第694話 エーミールと共にホルボス村を見て回る
階段を上がって邸宅へのドアを開くと、向こうにはリーディア団長がいた。
「お帰りなさい、聖女さま」
「ちょうど良いところに居たわね。こちらは甲蟲騎士団の団長のリーディアさん」
私はエーミールとヴィクターにリーディアさんを紹介した。
「おお、これはこれは、名にし負う甲蟲騎士団の団長というから、どんな豪傑があらわれるかなと思ったら、とてもお綺麗な方ですね。僕はエーミールです」
「私はヴィクターだ。聖女に依頼されて狙撃関係の対策に来た」
リーディアさんはうなずいた。
「そろそろ動きだしましたか」
「『城塞』が三部隊を出している、週末あたりが峠だろう」
「三部隊、なるほど」
「呪矢のキルヒナーが動いたという情報が入ったので、こちらも専門家を連れて来た」
「助かります、甲蟲騎士は陸戦部隊なので護衛に長けた者が居ないのです、よろしくご指導願います」
軍人同士はつーかーだね。
「とりあえず、打ち合わせの前に状況を確認したい、まずは邸宅からだな」
エーミールがずかずかと玄関ホールの中に入った。
「温泉は引けたかな?」
「ええ、村の人が突貫工事でやってくれました、庭園も村人総出で整備してくれましたよ」
「それはありがたいわね」
領民の心遣いが胸にしみるぜ。
せっかくだから邸宅温泉に入ってから帰るかな。
「ああ、良く出来てるな。室内は良い感じだ。外光を良く取り入れているのに、外からの射線は塞いでいる、うんうん、要人の邸宅はこうでなくては」
素人にはよくわからないのだが、射撃手に解る工夫がしてあるのであろう。
エーミールは邸宅内をずかずか歩いてチェックをしていった。
おおむね良い感じらしい。
「ああ、庭は駄目だな、これは手を入れないといけない」
二階の窓から外を見下ろしてエーミールは毒づいた。
おお、山林だった外に小洒落た庭園ができている。
短時間にすごいな。
「俺なら標的が庭に出るまで待って、外で射貫くな。まったく遠距離対策をしてない」
「そりゃ、甲蟲騎士の人と、村人の仕事だから、無理を言ってはいけないよ」
「とりあえず、塀で囲もう。ある程度の高さの塀が必要だ」
「見晴らし悪くなるよ」
「見晴らしが良いって事は狙う方としても好きな所から狙えるって事だ」
そりゃまあそうか。
「壁で囲うと外からの射撃は格段に難しくなる。矢での狙撃はなるべく高台からが良いんだが、この建物はちょっと高くなっていて、ここより高い丘は射程距離から遠く離れている。木を何本か切り倒すだけで相当安全になるな」
さすが狙撃のプロだぜ、勉強になるな。
庭が高い塀で囲われていると、長距離狙撃がやりにくくなるのか。
かといって、庭に入ると長距離兵種の利点である、逃げやすい、気付かれにくい、という長所が無くなるから短中距離兵種の甲蟲騎士団が対処しやすくなるのだな。
「さて、中は大丈夫だ、良い設計師を使っているな、すこし改造すれば要塞になるぜ」
「いやだよ、落ち着かねえ」
「死んじまったら落ち着くも何もないさ」
エーミールがドヤ顔をしおった。
「さて、村を見よう。今回は短期間だからキルヒナーはこちらには来ないだろう。攪乱班か、対甲蟲騎士装備の暗殺班だな」
「望む所ですよ」
リーディア団長はニヤリと獰猛な笑みを漏らした。
サイズ王国の恨みをホルボス山で晴らすつもりだな。
「攪乱班も、暗殺班も、まずは王都に入るだろう、足取りが掴めたら連絡しよう」
「助かります、ヴィクター殿」
我々は、リーディア団長をまじえ五人になって村の中心部に向かう。
邸宅の庭では甲蟲騎士団員と村人がせっせと働いていた。
平服でも騎士団員は姿勢が良いので解るな。
「聖女さま、こんにちは」
「どうです、綺麗になったでしょう」
お婆ちゃんがお花を植えていた。
いいねえ、綺麗ね。
「お婆ちゃん、ありがとう、お花綺麗ね」
「なんも、とんでもない、こんな事しかでけんでなあ。山の花を取って来ただよ」
「ばっさは腰が治って御領主さまに泣きたいほど感謝してるんさな」
「ほんに腰が楽になって、ありがとうございますよう」
「それはよかったね」
私が村人とほのぼのしていたらエーミールが険しい顔で庭を見ていた。
「物陰が多すぎる。あの木立は移動できるか?」
「で、できますけれども、景観的には池の端でないと、バランスが」
「なるべく幾何学的な方が悪漢を見つけやすくて良いのだ。各国の王宮の庭園が幾何学的なのはそういう意味がある」
庭仕事をしていた甲蟲騎士さんの目付きが変わった。
「ジーンがきますか」
「当然だろう、奴らの手から重要人物を奪取したのだ、報復はある」
「血が騒ぎますね。解りました、図面を起こすので改造案をいただけますか」
「頼む、奴らは短期で来る、速度が大事だ」
「了解しましたっ」
ピシリと甲蟲騎士さんはエーミールに敬礼した。
軍人と軍人は軍人語でわかり合うのだな
「聖女さま~~!! 聖女さま~~!!」
「どうしたの、村長」
「来られるのであれば知らせてくださいませ。飛空艇を見たというから飛んできましたわい」
「あはは、ごめんごめん、ちょっと荒事がありそうなんで専門家を呼んで対策をしてるところだよ」
「サイズの遺児たちでございますな。わがホルボス村が国際紛争の現場になるとは!」
「まあ、それほどの事じゃないけどね、怪しい人がいたら甲蟲騎士団の人に教えてあげてくださいね。自分たちで対処しようとか思わないこと、危ないからね」
「ははあ~、肝に命じておきますじゃっ」
村長さんは意外とお調子者な所があるからなあ。
無茶したらいかんよ。
エーミールが謎の望遠鏡みたいな物を見ていた。
「村長、あの高い木は切れるか?」
「村の森ですから、御領主さまが切れと言われるなら切りますぞ」
「この人専門家だから言うとおりにしてね」
「解りました、すぐ、村の者で切りますじゃ」
ピッと音がして、エーミールが別の木を指さした。
「あの木と、あの木も切ってくれ。狙撃手の足場になる」
「なんとっ! そういう事ですかっ」
「その望遠鏡はなに?」
「魔導測定望遠鏡だ」
そう言ってエーミールは私に渡してくれた。
のぞき込むと十字にゲージが切ってあった。
「脇のボタンを押してみろ」
ボタンを押すと、ピッと鳴って距離の数値が右上に出た。
おお、すごいな。
「狙撃するにはこれが無いとな」
「面白いなあ、買おうかな」
「特殊な物だから結構高いぞ、やめておけ」
というか、サーチの魔法で距離とれるけどね。
聖女のサーチは万能なのです。
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