第66話 カトレア視点:剣戟令嬢は公爵家第二公邸へ怒鳴り込む②
Side:カトレア
「では、なぜ、髑髏団という馬鹿げた集団で、聖女派閥を襲ったのですか? 仮面をかぶり、衆を頼んで襲いかかるなぞ、ポッティンジャー公爵家派閥のやることでは無いと思いますが」
ビビアン様は首をゆっくりとふった。
「これ以上、マイケルをパン屋に敗北させる訳にはいかなかったのよ、解らないかしら。でも三倍の戦力で掛かっても、カトレア、あなたのせいで失敗しましたわ。どう責任を取るつもりなのかしら」
責任? そんな物は取るつもりはない。
そんな下らない理由で、お兄さまは恥知らずなまねをさせられたのか。
「マイケル、お前の妹はとてつもない馬鹿だな。頭が悪すぎる。俺の工作を潰しておいて、偉そうに抗議とは何事だ?」
グレイブが吐き捨てるように、そう、言った。
この男は、三年生の執事に偽装して学園に潜り込んだ暗闘屋だ。
細い目をしてあばた面の醜い男だ。
「お前はなぜ聖女派閥に近づいているんだ、答えろ」
「聖女派閥には近づいていない、友達がいるだけだ」
「北部貴族の刀使いね、そんな友達に利用価値は無いわ」
友達は利用するものじゃないだろう、何を言ってるんだ、このニワトリ女は。
「まあ、良いわ、聖女派閥に近寄れたなら、不幸中の幸いね、そのまま聖女派閥に入り、隙を見てカロリーヌとパン屋を殺しなさい」
「……なぜオルブライト嬢を?」
「うるさいっ、そんな事はお前に関係はありませんわっ!」
なんだろう。
ビビアンさまは、マコトに対してよりも、カロリーヌさまの方を憎んでおられる感じがする。
なにかもやもやと不信感が胸の奥に広がる。
この人は、本当に私が尊敬していたお方なのか?
「いいわね、二人に近づいて殺しなさい。お前の腕ならばたやすい事でしょう。成功の暁にはピッカリン家を子爵に取り立ててあげてもよくってよ」
「つつしんで、お断りいたします」
「……、私の聞き違いかしら、拒否の言葉を聞いたのだけど、このわたくしの言葉に逆らうというのかしら」
「カトレア、わきまえなさいっ、お前は誰の前にいると思っているのっ」
鶏ガラ女がぎゃあぎゃあとわめく。
グレイブが顔をしかめる。
後方のお兄さまの殺気が膨れ上がる。
「お断りします、それは騎士のやる事ではありません。騎士は暗殺者ではないのです」
しん、と沈黙が執務室に落ちた。
「お前は、あの偽聖女に汚染されてしまって貴族の誇りを忘れてしまったようね」
「そうかもしれません。聖女派閥の居心地はこちらよりも良いです」
「わ、私が、パン屋の娘よりも劣ると、そう言いたいのっ」
私が黙ってうなずくとビビアン様の顔が真っ赤になった。
憤怒の表情が浮かぶ。
それだ、感情の深度が浅すぎる、すぐ逆上の底につく。
やはり、ビビアンさまは私の剣をささげるには足りないお方であったようだ。
「グレイブ!!! この女をズタズタにしなさいっ!! 人としての誇りを打ち砕き、雌豚に落として、女子寮に放り込みなさいっ!!!」
「はっ、わかりました」
グレイブが浅ましい笑いを浮かべて私の体をなめ回すように見た。
さて、私の命もここまでか。
コイシ、ごめんな、友達になったばかりで悲しませて。
私は剣の柄に手を当てる。
後方のお兄さまの殺気が膨れ上がる。
ビビアンさまには届かないだろうが、グレイブとデボラは斬り捨てたい。
お兄さまの殺気が消えて、私の横を通り過ぎ、流れるように床に伏した。
お兄さまが土下座をしていた。
「妹を許してください、おねがいです、ビビアンさま」
「な、何を言うの、こんな、こんな侮辱を……」
「おねがいします」
お兄さまは静かな声で懇願した。
誇り高いお兄さまが……。
そんな。
やめて下さい。
「マイケル卿、その馬鹿者は絶対に言ってはならない事を言ったのだ。万死に値するっ!! 懲罰の邪魔をするでないわっ!!」
「そうですわ、そうですわ、マイケル卿は表の武力の代表、ですが、なんでも願いを叶えて貰えると思ったら大間違いよっ」
グレイブとデボラがお兄さまを責める。
私は胸がつまったようになってしまって、涙が出そうだ。
お兄さま。
ビビアンさまがガラス玉みたいな目をして、お兄さまを見下ろした。
「もう、ピッカリン家の人間なんかいらないわ。マイケルは口ばっかりで、パン屋の娘に負けてばっかり、カトレアは生意気で反抗してばっかり。武家の家として最低だわ」
家を侮辱されて、お兄さまの肩が震える。
ごめんなさい、私のわがままでこんな事に……。
お兄さま。
「ピッカリン家をポッティンジャー公爵家の派閥から追放します。グレイブ、兄妹そろって豚に堕としてやりなさい」
「それが、人間に言う言葉かっ!! ビビアン・ポッティンジャーッ!!!」
自然と大喝が口から飛び出て、抜刀していた。
私は激怒した。
私は政治がわからない、だが、目の前の極悪非道をたたき斬れと、私の騎士の誇りが獅子吼するのだ。
グレイブが腰からレイピアを抜く、デボラが乗馬鞭を構える。
ビビアンさまは悠然と鉄扇で自らの顔を扇ぐ。
「あらあら、なんだか物騒な所に来てしまいましたわ~」
場にそぐわない、ほがらかな声に振り向くと、そこには毒蜘蛛令嬢ヒルダ・マーラーが艶然と笑っていた。




