは、離れていて王城は狙えない」
「よく考えられてるんですね」
「王家の天敵は暗殺者だからな。そう簡単には王族を狙えないように街の構造が作られてるんだ」
いやあ、知識があると面白いなあ。
射手の目で見ると街がぜんぜん違って見えるよ。
階段を上がりきるとテラスに出られる扉があった。
「逃げやすいが……、ありきたりだな」
「向かいの飲食店のお客さんを狙うには良い場所かもしれませんね」
「逆を言うと、路上か、飲食店しか狙えないな」
ドアを開けてテラスに出た。
「おっ」
師匠が声を上げてしゃがみ込んだ。
「痕跡がある。少なくともここで射界を検討したな」
確かに、足跡と床に傷があった。
「ここで何を狙うつもりだったのだ……?」
師匠が立ち上がりあごに手を当てて考え始めた。
建物と建物の隙間から遠く大神殿の端が見えたが、遠すぎやしないだろうか。
マコトを狙う場所なのかね?
ピーッ!
はっ?
メガネから音がして赤い三角が離れた教会の尖塔を差した。
自動に視界がズームされた。
誰かが、尖塔に逆さになって……。
弓をつがえてっ!!
「師匠っ!! あぶないっ!!」
私は師匠に体当たりをした。
ザッシュッ!!
「ぐっ!!」
師匠の頭を貫通するはずの矢が彼の肩に突き刺さった。
『はっはっは、貴様は終わりだ極大射程!』
耳元で声がした。
風の魔法。
あいつが一撃必殺のナージャなのかっ!!
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