第690話 今日のお昼は自然公園でパンを食べる
今日は聖女パンと卵サンドを選んだ。
ソーダも買って亜麻袋に入れてもらう。
今日の会計はお母ちゃんだな。
「お母ちゃん、今度、私の領地に遊びに来てよ」
「そうだねえ、なかなか休みとか取れなくてねえ」
「パン屋が休むと王都の民が飢えちまうからなっ、がはは」
お父ちゃんが豪快に笑った。
「なかなか良い所だよ」
「クリフにでも行って貰って話を聞こうかね」
「そうだな、誰か意中の人を誘って行きゃあ良いんだ」
ああ、そろそろクリフ兄ちゃんも、そんな年頃かあ。
貴族と庶民だと、結婚する年齢が違うんだよね。
まあ、貴族でも前世よりは早く結婚しちゃうけどね。
貴族で二十歳過ぎて結婚してないのは行き遅れで、庶民だと十八かな?
若い内に結婚して子供を作らないといけないのだ。
子孫繁栄は中世の人間の目的だからね。
「クリフ兄ちゃんにホルボス村にひよこ堂の支店を作ってもらおうかな」
「ああ、領主さまになったから出店料がいらないんだね」
「俺は王都から離れるのは嫌だな」
「ひよこ堂も歴史があるからね」
「今でも卒業生の貴族様が買いに来たりするからなっ」
隠れた名店だからなあ。
まあ、クリフ兄ちゃんが店を継ぐだろうね。
お父ちゃんとお母ちゃんに手を振って店を出た。
余所の家に貰われて行っても、私の事をまだ娘と思ってくれてるのだなあ。
というか、私も特に態度を変えていないが。
親が増えただけの事であったよ。
結婚して名字が変わったようなもんだな。
いつもの自然公園のいつもの芝生である。
昨日はアダベルと孤児達が居たが、今日は居ないな。
ここは大神殿とも近いので孤児達の活動範囲なのであるよ。
子供は芝生で暴れ回るのである。
高等生の私たちは暴れ回らないで敷布を敷いてひなたぼっこをしながらパンを食べるのである。
やあ、良い天気よね。
ぱくぱく。
うまいうまい。
「ひよこ堂のパンは美味しいわね」
「本当ですね、これは美味しい、不思議な甘さのパンですね」
ブリス先輩のお口にも合ったようで、なにより。
はー、のんびりするなあ。
ここの所、激動だったからね。
まったりしよう。
ごろごろ。
カロルの背中に頭を預けて寝転がる。
「もう、マコト、重いわ」
嫁に膝枕をしてほしいのだけれど、こっちには正座の習慣がないからなあ。
頭をもたせかけるぐらいしか出来ないのだ。
ああ、良い風が吹いてくるな。
「そういえば『城塞』にキルヒナー家の人間が入ったようですな」
「ええ、噂は聞いていましてよ」
ジェラルドとヒルダさんが話していた。
キルヒナーって誰じゃい?
「あの家の呪矢には苦しめられたと聞くね」
呪矢?
バッテン先生と、学園長と、ピッカリンの爺さまに刺さっていた、あの悪質な呪術か。
『城塞』には、そんな奴がいるのか。
狙撃系諜報員……。
エーミールみたいだな。
身を隠す所が多いホルボス村は危ないな。
一度、甲蟲騎士団と相談しないと。
狙撃対策か。
また、やっかいだなあ。
私もダルシーが居なかったら危なかったしね。
「マコト、帰るわよ」
「おっ?」
考え込んでいたら時間が経っていたようだ。
私はスカートの埃を払って立ち上がった。
学園に向けて私たちは歩き出した。
「みんなで昼食は良いですね」
「楽しいしね」
ブリス先輩の言葉に相づちを打つ。
自然公園の出口に、黒ずくめの執事が立っていた。
おお、生身のヴィクターだ。
相変わらずイケメンだなあ。
「今日はクロは操ってないの?」
「大抵は自立で動かしている。見ているのはたまにだ」
カロルが私の前に立った。
「ポッティンジャー公爵派が何の用なの?」
「聖女候補、マコト・キンボールに用がある」
「なんの用なの」
「マコトに直接話す、午後は暇なのだろう?」
「まあね、あっちの東屋でも大丈夫?」
「いいだろう」
私の後ろにダルシーが現れていた。
「んじゃ、ちょっと行ってくるよ」
「マコト、気を付けて」
「解ってるよカロル」
私の嫁は心配症だな。
派閥員と別れて、ヴィクターと二人で東屋まで歩く。
ちょっと離れてダルシーも付いてくる。
「オルブライト嬢は心配症だな」
「愛されてるからねえ」
「そのようだ」
ああ、なんというか、前世のヒカソラでは、こいつが推しだったんだよなあ。
今でも割と気になる。
うむむ。
やっぱかっこ良くて影のあるイケメンって良いじゃ無いですか。
東屋に入り座った。
「エーミールの目の治療をしてほしい」
「は?」
何言ってんだこいつ。
「ポッティンジャー領の錬金薬を使って目を治そうとしたらしいのだが、粗悪品でかえって悪くなったそうだ」
「オルブライト製を使わないからだ」
「一般ポーションは、品質が上がってるのだが、個別薬はまだまだだったようだ」
「暗殺しようって思っていた相手に治療して貰うのか?」
それは考えが甘いんじゃないか?
名医と高価な錬金薬を手配しろよ。
「対価はある」
「金とか要らないよ」
「エーミールの狙撃の才能を使い『城塞』の呪矢狙撃に対抗させる」
「あっ!!」
そうか、あいつは狙撃の専門家だから、対策とか出来るし、上手くすれば狙撃戦で討ち取れるか。
「それは……、いいね」
「だろう」
ヴィクターはニヤリと笑った。
「呪矢使いはアップルトンに来る?」
「帝都を出発したそうだ、早馬を飛ばして国境を越え、明後日には王都に入る」
おおう、動きが速いな。
「ポッティンジャー十傑衆が王家に協力して良いの? ドナルドさんの命令?」
「いや、俺の独断だ。ジーンに倒されるお前を見たく無い。将来お前を倒すのは俺だ」
ちっ、アニメのイカス敵役みたいな事をいいおって。
ちょっと格好いいではないかっ。
新たな敵の出現で、敵対している陣営が一時的に手を取るのも燃えるな。
ポッティンジャー派と言っても愛国心はあるだろうし、ジェイムズ翁が分捕った領地を戦争で取られるのも業腹なんだろうな。
「エーミールはポッティンジャー領?」
「そうだ、視力が戻らないので馬に乗れない」
「よし、エイダさん、飛空艇を自然公園に回してください」
【了解です】
さて、午後はエーミールの目を治して、奴を牛馬のように働かせよう。
うしし。
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