第562話 山高帽視点:流れて行く野良犬⑥
ポッティンジャー領の俺の領地でビビりながら暮らす。
王都から漏れてくるマコトちゃんの噂は信じられない事ばかりだ。
曰く、聖女候補は麻薬患者を一目で見破る。
曰く、聖女候補は飛空艇を掘り当てマーラー領まで日帰りでドレスを買いに行った。
曰く、聖女候補は麻薬の撲滅に功績があったので領地を賜った。
飛空艇ってなんだよ、そんなのゲームに出てこなかっただろうが。
ダウンロードコンテンツで宇宙船を買ってたんで掘り出したってWEB小説があったが、ヒカソラにそんな物はねえし。
ドナルドさんに呼ばれてもの凄く叱られた。
王家からも長老会からも麻薬の件で責められて立場が無いと怒鳴られた。
しらねえよ、あんたが目先の金に目がくらんだだけだろうがっ。
マコトちゃんさえいなければ盛り返す可能性はあると、その場では言っておいたが、俺もドナルドさんもそんな未来は信じていなかった。
そろそろ逃げ出す算段をしとかないとな。
とりあえず、芥子と麻黄とコカの苗を持って逃げるか。
飛空艇があるんじゃ、ポッティンジャー領も王都から日帰りの距離だ。
噂だと前世の航空機並の速度があるらしい。
ああっ、そんな飛空艇がありゃあなあ、世界中で麻薬取引をし放題だぜ。
なあ。
マコトちゃんは何でも持っていて、俺は何にも持ってねえ。
ヤクザ知識チートでは何をやっても駄目だ。
逃げ出す算段をしている場合じゃなかった。
飛空艇の噂を聞いた瞬間に俺はケツをまくって逃げるべきだった。
マコトちゃんの飛空艇が来た。
その時は俺は領地で麻黄畑を見て回っていた時だった。
芥子畑の方の空に飛空艇が現れた。
王都でみた大型飛空艇よりかは二回りぐらい小さい。
すげえ、かっこいい。
ファイナルなファンタジーみてえに、あの船でマコトちゃんは世界を股に駆け回るんだなあ。
いいなあと思っていた。
船の前方に穴が二つガコンと開きそこからミサイルが発射された。
はあ?
どんっ! と轟音がして巨大な火の柱が天に向かっていきなり生えた。
ええええ?
火の柱は音も無く燃えさかり、高空にもくもくと黒煙がたなびいていく。
もう一発、ミサイルが発射され、芥子畑に着弾し、巨大な火柱が生えた。
畑を三枚焼き、芥子を全滅させると、事務所と倉庫にミサイルを撃ち火柱の中にそれらを消滅させた。
石造りの建物が音も無く溶け出し消えて行くのを見て、俺はガクガクと足を震わせた。
なんだあれ、なんだあれ、とんでもねえぞっ!
勝負にならねえっ!!
俺は自分の家に逃げ帰って荷物をとりまとめた。
自慢の青い屋根の高級馬車に乗り込んだ。
逃げる、逃げる、ジーン皇国までは、さすがのマコトちゃんでも追ってこれねえだろ。
ジーン皇国でやり直しだ。
この世界、麻薬があればのし上がれる。
軍事国家のジーン皇国なら銃も進化させる事ができるだろうぜ。
アップルトンは工業技術が遅れすぎだ。
ジーン皇国で成り上がって、銃で軍を武装してアップルトンに攻め込んでやる。
泡を食って逃げる。
くそポリエンツァ街道の道は悪い。
馬車が壊れたら俺は破滅だ。
飛空艇に焼き尽くされる。
怖ええ、怖ええ。
恐怖に食われながら馬車を全速力で走らせる。
馬がつぶれたら馬車駅街で取り替えればいい。
金はあるんだ。
フォンフォンと怪しい音がした。
俺の頭上を飛空艇が飛び越した。
見つからないでくれ、という俺の祈りも通じなかった。
飛空艇は街道を塞ぐように着陸した。
逃げられねえ。
左右は畑だ。
馬車は入れねえ。
俺は馬車を止めた。
ハッチが開いて、マコトちゃんが下りてきた。
ああ、やっぱり綺麗だな。
俺は肩をすくめて馬車を下りる。
「山高帽だなっ!」
「そうだ、ポッティンジャー公爵が俺を売ったか」
「ああ、もうお前の居所は世界に無い」
「ちっ、まったくしくじったぜ、聖女さんよ、降伏したい」
降伏しよう。
降伏して、教会でマコトちゃんの近くに居場所を作ろう。
マコトちゃんはすわった目で小刀を抜いた。
ああ、そうだよな。
麻薬の知識がある奴なんざ危なくて生かしておけねえよな。
マコトちゃんと問答をしながら、俺はだんだんとムカついてきた。
チートのあるマコトちゃんがうらやましいんだと俺が本音を言うと、激怒してきた。
なんだよ、痛いところをついたのか。
まさかこの世界の人間に同情してんじゃないだろうな。
あいつらはみんなゲームのデーターだぞ。
これだから嬢ちゃんは嫌だよな。
考えが甘いんだよ。
俺は銃を取り出してマコトちゃんに向けて引き金を引いた。
そして、噂でマコトちゃんがエドモン組長の銃を暴発させたという噂を思い出し、慌てて投げ捨てる。
フリントロック銃は発射まで一拍のタイムラグがある。
投げ捨てた銃は地面でドカンと暴発した。
くそ、やっかいな。
俺は短剣を抜いて構える。
ヤクザ特有の腰だめの構えだ。
ヤッパの戦いなんざ、前世でも大昔にやったきりだが、意外に覚えてるもんだ。
こっちの世界に来てから練習一つしてないがな。
カキンカキンと剣を打ち合わせて戦う。
思いだした。
得意だったヤッパをくねるようにして腕を狙う技だ。
マコトちゃんの二の腕をえぐった。
ははは、ガキがヤクザに勝てるもんかよ。
『ヒール』
俺が付けた傷は一瞬で治った。
「なっ、きったねえぞっ!!」
「汚い? お前が狙うのは、私の心臓か、脳だ。それ以外はまったく有効な攻撃じゃ無いぞ」
「なっ! ば、馬鹿な……」
「お前は何と戦ってるつもりでいたんだ? こちとら聖女だ、魔王とタメで戦う生き物だぞ?」
「そ、そんな……」
「そして、私の右手の刀は聖剣だぞ」
そう言うとマコトちゃんは見え見えの大ぶりで手首を狙ってきた。
はっ、そんなの……。
受けに回ったヤッパを小刀がすり抜けた。
なっ!!
かすっただけなのに右手の感触がねえっ!
「お前の攻撃は何発入れても私には有効打にはならない、私の攻撃はかすっただけでその部位を動かなくできる。どうだい、汚いだろう聖女ってやつはさ」
ちきしょうっ!!
なんだそれは。
光魔法ってチートを貰って、聖剣の小刀、飛空艇。
どこまでお前は世界に優遇されてるんだよっ!
きたねえぞっ!
顔が歪むのが解った。
マコトちゃんへの、マコトちゃんの中にいる奴への羨望で気が狂いそうだ。
俺だってなあ、もっと良い場所に生まれていれば、もっと良い環境にいれば。
麻薬なんて売って生きたくねえよっ!
マコトちゃんの小さな体が間合いに飛び込んで来た。
左手に持ったヤッパでは迎撃も出来なかった。
刃を上にした、まっすぐの突きが俺の喉に吸い込まれた。
痛くねえ。
痛くねえのがもの凄く怖ええ。
血も出てねえ。
マコトちゃんの目がまっすぐ俺の目を見ていた。
その時気がついた。
俺は誰の目もまっすぐ見たことなんかなかった。
誰にもまっすぐ向き合っていなかった。
俺は俺にしか興味が無いんだ、と、その時はっきりと理解した。
マコトちゃんの小刀が上に向けて振り上げられた。
剣が顔の真ん中を通っていく恐怖。
喉を潰され悲鳴一つ出せなかった。
山高帽が上に飛んだ。
上昇していた。
真っ白の世界をただただ上昇していた。
もの凄い勢いで登っていく。
感じられるのは一面の真っ白な光。
光が満ちあふれる。
ああ、ああ、まぶしいな、あたたかいな。
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