第687話 双子の宰相は帝国の宮殿に潜んでいる(Side:オンケン宰相)
Side:ザシュア・オンケン
はあはあはあ。
いけません、運動不足ですね。
宮殿の上り下りするだけで息が切れます。
もう若くは無いんだなあって思い知らされますね。
ジーン帝国の宰相ともなると何かと忙しいのです。
今日もこんな夜遅くまで会議をしていました。
窓から月がぽっかりと見えて綺麗ですね。
ブラウア宮殿は歴史のある優美な建物なのですが、なにせ広いのがいけません。
自分の執務室まで歩くのに一苦労ですよ。
ふうふうと言って自分の執務室に入ります。
「兄者、ご苦労さまです」
「弟よ、帰りましたか」
「ははは、大ニュースがありますぞ」
さて、何でしょうか?
ベンヤミンが大ニュースと言うのですから、それは凄い事なのでしょう。
「アップルトンでディーマー皇子が暗殺されましたか。悲しい事です。アップルトン側には警備の不始末として賠償金を請求いたしましょう。なに、文句を言うなら戦争ですよ」
「逆ですよ兄者、ディーマー皇子が甲蟲騎士団の攻撃を退けました」
「なんと!! ナーダン師は頑張りましたね。まさか返り討ちにしてしまうとは!!」
「それも違います。兄者、甲蟲騎士団がアップルトンに寝返りました」
「……なんですと」
そんな馬鹿な事があって良いわけがありません。
彼らは亡国の主筋の王子と王女の命がいらないとでも言うのでしょうか。
所詮、サイズの騎士の忠誠とはそんな物だったのですか。
すこしがっかりです。
「そして、皇弟閣下のドルガンツ城からトール王子とティルダ王女が誘拐……、いや助け出された? ですかな? とりあえず二人はアップルトンに亡命いたしましたぞ。現在、皇弟閣下の陣営は大混乱ですな」
「ぬう? いかようにしてですか? ドルガンツ城を落とさない限りトール王子とティルダ王女は助け出せないと思いますが……」
「アップルトンの三隻目の飛空艇が国境を飛び越し、塔から直接、王子と王女を救出したとの事です」
「……、弟よ、読み本の読み過ぎではないのですか? そんなべらぼうな話がありますか?」
弟は目を閉じうなずいています。
私と弟は双子なので鏡を見ているような変な感じがしますね。
ちなみに、王家の一部の人以外はわれわれが双子だとは知りません。
二人で一つの宰相なのです。
知恵も二倍ですし、行動範囲も二倍になります。
私たちは、ずっと一緒に育ってきましたので、考え方もほぼ同じです。
表の業務と裏の業務を日替わりで交代しているのです。
「聖女が絡んでいるようですな。ディーマー皇子と甲蟲騎士団の紛争の間に入り仲裁し、原因を取り除き、甲蟲騎士団を寝返らせたようです。まことに凄まじい働きですな」
「偽の聖女では無かったのですか、三代続けてアップルトンに聖女が生まれるとは出来すぎと思いましたが」
「どうも本物の聖女のようですな。なんともやっかいな事ですな」
勇者や聖女のような規格外の存在が現れるととても政治がやりにくいのです。
できれば早めに退場して頂きたいものですね。
「皇弟閣下の派閥から甲蟲騎士団を排除し、ついでにディーマー皇子に退場して貰うという計画だったのですが……、裏目にでましたね。アップルトンにあんな強力な騎士団が所属されてはかないません」
「今回は上手の手から水がもれましたな。さらに不味いのは皇弟閣下が持ち出した建国の魔剣タンキエムですが、アップルトンに奪われましたぞ」
「はああ?! 皇弟閣下は何をなされておるのですかっ!! タンキエムをアップルトンに奪われる? 奴らは領土と引き換えでないと返還しないと言い出しかねませんよっ!」
剛魔剣タンキエムはそれくらいの価値がある物なのです。
ジーン皇国の象徴ですからね。
「早急にディーマー皇子にはお亡くなりになってもらわねば、そして、トール王子とティルダ王女にも、なんとも頭が痛いですね」
「兄者、聖女をつつくと教会が出てきますぞ。下手をすれば全面戦争になりかねませぬぞ」
「この際です、皇弟閣下にやってもらいましょう。教会が怒って来たら閣下の首を差し出せばよろしい」
「ふむ、ですが、皇弟閣下の手持ちの暗闘戦力では心許ないのではないかと」
「『城塞』を動かしましょう、さすがに聖女の相手では並の者どもではいけません」
しかし、聖女ですか。
『城塞』を動かし、かつ、証拠を残さずに、ディーマー皇子、トール王子とティルダ王女、そして聖女を排除しなければなりません。
なんとも頭の痛い状況ですね。
「アップルトンとの暗闘は何十年ぶりでしょうかね。ジェームズ・ポッティンジャーが生きていた頃は何度も煮え湯をのまされた物ですが」
「なに、失敗しても矢面に立つのは皇弟閣下です。我々はいつも通り裏で糸を張り巡らせれば良いのですよ、弟よ」
「そう言えば、毒蜘蛛マーラー家も代替わりしたらしいですぞ。グスタフはつまらん男でしたが」
「惜しい男が居なくなりましたね」
これはグスタフの性格が単純なので読みやすかったという意味です。
まったく、美味しい相手が居なくなるのは惜しい事です。
「それでは、兄者、明日、『城塞』に渡りを付けてくだされ。私は表の準備をいたします。もう週末にはディーマー皇子が帰ってらっしゃいますのでそれまでになんとかしたいですな」
「勝負は短時間で決しますね。しかし、飛空艇を使った作戦だなんて、聞いた事もありません。当代の聖女はあなどれませんね」
「まだ高等生らしいですよ。聖女の任命もまだのようです」
「恐ろしい、英雄は規格外だから良くありません」
そうなのです、人は人の範疇の者たちで陰謀をはりめぐらしたり、組織を構築するべきなのです。
はっきり言えば英雄は安定した社会の邪魔なのですね。
なんとも頭が痛い事です。
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