第654話 王都の西は商業地区になっている
馬車は石畳の上をゴロゴロ音を立てて走るよ。
サスペンションが良いのか揺れないな。
黒塗りの高級馬車だ。
王都の商業地区というと商店街をイメージされるかもしれないが、ちがう、オフィス街だな。
アップルトンの大手商会の事務所や倉庫なんかが並んでいる地区だ。
「オルブライト商会もあるの?」
「あるわよ、お茶でも飲んでいく?」
「いや、遠慮しておくよ」
錬金薬問屋さんに行ってもなあ、邪魔になるだけだし。
サーリネン商会は大通りにあった。
そんなに大きく無いけど、薬の問屋さんだしね。
商品もかさばらないからこんなものか。
私たちは馬車を降りた。
「話を付けたら帰るので、そこらへんで待っていてくれたまえ」
「わかりました、坊ちゃん」
ジェラルド坊ちゃん。
まあ、高等一年生だから仕方があるまい。
さて、事務所のドアを開けて店内に入る。
「いらっしゃいませ、まあ、これはサーヴィス博士、今日はどんな御用でしょうか」
上品なOLみたいな店員さんが声を掛けてきた。
「私は付き添いだ、この子達が話があるそうだ、商会長はおられるかね?」
「はい、フレデリクさまは奧で商談中です、少しお待ちいただけますか?」
「待ってもかまわないが、急いで出てきた方が身のためだと思うね。こちらは学園の生徒だが、新しくホルボス山一帯の領主になった聖女マコトさまだ」
店員さんが、まあ、という感じに目を見開いた。
「失礼いたしました、御領主さま。こちらからご挨拶にお伺いしなければならない立場ですのに、ご足労いただいてありがとうございます。今、呼んで参ります」
店員さんは奧に引っ込んでいった。
「まともだ」
「良い店員を雇っているわね」
「接客の見本のようだね」
お店の中も綺麗だし、実際に地獄谷を見ていないと、アコギな事をしている商会には見えないよなあ。
たいへんちゃんとしておる。
どたばたと慌てて三十路ぐらいのメガネのおじさんが奧からやってきた。
「お、お待たせしましたっ、私が商会長のフレデリクですっ。あ、ああっ、オルブライト様ではないですかっ、ホルボス山一帯を下賜されたのですかっ?」
あれだ、見るからに善人という感じのインテリおじさんだな。
「いえ、私は付き添いですよ。領主はこのマコト・キンボール聖女候補様です」
「これはこれはっ、気がつきませんでっ、まだ領主交代の公式公布がされていなかったようで、まことに申し訳ありません」
揉み手をしかねないぐらい腰が低いな。
ホルボス山領の下賜は急に決まった事だし、正式な公報は来月だろうね。
ダルシーが右後ろに現れた。
「マコトさま、裏口からヤクザが逃げます」
「なるほど……、殴って引きずってきなさい」
「はいっ!」
ダルシーは嬉しそうに返事をすると、ダダッとフレデリクさんの横を駆け抜けて奧に走っていった。
「な、なにを……」
ドタンバタンと音がして、ダルシーが太ったヤクザを連行してきた。
「か、勘弁してくれえ、俺が何をしたってんだっ」
「あなたはエドモン組の残党ですか?」
「げ、げえっ、聖女っ!!」
「答えろ、もっと怖い奴をけしかけんぞっ」
「ひ、ひいい、リンダ師はやめて下さいっ、殺されますっ」
「薬問屋で何をしてたの?」
「そ、それは、その……」
フレデリクさんは想定外の事態に冷や汗をかいているようだ。
「ゴンザレスの奴が山から戻って来て領主が新しくついてヤベエって知らせに」
ゴンザレスは仕事が遅いな。
一晩経ってるぞ。
「マジかよ、聖女さんだとは知らなかったんだよっ、また組をつぶされるよう」
「うるせえ、泣き言を言うぐらいなら足を洗ってカタギになれ」
ヤクザはオイオイ泣き始めた。
まったく、みっともねえ。
店内に嫌な空気が流れた。
「さて、すこしお話をしよう、フレデリク商会長。嫌とはいうまいね?」
「わ、わかりました」
私たちはシックな応接室に通された。
「さて、私は週末に王様に下賜していただいた領地を視察に参りました。ホルボス村だけだと思ったのですが、硫黄鉱山も領内なので会社が経営してるのかなと思っていたのですよ」
「はい……」
「彼の地は地獄谷と呼ばれてなんか酷い労働を身分の無い浮浪民がさせられていると聞き、行ってみたのです」
「はい……」
「そこにあったのは地獄みたいな場所でした。フレデリク商会長、あなた知ってたのですね」
「……、せ、先代がエドモン組長と一緒に仕掛けを作りまして……。わ、私は行った事もありません」
へえ、長年ヤクザからのキックバックだけありがたく頂いていたわけですか。
そうですか。
「知らないではすまないだろう。きちんとした商会がヤクザと組んで不当な利益を得ていたとは嘆かわしい事だ」
「か、返す言葉もございません……」
これはアレだな、既得権益としてありがたく商会の利益にして、実体は見てもいないし、考えてもいなかった、という物だな。
悪人という訳じゃないんだろうなあ。
馬鹿でもないのだ。
ただ、ずっとあたりまえの事としてあって、目の前に突きつけられて「ああ、どうしよう」だろうな。
まったく、悪党の方がぶっとばせるだけ簡単で良いんだが。
「カロル、ガス用の魔導ゴーグルと魔導マスクはオルブライト商会で扱ってる?」
「あ、あるはずだけど、どうして?」
よし、これはアレだ。
「じゃあ、みんなで硫黄掘りに行こう」
「「「「は?」」」」
みな、一斉にお前は何を言ってるんだ。
という顔をした。
「フレデリクさんは地獄谷を見た事無いし、扱ってる硫黄がどうやって掘られていたかも知らない。そんな人を糾弾してお金を巻き上げても、なんだかさっぱりしないよ」
「それはそうね」
「なので、みんなで硫黄を掘りに行こう。大丈夫、具合が悪くなっても私が治すし」
「マコトもやるの?」
「領主は領地で起こってる事を体験しないといけないのだ」
みんな腕を組んで唸った。
「地獄谷の人の環境を改善するっても、なんだか上からこうしろああしろと言うのもなんだしさ」
「わかったわ、私もつきあうわ」
「私は、前に一回やったことがある、しんどいぞ」
さすがは錬金学者は実地をやるのだなあ。
「やれやれ、マコトは突飛だなあ。オッケー、このさいだ付き合う」
「代官も領地の事を知らねばなりませんな、私も連れて行ってください」
コリンナちゃんも、ブリス先輩も来てくれるか。
なにより。
「仕方が無い、私だけ行かない訳にもいくまい。連れて行ってくれ」
「ジェラルドも行くの?」
「実際に体験して、それから糾弾の方がたしかにすっきりする。何も解っていない者を責めても意味がないしな」
「ど、どうして、みなさんがそんな事までしてくれるのですか?」
「実際に目で見て、体験して、それからフレデリクさんが地獄谷の改善点を見つけて、長年の不正な儲けをオマケを付けて吐き出せ、ってえ事です」
別に親切じゃあ無いぞ。
「あんたも来なさいよっ」
「えー、俺もですかあ、やだなあ、やだなあ」
ヤクザ者が泣き言をたれた。
うるせえや、ゴンザレスと食堂のババアも連れて来い。
よろしかったら、ブックマークとか、感想とか、レビューとかをいただけたら嬉しいです。
また、下の[☆☆☆☆☆]で評価していただくと励みになります。




