第559話 山高帽視点:流れて行く野良犬③
初めての王都は夢の世界だった。
ゲームで見た場所が実際にあった。
行ってしばらくはゲームの聖地巡礼をして楽しんでいた。
真っ先に、マコトちゃんの実家のひよこ堂に行った。
聖女パンというメロンパンもどきが名物になっていて、美味かった。
マコトちゃんの兄のクリフくんにも会えた。
ゲームそのままだなと思ったな。
マコトちゃん達が入学する1年前から俺は王都で活動していた。
地回りのヤクザに薬を配り、ポッティンジャー領から麻薬を運ぶ中継地としてスラムに基地を作る。
着飾って貴族の夜会に潜り込み、新しい遊びとして麻薬を紹介した。
儲かる。
金が唸るほど入ってくる。
その金で原料になる硝石、木炭、硫黄を仕入れ黒色火薬を作った。
そして、銃を作る。
工業技術が足りなくて先込めの銃しか作れなかったが、なかなかの代物が出来た。
失敗もしたが、だんだんと技術を蓄積していった。
コカの木も手に入れた。
この世界は中世から近世なんだが、飛空艇がある関係で南米やアジアとも交易があった。
コカの木は葉を噛むと疲れが取れる珍しい植物として売っていた。
それを買って、ポッティンジャー領にコカの木の林を作った。
熱帯の木が根付くかどうか不安だったが、ちゃんと大きく育って行く。
順風満帆だった。
王家の諜報組織『塔』のメンバーを麻薬で籠絡した。
一人籠絡すれば、後は簡単に増やす事が出来た。
諜報員たちにも工作の材料として麻薬は好評だったな。
沢山の夜会に参加して、マダムエドワルダとお近づきになれた。
一流の社交界の華だ。
薬を使って俺は彼女に夢を語る。
麻薬を使った夢のような国の話だ。
人と言うのは不思議な物で、マダムエドワルダに語った夢の麻薬の国が出来る気がしてきた。
心の奥底では、そんな物はできっこねえと解っていたのに、夢を語り、俺の信者を作っていった。
聖夜祭には大神殿に詣でた。
遠くテラスで講話を話すマコトちゃんの姿が見えた。
信じられないほど美しい彼女を見て、ああ、俺は光の空に祝福を、の世界に居るのだなと実感した。
気が大きくなった。
このまま麻薬の取引を広げ、金と麻薬の力でポッティンジャー家を乗っ取って俺がこの国に君臨する夢を見た。
ヴィクターが邪魔だが、このまま俺が力を付けて行けば、奴も消せると信じた。
王都の西、商業街でも協力者を見つけた。
二流の商会をなんとしても大きくしたいという、欲望で膨れ上がった若旦那だった。
マダムエドワルダ経由で、そこを傘下に収める。
ヤクザが下町、商会が中流街、マダムエドワルダが貴族。
そして、竜の顎という秘密結社との協力も得られた。
その秘密結社に上流貴族関係のルートを開いてもらった。
そして、マコトちゃん達が入学する前に、ついに王宮へと手が掛かった。
勝てる、と確信した。
王宮を腐らせ、ポッティンジャー家も腐らせて、俺が裏から全てを支配する。
ヴィクターを殺し、ドナルドさんとビビアン嬢に薬を与えて骨抜きにする。
王宮はメイドや執事たちを取り込み、だんだんと麻薬で汚染していく。
勝ちが見えてきた、と思った。
だが、それは幻影でしか無かった。
マコトちゃんが入学の日、俺は魔法学園の校門近くで彼女を待っていた。
やっぱり、ほら、ケビン王子との第一イベントは見ておきたいからな。
マコトちゃんは思ったより早く来て校門に入っていった。
ケビン王子との出会いイベントは無かった。
なぜだ?
なぜ、ゲームと同じ事が起こらない?
その違和感はポッティンジャーのタウンハウスにビビアン嬢がぶりぶり怒りながら帰って来て、さらに広がった。
閃光の魔法でマイケルの目をくらまして金的を蹴った?
おいおい、マコトちゃんはそんなおてんばじゃねえぞ。
大人しいけど芯が強くて優しい娘のはずだ。
カロルちゃんをかばってマイケルに立ち向かったのは、それっぽいが……。
そして、カロルちゃんだ、十歳の時に悪漢にさらわれて純潔を散らされた?
そんな事、ゲームじゃ一言もなかったぞ。
なんだか、変な事が起こってる。
そう、思った。
グレイブが先走ってマーラー家の毒殺スキームを使った。
だが、マコトちゃんには効かなかったらしい。
あわててグスタフ・マーラーが動いて、実働の始末役のメイドを殺し、男爵令嬢とお付きのメイドの身柄を押さえた。
なんで、乙女ゲームなのに宮廷陰謀劇の派手な奴みたいな事が起こってるんだ?
学園の中の事は、ビビアン嬢とマイケルに教えて貰った。
マコトちゃんが聖女派閥を作ってビビアン嬢と張り合っている?
池で溺れかけた娘を救うために裸で飛びこんだ?
ちがうちがう、そんなイベントは聞いた事もねえ。
なんだ、何が起こってるんだ?
ここは本当はヒカソラに似ているだけで乙女ゲームの世界じゃねえのか?
俺は混乱した。
時々外に出るマコトちゃんを見ると、近くにはカーチスとエルマーがいた。
どっちもこの時期に知り合うキャラじゃねえだろう。
パラメーターが足りねえはずだ。
だが、あの二人と知り合っていると言うことは、武力のパラメーターと魔力のパラメーターを上げてると推理できた。
カーチス狙いの冒険者ルートか?
エルマールートに行くとクライマックスには王都でプリシラが呼んだ大悪魔と戦う事になるな。
ヒカソラはイベントが派手な分、王都を巻き込む大事件が多いんだ。
それはちょっと勘弁してほしい。
ビビアン嬢はどこでも、だいたい死ぬけどな。
そして、マイケルの妹がビビアン嬢の所に怒鳴り込んできて、マーラー家がポッティンジャー派閥を裏切って、マコトちゃんに付いた。
わからん。
マーラー家で一人娘のヒルダがクーデターを起こしてグスタフを幽閉して当主になりやがった。
グスタフは頭がおかしかったが、汚い事を平気でやる奴なんで助かっていたんだがな。
これもゲームには無かったことだ。
というか、マーラー家はゲームにまったく言及されてねえしな。
ビビアン嬢の要請でポッティンジャー領から極大射程のエーミールが王都に入ってきた。
目的はもちろんマコトちゃんの暗殺だ。
なんだろうなあ、麻薬という要素を俺が付け加えちまったから、玉突き式に影響がでてこんな事になってんのか?
一年生ぐらいのパラメーターじゃ、エーミールには勝てやしねえだろう。
と、思ってたんだが、マコトちゃんが勝ちやがった。
しかもだ、障壁の魔法を使って空中を駆けて閃光で奴の目を潰した後、肉薄して金的を蹴ったという。
たしかに障壁の魔法はゲームでも出てきたが、モンスターの攻撃を何発か受け止める防御魔法で、上にのって空を駆けたりするもんじゃねえだろう。
それはもう乙女ゲームの主人公がする事じゃねえよ。
そんな時、グレイブの馬鹿がマコトちゃんを襲って、返り討ちにあった。
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