第56話 聖女派閥でひよこ堂に押しかける
空は晴れ渡り、日が差して暖かい。
今年はわりと暖冬だったけど、春になって暖かくなるのはやっぱり気持ちがいいね。
「エルザさんはなぜC組にいるんですか?」
「名前呼びをあなたに許可した覚えはないですわ、キンボールさま」
「失礼しました、ええと」
「エルザ・グリニー、グリニー伯爵家の次女でございます」
「わかりました、グリニーさま、というか、同じ派閥になるので、マコトでいいですよ」
「まだ我が家が聖女派閥に入るかどうかは、決めておりません」
「さようですか」
なんだか話が続かない人だなあ。
まったくこちらに好意を持っていないのもあるだろうけど。
「C組にいるのは、あそこがいわば代理社交界だからですわ。カーチス様は社交に興味が無いようですので、私がやりませんと」
「……お前がC組に居るのは、そんな理由だったのか、知らなかった」
カーチス兄ちゃんが目を丸くして言うと、エルザさんはぷいっと横を向いた。
この二人は、どんだけ話し合いが足りてないのだー。
頭が痛くなってきたぞ。
「殿方の気になさる事ではありませんわ。私が、辺境伯家にふさわしい存在感を社交界で作りますので、カーチス様はお好きな事をなさってよろしいのよ」
「そ、そうか、うむ、その、それは助かる」
カーチス兄ちゃんに助かると言われて、エルザさんは頬を少し赤くした。
なんだろうなあ、このお互いツンデレだからツンばっかりになったような関係は。
「グリニーさまは、カーチスの事が大好きなんだね」
「そ、そんな訳はないだろう、ただ親が決めた……、エルザ?」
エルザさんは、無言で赤くなって、手を上下にパタパタさせていた。
うひゃあ、可愛いなあ。
「ば、馬鹿な事をおっしゃらないで、キンボールさま。そ、その、お、親同士が決めた婚約ですわ、私は、私が思うように努力しているだけですのよ。好意とか、気持ちとかは、その、あ、あまりありませんわ」
「そ、そうだよな、うむ、いつも通りのエルザだ」
「そうですの、私は意思が強いので、こうと決めた事は動かしませんのよ。頑固とかも言われますけれども、私的には美徳ではないかと思っていますのよ。ええ、そうですわ」
好意はちょっとはあるのね。
というか、端から見ているとカーチス兄ちゃんにベタ惚れだと思うのだが。
それが解らないのは、三国一の朴念仁のカーチス兄ちゃんだけだと思うけどなあ。
聖女派閥一行は、無事ひよこ堂へと到着した。
「お、今日も来たか、マコト」
「うす、兄ちゃん」
「ちょっと、あなた、仮にも貴族のキンボールさまに気安いのではなくて」
エルザさんが、柳眉を逆立てて兄ちゃんを叱りつけた。
「いやあ、言われてみたら、まったくですね、キンボールさま申し訳ありません」
「やめろ、実の兄ちゃんめ」
「ご、ご兄妹でしたの?」
「そうそう、市井に残してきた血のつながった兄ちゃんなので、大目にみてね」
「それは、失礼いたしました」
「いえ、こちらも誤解されるような事をして申し訳ありませんでした」
兄ちゃんが気さくに笑ってエルザさんに頭を下げた。
エルザさんは、なんだか毒を抜かれたような顔で、いえいえと苦笑した。
みんなで列に並ぶ。
土曜だし、終業からそれほどたって無いので列は短いね。
ちょっと待っていたら、お父ちゃんの待つガラスケースについた。
「聖女パンとハム卵をちょうだい」
「あいよう」
エルザさんが何を頼んで良いか迷ってるなあ。
「グリニー様は、甘いのとしょっぱいの、どっちが好きですか?」
「あ、甘いのが好きですわ」
「聖女パンとか、イチゴジャムパンとかが人気がありますよ」
「で、ではそれを」
私はお父ちゃんにエルザさんの分を注文してあげた。
お父ちゃんは笑って亜麻袋にパンを入れてくれた。
ソーダも追加しておいたぜ。
「ありがとうございます」
エルザさんは、パンとソーダの入った亜麻袋を抱きしめるようにして受け取った。
「しょっぱいのが好きだみょん、どれがいいかみょう」
「マヨコーン……、は、少ししょっぱい……」
「エルマーしゃまを信じるみょん。おじさん、マヨコーンとシチューパンをくだしゃいな」
エルマーはマヨコーンの布教に余念が無いな。
「どれもおいしそうだな。パン屋なぞ初めて来たが、なかなか心躍る場所では無いか」
「どれもおいしいよ」
「そうかーっ、うーん、聖女パンとソーセージパンだ、あとソーダ」
ひよこ堂は、カトレア嬢にも気に入ってもらった模様だ。
「ホットドッグにフィッシュサンドとソーダをください」
カロルは意外に調理パン派だよね。
カーチス兄ちゃんは、ベーコンエッグパンとシチューパン、さらにホットドッグを頼んでいた。
よく食べるな、さすが体育会系。
メリッサ嬢は、聖女パンとナッツドーナツを頼んでいた。
「今日は一人で注文できましたわ、マコトさまっ」
メリッサ嬢は「ふんすっ」とどや顔だ。
うん、かわいい。
「聖女パンとねじり棒をくださいませ」
ゆりゆり先輩は一人でお父ちゃんに注文している。
ミーシャさんは置いてきたっぽいね。
コリンナちゃんは最後にカウンターに寄って、聖女パンとクリームコロネを頼んでいた。
「今日は甘いのばっかだね」
「口が甘々なんだ-」
みんなで学校近くの自然公園に行き、芝生に敷物を引いてパンを食べる。
天気は良いし、お日様が体にあたってポカポカと暖かい。
「あっはっは、おいしいみょん、なんよこれーっ」
「うん、これは美味しいな、あと、みんなで食べると楽しい」
カトレア嬢もぼっち飯だったようだ。
コイシちゃんと並んでニコニコしながら食べている。
「マヨコーンは……、真理なのだ」
エルマーは、マヨコーンパンを両手に二つ持って食べている。
どんだけ好きなんだよ。
ゆりゆり先輩のメイドさんのミーシャさんがお茶のワゴンを持って現れて、みなにお茶をふるまっていた。
それで別行動だったのね。
しかし、外用のお茶ワゴンってあるんだね。
車輪がでっかい。
「マコトさま、どうぞー」
「ありがとう、ミーシャさん」
紅茶が美味しいなあ。
「あらあらまあまあ、ひよこ堂のパンは美味しいと聞きましたが、思ったよりももっと美味しゅうございますわね」
「ありがとうございます、ユリーシャ先輩」
ユリーシャ先輩は食通っぽいのに、ひよこ堂のパンにはまりましたか、さすがはお父ちゃんの実力だなあ。
カロルとコリンナちゃんに挟まれて、聖女パンをもしゃもしゃ食べる。
外で食べるご飯は、なぜこんなに美味しいのか。
幸せだなー。
エルザさんは、カーチス兄ちゃんの隣に座って亜麻袋から聖女パンを取り出した。
ソーダの瓶を出したが栓抜きを持っていなかったらしく、どうしようときょろきょろしている。
カーチス兄ちゃんがポケットから十徳ナイフを出して、エルザさんから黙ってソーダの瓶をひったくり、しゅぽんと抜き、だまって彼女に手渡した。
エルザさんは同じく黙って小さくうなずいて聖女パンをかじった。
おまえら、黙ってないで、一言ぐらい声をだせやーっ。
なんだか、むずむずするなあ。
「あ、おいし……」
「庶民のパン屋も馬鹿にはできないだろう」
「は、はい、そうですね……」
エルザさんは頬をすこし赤らめて聖女パンを食べていた。
なんというか、エルザさんは不器用な人なんだと思うんだ。
心の中にある理想の淑女像にとらわれて、カーチス兄ちゃんへの気持ちを押し殺して見せ無いようにしてるんだな。
まあ、それでも普通の人だったら気がつくんだろうけど、カーチス兄ちゃんはなあ、超朴念仁だからなあ。
みんな食事を済ませてまったりした空気が流れる。
あー、良い天気だなあ。
「そういえば、エルザさん、武術も凄いよね、得物はなんですか?」
「は?」
「おいおい、こいつは刺繍と社交しか能がないやつだぞ」
「え、そうなの、カーチス?」
あれ? エルザさんは、カーチスルートの後半で主人公を追い詰めて、お腹を短剣で刺してましたけど。
カーチスルートの後半といったら、主人公は普通に単体でドラゴンを倒せるぐらいの戦闘力になってるんですが。
そんな主人公に一発ぶち込む腕って相当なんですが。
ゲームとは違うのかなあ。
「い、一応、武家の娘ですから、少しはやっておりますけど、どこでそれを?」
「いや、なんとなく」
ゲームの知識とは言えないなあ。
「えっ、エルザ、お前、武道は全く興味が無いっていってただろ」
「興味はありませんわ、カーチス様、父と兄から仕込まれただけで、第一、伯爵令嬢が武道だなんて恥ずかしいですわ」
「まじか……、どれくらい使えるんだ」
「ですから、令嬢は武道の腕なぞひけらかしませんわよ。武道の時間も休んでおりますので鈍っておりましょうし」
「得物は持っているか?」
「……一応」
そう言ってエルザさんは鉄扇を懐から出した。
ゲームだと短剣だったけどなあ。
「カトレア、エルザと立ち会ってみろ」
「えー、いいんですか、カーチスさま?」
「よい、俺が許す、婚約者の腕を知らないとは、武門の恥だ」
「い、いえ、カーチスさま、令嬢は武道の腕なぞ無くても……」
「エルザ、お前の腕が見たい」
しぶしぶという感じにエルザさんは鉄扇を手に立ち上がった。
カトレア嬢は腰の長剣を抜き、下緒で鞘から抜けないように縛った。
二人は対峙する。
カトレア嬢は八艘という右肩に柄を寄せる感じの大上段、大してエルザさんは肩の力を抜いた自然体だ。
「これは……」
カトレア嬢の額から汗が噴き出す。
あ、エルザさん無茶苦茶強いな。
剣豪じゃねえのか、この人。
「りゃああっ!」
かけ声を上げてカトレア嬢は大上段に剣を構え間合いを詰める。
ぱん。
と、華が咲くように鉄扇が開き、剣を受け止めた。
ぱん、ぱん、ぱぱん。
ぱっぱと大輪の華が咲き誇るように、カトレア嬢の連撃を開いた鉄扇で受け止めていくエルザさん。
間合いがどんどん詰まっていき、体が触れるあたりの距離で、二人は動きを止めた。
「ま、まいりました」
「あなたは凄くお強いのですね」
カトレア嬢の首筋に、エルザさんのたたんだ鉄扇が添えられていた。
エルザさんの圧勝であるよ。
「次はわたしみょんっ、わたしがやるみょんっ」
「だまれコケシ、次は俺だっ」
「再戦再戦させてくださーいっ、油断しましたーっ」
武道馬鹿どもが団子になってもめておる。
それを見て、エルザさんはかすかに微笑んだ。
そして、彼女を見ていた私の視線に気がつき、ぷいっと横を向いた。
エルザさんは、かわええなあ。
よろしかったら、ブックマークとか、感想とか、評価とかをいただけたら嬉しいです。
励みになりますので。




