第57話 聖女派閥を黒の髑髏団が襲ってきた
「どうして剣の腕の事を教えてくれなかったんだ、エルザ」
「父に、カーチスさまには教えるなと、武門の男が女よりも腕が劣るのは恥をかかせるのと一緒だから、淑女な所だけを見せてごまかせと……、違うのですか?」
「あたりまえだ、お前の父は何を言っている、俺はエルザに負けたとしても、恥とは思わんっ! 武術に男も女もあるかっ、腕が立つ者が勝つのは当たり前の事だっ!」
カーチス兄ちゃんはお冠であるな。
こいつの脳内は武道しかないからなあ。
「俺は辺境伯の次男坊だ、家を継ぐのは兄だ、だから、俺は成人したら家を出て冒険者をやるつもりだ」
エルザさんはショックを受けたように後ずさった。
「リチャードさまは、あなたのお兄さまは、病弱です、いついかなる事があるかもしれませんから、家を継ぐ準備をなさった方が良いと、私は思いました」
「いつ来るか解らない未来を準備しながら待つのか? そんなのは俺は嫌だ、成人したら家は飛び出す、冒険の旅に出る。だから、俺の横にいる女は強くあらねばならないと思っていた」
エルザさんは、こいつは何を言ってるのだという感じに目を丸くしてカーチス兄ちゃんを見ていた。
「そ、それでは辺境伯の妻たらんとして令嬢として努力していた私は……」
「過剰に淑女たらんとしていたお前の事を不憫に思い、罪悪感を感じていた。それで、俺の夢を話せないでいたのだ」
「私は、私の夢は、カーチスさまと、辺境伯家で貴族として……、立派に……」
あー、コミュニケーション不足でのお互いの夢のすれ違いだなあ。
修羅場っている、修羅場っている。
派閥のみんなも、息をのんで、カーチスエルザ劇場から目が離せない。
「何時の日か、お前を捨てて俺は、妾たちと共に、荒野に出なければならない、そう思っていた」
だから、エルザさんに素っ気ない感じだったのね。
無意識に置いていくエルザさんが苦しまないように邪険にしてたのかな。
「だが、お前がこんなに強いなら、話は別だ」
「はい?」
「今すぐC組からB組に来い、そして剣術部に入れ、もう令嬢修行なぞやめて、その剣の才能を伸ばすんだ」
「い、いえ、その、カーチスさま、そういう訳には」
「エルザ、荒野を行く俺の隣にお前が欲しい、未来永劫ずっと一緒にいよう」
カーチス兄ちゃんは情熱的にエルザさんの手を取って熱く語った。
エルザさんは真っ赤になった。
「はい……」
「よーし、よしよし、では、まずは派閥に参加だ、いいな」
「はい、もうどうでも良いです……」
まあ、誤解とはいえ、ずーーーっと頑張ってきた令嬢修行が全部無駄で、捨てようと思っていた剣の腕の方でカーチス兄ちゃんが一発陥落ではぐったりするのも無理はない。
でも、まあ、エルザさんが幸せになるなら、それはそれでめでたい。
「というか、あんたら、もっと話し合えよな」
「いや、まさか、家庭的なエルザにこんな剣の腕があるとは思わなかったんだよ」
「カーチスさまが辺境伯家を捨てると思っていたとは想定外でした」
「でもわかり合えて良かったね、派閥にようこそ、グリニーさま」
「エルザでよろしいですよ、マコトさま」
「うん、よろしくね、エルザさん」
「こちらこそよろしくおねがいします」
私は、エルザさんと握手を交わした。
すごい剣豪が派閥に入ってくれたぞ、そして社交界にも詳しい。
頼りになりそう。
カロルがとけそうな笑顔で二人を見ていた。
「うれしそうね」
「うん、よかったなあって思ったの、ありがとうマコト」
「別に何もしてねえし、あいつらが話し合って無くてすれ違ったのが悪いんだよ」
「ふふっ、それでもありがとうだよ、マコト」
まあ、いいや、カロルが幸せそうなら、私もつられて幸せだ。
「さあ、さっそく派閥の剣術組は学校に戻って模擬戦だ」
「やるみょん、エルザさんと戦うみょん」
「さ、さっきは気を抜いていたのだ、こんどこそ」
「お手柔らかに、お二人とも」
エルザさんの雰囲気が柔らかくなったなあ。
ツンツンしているより、ずっといいね。
ふと、変な気配を感じて、森の方を見ると、黒い髑髏のマスクをかぶった怪しい集団がいて、こちらに歩いてきた。
「なんだあれ?」
「我々は黒の髑髏団っ! 正義を愛し、偽りを憎む団体であるっ!! 悪の偽聖女マコト・キンボールに天誅を下すためやってきたのだっ!!」
「何言ってんだ、マイクー?」
マイクーが怪しい仮面をかぶって、怪しい集団を引き連れてきおった。
だいたい、三十人ほどだな。
十人ほどは細っこくて身ぎれいなので、学園の生徒だろう。
後の二十人は、下町のゴロツキっぽいな。
「ち、違うっ! 私は、マイケル・ピッカリンなどではないっ!! 謎の人、髑髏マンであるっ!!」
いや、声とか背格好がどう見てもマイクーなんですが。
「そうだっ! マコト、兄上があんな変な格好をする訳がないだろうっ!! 正義を名乗るのに黒の髑髏マスクを選ぶセンスといい、相矛盾する言動といい、あれは本当の馬鹿だっ!! 兄上であるはずが無いっ!!」
あー、カトレア嬢がエキサイトしはじめたよー。
そして、マイクー、妹に馬鹿呼ばわりされたからと言って胸を押さえんな。
「カ、カトレア・ピッカリン嬢、き、君はポッティンジャー公爵家派閥だろう、なぜ聖女派閥に混ざっておるっ!」
「え、ああ、そんな事か、知れたこと、お友達がいるからだっ!!」
「ぬぬ、では仕方が無い、少し下がっていなさい」
「いやだ、なぜ私がお前のような悪漢の言うことを聞かねばならないのだ、ふざけるなっ!!」
「わ、我々も、ポッティンジャー公爵家派閥なのだよ」
「嘘だっ!!!」
あまりのカトレア嬢の「嘘だ!」の勢いで、森から小鳥が一斉に飛び立った。
「我が、栄光のポッティンジャー公爵家派閥に、顔を隠して衆をたのみ闇討ちする奴なぞいないっ!! 貴様らは騙り者だっ!! 真のポッティンジャー公爵家派閥員である、この私が許さんっ!!」
あ、カトレア嬢が怒りのあまり抜刀してしまった。
うっひゃっひゃ、マイクー以下の十人ほどの仮面学生は困りに困っておる。
なんだろうか、この状況は。
「くっ! この女の相手は私がするっ! 他の者はマコト・キンボールを斬れっ!!」
「「「「応っ!!」」」
黒髑髏どもが一斉に抜刀した。
うおお、本当に斬るつもりかー。
「させないわ」
ジャリジャリジャリーンとカロルの隣にチェーン君が立ち上がる。
「コリンナちゃんとメリッサちゃん、ユリーシャ先輩は後ろに、エルザさん、三人の護衛をおねがいしますっ」
「わかりましたわ」
ユリーシャ先輩は懐から魔法の杖を出した。
ミーシャさんがお茶ワゴンから、身の丈の二倍ぐらいあるハルバードを取り出す。
コリンナちゃんとメリッサ嬢が後ろに下がった。
エルザさんが、鉄扇を手に三人の近くへと移動する。
「僕を……、舐めてはいけない」
エルマーの回りに沢山の氷の杭が生み出されてゆっくりと回転する。
氷の要塞みたいだねえ。
髑髏マンとカトレア嬢は真剣で打ち合いはじめている。
「きさまっ! 同門の長剣術だなっ!! 恥をしれっ!!」
「こ、これには理由があるのだ、解れっ!!」
「わからんっ!! 解らせてみろっ!!!」
うん、ピッカリンをピッカリンで押さえるのは有効かも。
「いくぜっ! たたっ切っていいんだよな、マコト!!」
「そうねっ、即死だけは避けて、それ以外なら、私が治す!!!」
「いいみょん? たたっ切っていいみょんかあっ!!」
うわ、戦闘馬鹿グループは嬉しそうだ。
相手は三十人ぐらいいるから、峰打ちとかの非殺傷攻撃では制圧出来ないしね。
剣を抜いたということは、もしもの時は死ぬ覚悟もできているんだろう。
私は光分子の輪を作り放射。
変な動きをしている奴らはいないかーーー、と一キロ四方ぐらいをサーチ。
「エルザさん、後ろの森から五人っ! 来ますっ!」
「了解したわっ!」
茂みから悪漢が五人、非戦闘員を狙って飛び出してきた。
エルザさんが一人を一撃で倒し、一人はミーシャさんのハルバートに殴られ、ユリーシャ先輩が二人を風魔法で吹き飛ばした。
残り一人は、エルザさんが素早く駆け寄って、一撃。
後ろの奇襲は防いだ。
どーーーーーん!!
爆発音。
カーチスの崩壊魔法か、と思ったら、カロルが試験管を投げつけたのであった。
爆発性の薬品が入っていたらしい。
五、六人の髑髏団が巻き込まれて吹っ飛んだ。
「カロルッ! ナイス爆発」
「ふふふ、ありがとうっ」
カロルはほがらかに笑った。
カーチスとコイシちゃんは、背中をつけあうようにして斬りまくっている。
初めてなのに息があってるなあ。
「カーチスッ!」
「おうっ!!」
私が敵が密集している場所を指すと、カーチスはうなずいた。
「カウントあわせっ!! 3,2,1,『ライト』!」
『ファイヤーボール!』
私のライト球とカーチスのファイヤーボールが敵の密集地で交差する。
「「崩壊っ!」」
ビカッドカーーン!!!!
閃光と轟音で髑髏団たちがすくみ上がる。
即席スタングレネード魔法だねっ!
そこへ、エルマーの氷弾が雨あられと降り注いで、髑髏団員を倒していく。
「な、なんだとっ!!」
「よそ見をするなっ! 悪漢めっ!!」
髑髏団は死屍累々である。
もはや、地面に立っているのは、髑髏マン只一人であった。
「く、くそっ!! きさまらっ、卑怯だぞっ!!」
「三倍の戦力で仕掛けてきて、何が卑怯かっ!! この人間の屑めっ!! 騎士の鑑である、私のお兄さまを見習えっ!!」
「ぐうううっ!!」
髑髏マンは動揺したのか、カトレア嬢の長剣を右手に受けた。
「くっ、おぼえていろ、聖女派閥めーっ!!」
髑髏マンは尻尾を巻いて逃げはじめた。
「まていっ!!」
「カトレアさん、お待ちなさい」
「む、なんでだマコト」
「一人で追っていったら危ないよ」
「そ、それもそうか、私は頭に血が上っていたようだ、すまん」
しかし、公園の芝生が血や氷や爆発でめちゃくちゃだよ。
髑髏団の足が動く奴は逃げ去ったが、十人ほどは倒れてうんうんうなっている。
ここで死なれても困るので、重傷順に治癒魔法を掛けていく。
カロルも、ポーションを取り出してぶっかけていた。
なんとも面倒な事だなあ。




