表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

66/1512

第65話 カトレア視点:剣戟令嬢は公爵家第二公邸へ怒鳴り込む①

Side:カトレア


 私、カトレア・ピッカリンは政治が解らぬ。


 私は、一生涯を剣を振る事だけの存在になる事を目標にしてきた。

 だから、化かし合いや、卑劣なまねを普通に行う政治は解らぬ。

 難しい事は主君に任せる、それが騎士というものだ。


 私は騎士だ、まだ学生で叙勲は受けていないが、騎士は地位では無い、生き方なのだ。


 頭が熱を持ち、熱い。

 我が剣を捧げた、ビビアンさまが卑劣なまねをしたという疑惑が熱となり、私の頭をうずかせる。

 主君に疑惑をぶつけに行く。


 これは不忠ではないのか?

 私はマコトに籠絡されて、間違った判断をしているのではないか?

 カーチスさまのお近くに居たいための、肉欲から来る邪念ではないのか?


 混乱しているのだろう。

 ああ、なぜ世界は私が剣を振るだけの存在である事を許してくれないのか。

 

 王都の大通りを歩いて行く。

 夕刻の街は、人が沢山歩いて行く。

 そのどれもが、私には何の感心も無い、無縁の人たちで、熱を持つ私はとても孤独だ。


 派閥の仲間を不愉快だからといって、池に落とすのは間違っている。

 敵対派閥が邪魔だからといって、仮面をかぶって三倍の戦力で襲うのは間違っている。

 髑髏マンが、真に兄様であったなら、私は愛すべきかの人を切り捨てよう。

 そして、やさしい兄様にそんな事をさせる政治を憎もう。


 政治が間違った事をやらせるなら、私に政治はいらない。

 主君が間違っているなら断罪覚悟でたしなめるのが正しい騎士だ。


 私はそう、思うのだ。


 ポッティンジャー公爵家第二公邸が見えてきた。

 ビビアン様はここで生活をして、学園には馬車で通われている。

 魔法学園は全寮制なのだが、病弱という建前で特例を認めてもらったと聞く。


 門に居る歩哨に来意を告げ、待った。


「カトレア」

「お兄さま……」


 お兄さまの片手には包帯が巻かれていた。

 私の付けた傷の場所に包帯が巻かれていた。

 殺気が漏れ出す。

 お兄さまは腰の剣に手を添えた。


 いや、まだだ、ビビアンさまに問いただしてからにしよう。


「カトレア、お前は一本気すぎる。それでは……」

「誇りを持てない騎士は、死んだも同然だと思います、お兄さま」

「そうではない、そうではないんだ、カトレア」


 お兄さまは悲しそうな顔で首を振った。

 怒りが静かにお腹の底に沈殿していった。


 お兄さまと一緒に第二公邸の中に入る。


「ビビアン様は?」

「いらっしゃるが、その、何をするつもりか?」

「これまでの事を問いただします」

「……納得出来ないときは?」

「抜刀も辞さない覚悟です」


 お兄さまが傷ついたような顔で、私を見た。


「俺に、俺に妹を斬らせるような事をするのか、おまえは」

「私が騎士で居られないなら、お兄さまに斬られるのも、問題はありません」

「カトレア……」


 お兄さまが顔をしかめる。

 ああ、その表情は私が悪いことをしたり、間違った事をしたとき、叱るときの表情だ。

 お兄さまは、お優しいから、誰にも強い事を言いたく無いのだ。

 心が痛んでいるのだ。

 私はそんなお兄さまが大好きだった。


 だが、騎士は、愛よりも誇りを望む愚鈍な生き物だ。

 愛では引けない。


 第二公邸の内部は豪奢な調度が揃えられて、特別な場所である事を誇示していた。

 カツンカツンと、お兄さまと私の靴音が廊下に響く。


 階段を上がっていく。

 ビビアン様は三階の執務室におられるのだろう。


「今なら引き返せる、馬鹿な事はやめるのだ、カトレア」

「馬鹿は騎士への褒め言葉と、お爺さまに教えてもらいました」

「カトレア、お前を失ったら、俺は……、俺は……」

「不出来な妹でごめんなさい、お兄さま、私もお兄さまを愛しておりました」

「……今は」

「大いに呆れております」


 お兄さまは胸を押さえてうつむいた。

 ああ、愛するお兄さまをこんなにしてしまう政治、私は政治を憎む。


 メイドが重厚な黒い両開きのドアを開けた。

 部屋の奥にビビアン様がいらっしゃる。

 赤。

 燃えるような赤で統一されたその姿は気品にあふれて美しい。


 ビビアン様の隣には、鶏ガラ女のデボラ・ワイエスと暗闘担当のグレイブが居た。


「なにかしら、カトレア、あなたを呼んだ覚えがないのだけれど」

「ビビアンさま、ご尊顔を拝したてまつり、恐悦至極にございます」

「挨拶は良いわ、用件を言いなさいっ」


 私は室内に入り、一礼した。

 お兄さまは私の斜め後ろ、とっさに剣を抜いて、腎臓に一撃を入れられる距離だ。


「恐れながら、いくつかの疑念についてお答えいただきたく」

「なにかしら、ピッカリン家は武家、機密などは教えられない事もあってよ」


 威厳のある貴婦人然とした受け答えだ。

 以前の私だったら、直答を頂き、嬉しくて舞い上がっていたことだろう。

 今はなぜか、心の底が静かに冷えている。


「メリッサ・アンドレア子爵令嬢を池に突き落としたというのは本当ですか」

「……それをお前に教える必要性を感じないわ」

「非回答、でよろしゅうございますか?」

「……あの子がパン屋の娘と和解しろとか馬鹿な事を言う物だから、お仕置きをしなさいとデボラに命じたわ。子爵令嬢の分際で僭越ではなくって」

「さようでございますね、ビビアン様。そして私が、偽聖女を貶めるために池に落としたの、おかしかったわ、メリッサ嬢は池の鯉みたいになってて」

「死ぬかもしれないとは、思わなかったのですか?」


 デボラ嬢は不思議そうな顔でこちらを見た。


「死ぬ? 池でですわよ? そんなわけ無いじゃありませんか」


 ああ、そうか、やっぱりマコトの言うとおり、こいつは事態を正確に捉えて無かったんだ。

 愚劣、だな。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] カトレアさんあまりにまっすぐで怖すぎる……
[良い点] カトレアさん、脳筋の所が有りますけど、こんな純粋て善良ですね! お兄さまは優しいのか!?入学日の態度には全然見えなかった。。。 それでも妹さんには少し大切していたように見えますけど。 しか…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ