第637話 社会の下層に住む人について考える
地獄谷集落はそんなに広くは無い、学校の校庭ぐらいの大きさの場所に高い塀で囲ってあって、掘っ立て小屋が十五軒ほど建っている。
住民は男ばっかりで、女性は食堂のおばさんだけらしい。
「おやおや、綺麗なお嬢さんや立派な旦那方がこんな所にきなすって、どうした風の吹き回しですかね」
そういうと卑しげな表情を浮かべておばさんはへへへと笑った。
「領主の挨拶よ。おばさんは商会の人?」
「商会に雇われてるねえ。でも私は外に出れるし、意外に沢山お金を貰っているよ。ほら、これ良いでしょ」
そういうとおばさんは指につけた下品な指輪を見せてきた。
安ピカ物だなあ、と、思ったが言わないでおいた。
「おばさんは働いてる人が酷い目にあって心は痛まないの?」
おばさんはにっこり笑った。
「考えた事も無いねえ。自分の事じゃないからね。馬鹿みたいな値段の食堂で金をむしられたり、イカサマ博打で巻き上げられたり、最低の売女が馬車で来て入れあげたり、可哀想な人たちだけど、その人達がいないと自分はいい目が見れないからね。難しい事は偉いさんが考える事で、私は言われた事をやるだけさ」
ああ、おばさんはスラムの生まれの人だな、と、解った。
キルギスもそうなんだけど、スラムなんかでは生きるのが大変なんで、人の事は気にしない人が多いんだよね。
なんとなくヒリヒリした感じの雰囲気をまとっている事が多い。
「私は商会にねじ込んで、こんな事はやめさせるつもりよ。その時はおばさんもいい目が見れなくなるけど、大丈夫なの?」
「あはは、そうだね、ここはボロい商売だったけど、しかたがないんだよ。こういうボロい商売は、ときどき世の中の上等な善人様が来てやめさせられてしまうのさ。でも、私たちは恨んだりはしないんだよ、なにしろ自分で考えた事じゃないからね、また、いい目が見られる場所を探してどこかに行くだけさ」
そうやって下層の人は漂泊していくのだな。
良い悪いじゃないんだな、そういう生き方の人達なんだ。
私はおばさんに挨拶をして、そこを離れた。
さすがにー、下層の人の意識を改革して小市民に変えることは聖女さまにもできないぞ。
そういうのは、地道な教育と、静かな慈善活動で、ほんの少しずつ動かしていくものだ。
といっても前世でもスラムみたいな地域はあったし、そこに住む人達の考えもヒリヒリしていただろうな。
すこしずつでも下層を小さくしていくしか無いのだろうなあ。
社会にチートは効かないのだな。
「さすがに学園では接する事が出来ない人達ばかりなので、勉強になります」
「私はスラムに炊き出しに行ってるから良く見てるよ。いろいろとどんよりとした感じの事態が多いですよ」
ブリス先輩も伯爵令息だから、下層民と接した事はあまりないだろうな。
一皮剥けば人は同じだというけど、その一皮がね、大変な差なのよね。
とりあえず、集落の人全員にオプチカルアナライズを掛けて病気を治療してあげた。
さすがにヤバイぐらい知能が劣る人はいなかったが、どの人もわりと普通よりは頭が悪い感じだね。
本当に中世は社会福祉がなってないというか、まあ、社会全体が貧しいから手が回らないんだろうね。
だからといって人を踏みつけにして儲けるのはゆるせん。
「マコト、結局ここはどうするつもりなの?」
「どうするって、領地内だから集落として整備するよ。アコギ商会の金で」
「うん、それが良いね、さすがにこれは薬品を利用している身としては悲しい。硫黄を見るたびにここを思い出しそうだよ」
「サーヴィス先生も力を貸してくれますか?」
「良いだろう、錬金術界の問題でもあるしね。探るとヤバイ事をしている商会は多そうだ」
法律がどうこうとゴンザレスが言っていたが、法整備がなってない上に、悪法を悪用する悪い弁護士みたいな奴がいるのであろう。
どこの世界でもゲス野郎はいるもんだなあ。
「ここをちゃんとした集落にしますから、おじさんは村人になりますね」
「え、あ、えへへ、おれは生まれてこのかたどこかの住民になったことがねえです。うれしいなあ」
「ここから出て自由に外に行っていいのか? 稼いだお金は使い放題かい?」
「そうだけど、あんまり使い果たしては駄目よ、貯金したり、いろいろ覚えないとね」
「貯金なんかしたことねえ」
「ぎ、銀行もねえな」
「とりあえず、硫黄採掘労働者として、働きたい人は続けるし、嫌な人は別の仕事を探してね。働かなかったら食べていけないのは一緒よ」
「あー、体が楽になりました。ありがとうね、聖女さま」
「ヘイスさんも若返るし、俺も若返ったかな」
「ははは、ずいぶん見違えたぞい」
カロルが集落のおっちゃんに微笑んだ。
「硫黄採掘をする時は、魔導マスクと魔導ゴーグルを付けてください。硫黄の蒸気は毒なので気を付けて」
「そんな高級な事をしたことねえなあ。なるべく硫黄湯気にあたらないようにして運ぶんだよ」
「商会をとっちめて待遇を改善しますから、それまでは作業はお休みしていてください」
「何から何までありがとうございます。それで、言いにくいんですが」
「ん、なに?」
酒はもってきてないぞ。
「死んだ奴は適当に埋めたんで、時々オバケがでますんで、弔ってくださらんか」
「オバケ出るんだ。解った。お弔いして空に送るから、案内して」
「へい、こっちです」
この世界、アンデットがいるので、死んで適当にしとくといけないんだよね。
ゴースト自体は結構出るのだ。
「お、オバケ退治か、私もいくーっ」
「よし、アダベルもついてこいっ」
「にゃーん」
俺も行くぞとクロがイケボで鳴いた。
よろしかったら、ブックマークとか、感想とか、レビューとかをいただけたら嬉しいです。
また、下の[☆☆☆☆☆]で評価していただくと励みになります。




