第618話 温泉女神像の前で田舎の医療事情に驚く
邸宅からホルボス村まではすぐそこであるよ。
なんか広場にかがり火が焚かれて時ならぬお祭りな雰囲気だね。
「おお、聖女さまだ」
「こんばんは、今、村人総出でご馳走を作ってますから」
「今日は聖女さまが御領主さまに就任なさっためでたい記念日ですからな。来年もお祝いいたしますぞ」
「あ、あんまり無理しないでくださいね」
「ええもちろん、でも、王子様や宰相閣下の息子さんも来ていらっしゃるし、皆、はりきってしまってまさあね」
寒村に王族や皇族、聖女候補まで来たので村人のテンションが上がってしまったか。
農村の生活は地味だからたまにはいいかもね。
「村の大工さんはいらっしゃる?」
「村の大工といったら、アナトルだなあ、アナトル~~」
「おお、なんだい、あ、これは聖女さま」
「大工が必要なんだってさ、邸宅の修繕ですかい?」
「いえ、お風呂に温泉が引けるらしいのだけど、大工さんに頼んだらいいのかしら」
村人たちは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。
「あ~~~、そうかそうか、温泉女神の管がぶっといと思ったら」
「なるほどなるほど、方角的にそうだよなあ」
「わははは、そうなのか~~」
「ええ、なんですか?」
アナトルおじさんが笑った。
「いえね、女神像の下から温泉がでて、足湯になる所があるんですよ。なんであんな太い管を使ってると思ったら邸宅に引く為の奴なんですな」
「あ、途中まで来てるの?」
「論より証拠です、こっちですよ」
アナトルおじさんが案内してくれたのは、広場からちょっと森に入った所だった。
もう石もすり減って女神像なのか磨崖仏なのか解らない像の根元から温泉がこんこんと湧き出して足湯の浴槽に注ぎ込まれていた。
「ふわー、足湯だ」
「農作業の後に足を洗ったりしてる場所なんですけどね、ここから邸宅に伸ばせばすぐですよ。来週までにつないでおきまさあね」
「ありがとう、料金はブリス先輩に請求書を出してね」
アナトルおじさんは顔の前で手をふった。
「御領主さまの仕事なんだからお金はいただけませんて」
「そういうわけにはいかないわ」
「そうですかい? それでは導管代だけ請求いたしますな。設置は村のみんなが手伝ってくれるでしょう」
「まだ就任したばかりなのに、そんなに気を使ってもらうと心ぐるしいわ」
「そのかわりと言っちゃなんですが、その、お願いがあるんですよ」
「なんですか?」
「村の年寄りで病気の者とかがいまして……、恐れ多いのですが聖女さまのお手で治して頂けたらと。もちろん治療費は払いますよ」
「あ、いいわよ、私の領民なんだから具合が悪かったり怪我をしたりしてる人は治してあげるわよ」
「ほんとですかっ!! そんな悪いですよっ」
「いいっていいって、みんなが元気になって楽しく暮らしてくれるのが領主としての喜びよ」
「聖女さま……、ありがとうございます……」
いや、ひざまずいて泣くなアナトルおじさんよ。
「助祭のサマンサさんは治癒できないの?」
「ああ、あの方はその、良い人なんですが、風属性なんで」
風属性と火属性は治癒系の魔法が無いんだよな。
各地の教会というのは病院も兼ねてるのだけど、寒村だからねえ。
「病気になったり怪我を負ったりしたときはどうしてたの?」
「アチソン村の助祭さんが水属性なので簡単な怪我や病気はそこで、あまりに酷い時は王都の大神殿まで行ってましたね」
「たいへんね」
「村に常備の治療薬とかは?」
カロルが聞いた。
「村の宿屋でポーションは売ってますんで、そいつを」
なかなかホルボス村の公共福祉は良くないようだなあ。
常駐の治療神官は欲しいよねえ。
でも治癒魔法が得意な神官さんは引っ張りだこなので、大きな街に行く事が多いんだよね。
難しい問題だなあ。
「ポーション、ハイポーションはオルブライトの流通に入れるわ」
「そ、そりゃありがたいですが、どうしてオルブライト社の流通に手配できるんですかい?」
「私がカロリーヌ・オルブライトだからよ」
村人さん達が一斉に頭を下げた。
「錬金薬の本場のオルブライトのお嬢様とはっ」
「ありがてえありがてえ、村に流通してんのはどこ製かも解らないうっすいポーションなんで、助かりまさあね」
「狩りに行く時とか持っていくんですが、まあ、あてにならん薬で」
コリンナちゃんが渋い顔をした。
「田舎は大変だなあ」
「流通や人口の関係でなかなか都市と同じようにはいかんのだ。なるべく是正したいものだが」
ジェラルドがコリンナちゃんの言葉に答えた。
「王都に近いホルボス村でこうですから、もっと山奥だともっと大変でしょうね」
「医療の事は神殿に頼り切りだからな。国としてなんとかしたい物だね」
まったくだね。
「聖女さまはあの邸宅にお住まいになるので?」
「いえ、学園があるから、たまに来る感じですよ。ブリス先輩は代官として週末に来てくれるそうです」
「そうですか、そりゃあ助かります」
「病人で今すぐ手当しないと危ない人はいますか?」
「いえ、危篤の者は今はいませんな。寝たきりのばあさんとか、眼病の爺さんとかはおりますが」
「では、明日のお昼に教会に怪我人病人を集めてください、ご挨拶がわりにみんな治すわ」
「本当にありがたい事です。聖女さま」
アナトルさんを筆頭に村人たちは深く深く頭をたれた。
そ、そんなに無茶苦茶感謝せんでもええんやで。
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