第67話 カトレア視点:剣戟令嬢は公爵家第二公邸へ怒鳴り込む③
Side:カトレア
「みなさま、武器をおしまいください、怖くって私は泣いてしまいそうですわ」
黒い髪、黒いドレス、黒い目。
黒い中に一点深紅のコサージュ。
身震いするほどの美貌。
それが、毒蜘蛛令嬢ヒルダ・マーラーだ。
「ヒルダ・マーラー、何しに来たのっ」
「ポッティンジャー公爵家派閥を救いに来ましたわ、ビビアンさま」
「救い? 何を言っているの」
「カトレア嬢に酷いことをすると、あのお人好しの聖女候補でもポッティンジャー公爵家へ聖戦を掛けますわよ」
グレイブが憎々しげに鼻を鳴らした。
「馬鹿な、聖戦なぞ、あのパン屋の小娘に出す度胸なぞ無いわ」
「どうして、思いますの? グレイブ」
「当然だ、聖戦は先代のマリアさまでも魔王軍に一回だけ使った物だ、何発もうてる物ではない。それにこちらの派閥も枢機卿たちに鼻薬を効かせている、万事想定内だ」
「ビアンカさまは何回も聖戦を宣言しておりますが」
「それこそ、こちらの思うつぼだ、聖戦を出した事で、聖女から追い落としてくれるわ」
「それに、あのパン屋の娘は聖女じゃないわ、あの閃光も、治癒も、オルブライト家の魔法具や魔法薬のおかげに違いないわ。あいつは作られた聖女なのよっ」
ヒルダは可哀想な物を見る目でデボラを見下ろした。
「それは調査で証拠を取れているのでしょうね?」
「……してないけど、そうに決まってるわ」
「あなた、それで良く諜報系を名乗れるわねえ、感心しちゃったわ」
デボラは顔を赤らめ、ヒルダをきっと睨んだ。
「で、デボラさま、グレイブ、聖女候補が本当に光魔法を使えて、聖戦を単体で教会に要請できるほど好かれていた場合はどうしますの?」
「そ、そんな事はあり得ない、奴は偽物だっ」
「そうよ、そんな事はあり得ないわ」
「ビビアン様はどうお考えですか?」
ビビアン様は不安に満ちた視線をグレイブとデボラに送った。
「わ、わからないけど、私は部下を信頼するわっ」
ヒルダはやれやれと首を振った。
「今現在、マーラー家では確実にマコト・キンボールが光魔法を使える証拠を握ってます。切断された足をつなげ、致死性の毒も中和しました。この才能により、彼女は大神殿から絶大な信頼を受けています。ただのパン屋の娘ではありません」
「嘘よっ!!」
「うちの家のメイドと騎士が治癒を受けております」
「て、敵対派閥の構成員に治癒を掛けるのは不自然だっ」
「お人好しなんですよ、彼女は」
ビビアン様は額に脂汗を浮かべている。
「で、では現実に聖戦を掛けられる可能性があると」
「はい、危なかったですわね、ビビアン様」
「神殿の聖騎士が掛ける聖戦なぞ、我がポッティンジャー公爵家の武力なら……」
「今、表の戦力の看板を下ろしましたよね。ピッカリン家を追放して、他の戦力でどう戦うのですか? 暗闘責任者のグレイブは馬鹿、諜報担当のデボラは屑、ピッカリンは追放で、聖騎士の聖戦と戦えますか?」
ビビアン様はうつむいて、暗い顔をした。
しかし、ここまでビビアン様お付きの者の質が悪かったとは、思わなかった。
裏取りをしないで、希望的観測で動いていたとは。
「ど、どうすれば良いと思うの、ヒルダ?」
「助言をするなら、ピッカリンに頭を下げて許してもらい、馬鹿と屑は首にするんですね」
「は、配下の者に頭を下げるなんて、そんなの王者を目指すポッティンジャー公爵家の者のする事では……」
「ジェームズ翁が死んだ瞬間に王者の道は途絶えましたよ、ビビアンさま」
「何を言うのっ!! ヒルダッ!!」
ヒルダはビビアン様の激高を無視して、お兄さまのそばに座り込んだ。
「あなたはどうしたいの? 毒蜘蛛マーラー家が願いを聞いてあげるわよ」
「ど、どうして」
「妹さんのために土下座できる騎士とは仲良くなりたいわ」
「俺は……、俺は、ビビアン様を守りたいっ! 頭を下げてもらう事はないっ、俺は騎士だ、主君を守るのが使命だっ!」
「ですってよ、ビビアン様」
「マ、マイケル……。わかったわ、立ちなさい、あなたを許します」
お兄さまは立ち上がった。
「だけど、カトレアは許せないわっ」
「彼女はマーラー家で頂くわ、ポッティンジャー公爵家の危機を救ったご褒美に」
「あ、あなた、そんな勝手にっ」
「破滅から救ってあげたのよ、感謝しなさいよ、ビビアン様」
「ヒルダ、それが主家に向ける言葉かしらっ」
ヒルダ様はにっこり笑った。
「もう、マーラー家はポッティンジャー公爵家派閥を抜けるのですから」
「ばっ、な、何を言ってるのっ」
「最後のご奉公なのよ。あなたは、もう見限りました。おべっかデボラを重用して、マルゴットを有するウィルキンソン家を王国派に逃がし、馬鹿のグレイブを重用してうちを逃がすのよ、それがビビアン・ポッティンジャー公爵令嬢の限界なのよ」
「ヒルダッ!! きさまっ、口が過ぎるぞっ!!」
「黙りなさいグレイブ、殺すわよ」
真っ黒で威圧的な殺気がヒルダさまから出て、グレイブを襲った。
青くなったグレイブは後ずさった。
ヒルダさまは私に近寄り、肩に手を置いた。
香水だろうか、甘くて良い匂いがする。
「カトレア、あなたはマーラー家に仕えなさい」
「ありがたいですが、その、私は」
「あなたを手土産にわたしも聖女派閥に入るわ」
「「「なっ!!」」」
私に絡みつくようにヒルダさまはすり寄ってきた。
「人を使えない馬鹿な派閥なんか先が無いわ。早めに第一暗闘部隊を呼ぶのね。やり合うのが楽しみよ」
ああ、この人は……。
カーチスさまと同じだ。戦闘と暗闘の違いはあるのだが、強敵と戦いたい暗闘狂なのか。
「解りました、一時的にあなたに仕えます」
「馬鹿ね、一生よ、毒蜘蛛の網から、やすやすと逃げられないわよ」
ちょっとドキドキして、頬が熱くなる。
なんというか、魅力的な人だ。
私の新しい主は。




