第61回 男爵家に徒歩で行く
一通り大神殿での用事を済ませると、もう夕方だった。
リンダさんと一緒に地下から地上へ上がってくると、西の空は真っ赤だ。
夕暮れは気持ちがしっとりするね。
ダルシーがいつの間にか横を歩いていた。
「聖女さま、イルダさまからメニューを頂いてきました」
「ありがとう、ダルシー。リンダさん、ダルシーを女子寮に置きたいのだけれど、手配をお願いしてもいいかな?」
「もちろんです。ダルシー、ハナを連れて学園に行き、女子寮の部屋の空きを調べて手続きを取れ」
「了解しました、リンダ隊長」
ダルシーはきびすを返して、地下への階段を降りていく。
情報分析官のハナさんと一緒なら、事務手続きは楽勝だろう。
大神殿の諜報メイド組織と繋がったのは大きいかもしれない。
「大神殿の諜報メイド部隊はリンダさんの統括なの?」
「いえ、聖騎士団全体の作戦に必要なので、騎士団長が統括していますよ」
リンダさんは部隊長だから、もっと上が統括しているのか。
諜報組織だもんなあ。
彼女が隊長を務める第三聖騎士団はバリバリの実働部隊だ。
教会に関わる全国のトラブルを武力で解決するため、あちこちに出張している。
本来なら、私の護衛とお世話は、大神殿常駐の第一聖騎士団の方が適しているのだが、リンダさんが絶対に私がやる、どうしてもやる、駄目だったら教会を辞めると、大騒ぎしたので、めでたく私付きの護衛となった。
本来は遊撃に使うべき人材で、護衛にはもったいないんだけどねえ。
リンダさんの聖女愛がくっそ重いぜ。
大階段を降りて、王都大通りに出た。
「それでは、リンダさん、ごきげんよう、今日は助かりました」
リンダさんにお別れの挨拶をすると、彼女はニコニコ笑っている。
「キンボール男爵家までお送りいたしますよ」
「いらねーよっ」
リンダさんがいたら気詰まりで、屋台で買い食いとか出来ないじゃんかよ。
「聖女さまが、一人でぷらぷら歩くものじゃあないですよ」
「えー」
「これからはダルシーが影で護衛しますので、一安心ですが」
「げー、始終ダルシーが、私にくっついてくるの?」
「そのための諜報メイドです」
リンダさんはにっこり笑った。
ああ、聖女候補には一人になる権利もないのかー。
リンダさんと一緒に、王都のメインストリートをぶらぶら歩く。
夕方の買い物の奥さん、仕事帰りの文官さん、学校帰りの子供たち。
沢山の人たちの中に入って一路キンボール男爵家に向かって歩く。
「ダルシーに何があったのか、聞かないのですね」
「んー、まあそのうち自分で話してくれるでしょう。アンヌさんが褒めるほどの手練れが、あれだけやさぐれるのだから、相当な事なんでしょうが、無理に聞いてもね」
「聖女様は賢明でいらっしゃる」
今のところ体術あれば、使いっ走りに出来るから問題無いね。
私が諜報メイドの使い方を覚える方が先だ。
悩んでいる事があるなら、そのうち話してくれるでしょう。
しかし、アンヌさん、マルゴットさん、シャーリーさん、ダルシーと、諜報メイドの知り合いがずいぶん増えたのだが、一番強いのは、なんかマルゴットさんのような気がするのはなぜだ。
一番年上だからだろうか。
「諜報メイドを使うにあたって、注意するところとか無い?」
「そうですね、使う方は別にありません、基本的に気配を消して主人に付きそう形になりますので、必要があれば呼ぶと出てきますよ」
なんだよ、そのお庭番感覚は、私は上様にジョブチェンジしたのかよ。
アンヌさんが気配を消しているのも、その風習だからなのね。
「誰かを暗殺させようという時は、先に情報収集をちゃんとしてくださいね。技量を超える相手に仕掛けさせると、メイドが返り討ちに遭います。諜報メイドを育てる時間と資金を考えて暗殺を頼んでください」
「しないよっ、暗殺とかっ!」
「どうしてもというときは、あたしの第三聖騎士団を動かしてください、ポッティンジャー公爵家の第二公邸ぐらいなら、落とせます」
「しないって、なんでそうやって全部暴力で解決しようとするのかなっ」
「聖女さま、暴力はとてもわかりやすい解決法なので、権力を持つとみんな多用してしまうのです」
そうなんだよなあ、暴力は行使するのが楽しいし、完全に勝ったと解るし、全能感あふれるので勝利者はみんな使うんだよねえ。
とにかく革命とかクーデターとかの後は、さっさと治安を回復しなければいけないので、目障りな奴を全部粛正するのだ。
やだやだ。
まあ、話し合いで解決なんてものは、もともと解決しやすい問題でしか起こらないことで、なにか複雑で政治的な事件があれば、普通は暴力の嵐なわけさ。
新興のポッティンジャー公爵家におかれましては、先代の英雄ジェームズ翁は暴力行使の効果と影響が解っていたのだろうけど、二代目のドナルドさんとビビアン嬢は生まれた時から、わがままを暴力でかなえてきたので、癖になってるんじゃないかな。
ちゃんと人心を掌握できてない者が暴力だけ吐出させると、当然のごとく足をすくわれるわけだしね。
私も、聖女だからチート権力で暴力使い放題なので気を付けないと。
ビアンカ様になるのは勘弁だよなあ。
リンダさんに頼るのは極力避けようではないか。
などと考えていたら、キンボール男爵邸の前であった。
家令さんが私を見つけて、にっこりほほえんでくれた。
「おかえりなさいませ、マコトお嬢様」




