第59話 大神殿で孤児達と遊び呆けるのだ
大神殿についたのである。
大階段を上る私を、めざとく孤児たちが見つけ、歓声を上げてかけよってくる。
「うわあい、マコねえちゃんっ!」
「お姉ちゃんっ、ひさしぶりっ!!」
「うわー、マコトおねえちゃーんっ!!」
「みんなー、元気にしてたー?」
五人の孤児院の子供達がアメリカ大陸の有袋類オポッサムの子のように私の体にたかってくる。
身体強化の魔法を足腰に掛けて、大階段をよっこらしょと昇っていく。
子供達は私の背中の上で、きゃっきゃと喜ぶ。
「マコねえちゃんが来ないから暇で暇で-」
「土日はいるんだよねっ」
「悪いー、今日だけー」
「えー、つまんないつまんないっ!」
「もっともっといてようっ」
「ごめんよう、学校だから仕方が無い、君らも十三になって中等学校に行けばわかるよー」
子供の体温は高いので、くっつかれると汗がでるなあ。
大階段のてっぺんに着いたので、子供らを下におとす。
「はい、後でね、教皇様にご挨拶に行ってくるから」
「わかったー、孤児院にいるよー」
「最近孤児院のご飯おいしいよー」
「イルダって人が入ったからだってー」
ああ、イルダさんは孤児院の食事を作ってくれているのか。
それはありがたい。
子供達と別れて、中央回廊を歩く。
回廊の両側には歴代の聖人さまの像が並んでいる。
途中一カ所だけ空きがあって、何かと思ったら昔はビアンカ様の像があったそうだ。
マリアさまの像はその隣に今もある、なんだか純朴で優しそうなお姿であるよ。
気がつくと隣にリンダさんが並んで歩いていた。
「リンダさん、こんにちは」
「こんにちは聖女さま、ご機嫌はいかがですか」
「まあまあね、諜報メイドの方は?」
「三人ほど選んでおきました、面接はどうしますか?」
どうしようかな。
「孤児院で子供と遊んでから、面接しましょう」
「聖女さまの御心のままに。晩餐はどうしますか、イルダさんが来たおかげで食堂のご飯がすごくおいしくなってますよ」
「イルダさんのお料理は魅力だけど、男爵家で取りますよ。ごめんね」
「わかりました、残念ですが、養家も大事ですね」
回廊の突き当たりには女神さまの神々しい像が立っている。
リンダさんと一緒にひざまずいてお祈りを捧げる。
女神様、私は魔法学園に入学しましたよ。
真琴の魂をこちらの世界に持ってきてまで、あなた様が何をしたいのか解りませんが、がんばりますから、ご加護をお授けくださいましね。
私が立ち上がると、リンダさんも立ち上がり、教皇さまのお部屋に先導してくれる。
重厚な扉をノックすると、彼女は声をかけた。
「教皇様、聖女さまがおいでになりました」
「入ってくれ」
リンダさんの開けたドアに入る。
教皇様がにこやかに笑って椅子から立ち上がり、がっしりと握手をしてきた。
「マコト、昨日ぶりだねえ」
「毎日歓迎するのはやめてください、教皇様」
「いやいや、毎日でも歓迎するよ。君は大神殿のシンボルだからね」
まったく、教皇様は私に甘々であるよ。
あんまり溺愛すると、増長しちゃうぞ。
「教皇様にお伝えしたい事がありまして」
「なんだい、マコト言ってごらん」
「見て貰うのが早いと思います、こちらをごらんください」
私はポケットからガラス瓶に入れた貯蔵焼けの押し麦を出した。
「ふむ、これは、悪くなった押し麦だね、これが何か?」
教皇様がもったガラス瓶に指を押し当てる。
『ヒール』
青白い光が押し麦を包んで、貯蔵焼けの茶色い色が抜けて、薄黄色の押し麦へと変わった。
「おおっ! まさか、穀物を治療したのかいっ?」
「はい、かなりの量を処理できますよ」
「さすがは聖女さまですね、ビアンカ様の伝承にある、サイロの病んだ穀物を一夜にして良い物にしたという秘術でしょうか」
「たぶんそうだと思うわよ、リンダさん」
「うむーーーむ」
教皇様は押し麦のガラス瓶を睨みつけてうなった。
「廃棄される穀物を大量に入手できれば、炊き出し用の食材を安価に調達できます」
「そうだね、すばらしい、この事は公表してないだろうね」
「学園の女子寮食堂の厨房で思いつきましたので、ある程度は知られたかと思いますね」
「国に知られるとまずいね、軍の補給などでもの凄く有効だ、というより、廃棄される穀物が減る、ということは、食糧を増産したに等しい。へたをすれば、一生穀物を治療する道具となりかねんね」
「聖女さまにそんな馬鹿げた役目を押しつけるような奴は、国王でも斬ってやりますよっ」
国王を斬るとか言っちゃだめだろう、リンダさん。
「当面は教会の秘密としておこう。炊き出し用の食糧には使わせてもらうよ。あとはいつか飢饉などが起こった時に人命を助ける時に使おう」
「それが良いと、私も思います」
いろいろと雑談を交わして教皇様のお部屋から退出する。
お忙しい方なのに、時間を作ってくれて嬉しい事だなあ。
ちなみに、なぜアップルトン王国に聖心教の教皇様がいるかというと、魔王さんが攻めてきた時に壊滅的な被害をうけた総本山から逃げてきて、そのまま居着いてしまったのだな。
総本山は復興されたけど、帰るのいやだいっ、とか前の前の教皇さまが言ったらしい。
聖女マリアさまが居た頃だから、教皇様がアップルトンにいてもいいか、と、総本山は判断したらしいね。
歴史の総本山、実務の大神殿と役割を分けたそうだよ。
「次は厨房に行って、イルダさんに会います」
「イルダさんの居る厨房はこちらです」
大神殿でご飯とかあまり食べないから厨房の位置をしらないんだよね。
ここは、だいたい東京ドームぐらいの広さがあるし。
世界全土から来る聖心教信者さんの為に宿坊とかあるし、孤児院併設だしね。
大神殿の奥の方、東側に厨房はあった。
「孤児院と宿舎の料理を作る第三厨房です」
やれやれ大神殿は大きいぜ。
厨房の奥にイルダさんを見つけて手を振った。
彼女は笑顔を見せながら近寄ってきた。
「これは聖女様」
「厨房を手伝ってくれてるのですか、ありがたいです」
「いえいえ、そんな、ちょっとした恩返しですよ、気にしないでください」
「イルダさんが来てから、孤児院と宿舎の食堂の料理が凄く美味しくなったと評判ですよ」
「おはずかしいですよ、聖女様」
イルダさんははにかんで笑った。
良い笑顔だなあ。
こんなに料理を作るのが好きな人を苦しめたマーラー家ゆるすまじだなあ。
「そうだ、女子寮食堂の来週のメニューをイルダさんに決めて欲しいとメリサさんが言ってましたよ」
「ああ、そうですね、今すぐ書きますか?」
「今は夕食の準備が忙しい時間でしょ、今日神殿からメイドを一人選ぶつもりなので、その子に持たせてくれればいいですよ」
「はい、それでは、六時ぐらいまでに書けばいいですか」
「はい、一週間のレシピが欲しいそうです」
「わかりました、食材の方は」
「良い押し麦がいっぱいだし、肉も野菜も新鮮な物が用意できそうですよ」
「それはありがたいです、本当にもう、今すぐ帰って寮生達の食事を作りたいですよ」
「もうちょっと我慢してくださいね。なんとかしますから」
「はい、おねがいします」
イルダさんは深々と頭を下げた。
まかせとけー。
さて、次は孤児院で子供と遊ぼう。
孤児院に入ると二十人以上の孤児達が一気に、わっと飛びかかってきた。
うへーい、もみくちゃであるよ。
「おねえちゃん、マコトおねえちゃんっ」
「わああ、さびしかったようっ」
「遊ぼう遊ぼうっ!!」
「はいはい、遊ぶから、はーなーれーて」
小一時間ぐらい、馬跳びをしたり、影鬼をしたり、泥じゅんをしたりして子供と一緒に大暴れした。
いやあ、やっぱり子供と遊ぶのは楽しいなあ。
みんなで孤児院の食堂で、イルダさんが作ってくれたおやつを食べた。
素朴な甘さの焼き菓子なんだけど、やっぱり凄く美味しいね。
「じゃ、また来週来るからね」
「いっちゃやだ~」
「マコトおねえちゃんが来ないと寂しい~」
「うえええん」
泣き出した子を抱きしめて頭をなでる。
よしよし。
「また来るからね、ごめんねー」
「すぐ来てね」
「うん、土曜日までまっててね」
「うん、待ってるー、良い子にしてるから-」
「うんうん」
泣いていた子を下ろして、皆に手をふる。
「またねー」
孤児院の子供達は笑いながら手を振って運動場へ走っていった。
「さて、諜報メイドの面接にいきましょうか」
「かしこまりました、こちらへ」
私はリンダさんの先導で大神殿へ再び入っていった。




