第554話 ハーキュリーと戦う、ドナルドを恫喝する
「エイダさん、魔導機関銃を発射、足を狙って」
【了解しました】
窓の向こうからブモーーーと牛が鳴くような音がした。
ガラス窓を吹き飛ばし、無数の魔導機関銃の弾がハーキュリーの両足に当たり、彼は部屋の壁に叩きつけられた。
血しぶきが飛び、ハーキュリーの両足はもげ、彼は悲鳴を上げながら床を転げ回る。
「がはっ、がはっ、ひ、卑怯……」
「武道の心得が無い女学生に魔剣で斬りかかるのが卑怯でないとでも?」
蒼穹の覇者号が窓の向こうでホバリングをしていた。
艦首が割れて凶悪な感じの魔導機関砲が煙を漂わせている。
私が近づくと、ハーキュリーは腕を動かした。
「エイダさん、右腕と魔剣も吹き飛ばして」
【了解しました】
ヴモーーーッ!!
魔導機関銃の砲撃でハーキュリーの右手と魔剣が粉々に砕けた。
ドナルドは真っ白な顔色で目を剥いて、私とハーキュリーの事を見ている。
血がざばざばと壁にかかった。
『エクストラヒール』
私は手をかざして、ハーキュリーの両足と右手を治した。
「あ、あああっ、な、治った……」
ハーキュリーは恐怖の目で私を見上げる。
「まだ、やるかい?」
彼は荒い息をつき、そして目線を下に向けてうずくまった。
「ほ、本物の聖女様……。お、お許しください……」
土下座であった。
ハーキュリーの心は折れたらしい。
私はドナルドに向き直る。
「この領をまるっと滅ぼすだけの戦力を持って来てる。理解しましたか、ドナルド」
「ま、まさか……、お前、まさか、本物の聖女だったのか……」
まったく今更だなあ、ドナルドは。
「事実です。駆逐飛空戦艦級の代物が窓の外の船です。他にドラゴンもいます」
「こんちゃー、ドラゴンですっ」
ヴィクターの補足に、アダベルが返事をした。
「領軍を全部、私に差し向けても勝てないんだよ、ドナルド。理解したか?」
ドナルドは紙のような顔色でブルブルと震える。
「王家とポッティンジャー家の主導権争いなんか興味は無いんだが、麻薬だけは駄目だ。教会の管轄である信者に影響が出るからな。だから教会として出張って来てる。山高帽をよこせ、それで帰ってやるよ」
「そんな、そんな馬鹿な……、そ、それだけの力を持って、なぜ王家に取って替わらない?」
「国家運営なんか面倒くさい。私は大陸中の聖心教徒の心の安寧以外なんの興味も無い。山高帽をさし出すのか、出さないのか、早く決めろ」
早く帰らないと晩餐に間に合わないじゃんかよう。
「わ、解った。ヴィ、ヴィクター、教えてやれ……」
「はっ。聖女候補、ディラルは飛空艇が空爆を始めた瞬間に逃げだした」
「なにっ!! それは本当か、ヴィクター!!」
ドナルドが悲鳴のような声を上げた。
初耳だったらしい。
「ポリエンツァ街道を馬車で北上している、ジーン皇国に向かっているようだ」
「やろう、亡命するつもりか」
「国境まで距離がある、飛空艇なら補足できるだろう」
よし、追おう。
「聖女候補よ……、お、お前が王家との争いに興味が無いというのは本当か、ま、麻薬の件は不問とするのか?」
「教会は不問とする、けど、王家の方は知らない。山高帽のやった『塔』への浸透工作や、王都での麻薬販売の金の流れとか、麻薬販売へのポッティンジャー家の関与の証拠は山ほどある。今は証拠固めの時期なんだろうよ」
「しらん、それはディラルが勝手にやったことで、我がポッティンジャー家には関係は無い」
「それじゃ済まないぐらい、あんたでも解ってるだろう?」
ドナルドは真っ青になって、荒い息をついた。
「ど、どうだろう、教会がポッティンジャー家に味方してくれんだろうか……」
「ドナルド、恥を知れ。殺す気まんまんだったパン屋の娘に泣きつくな、みっともねえ」
ドナルドはぐっと詰まった。
「ヴィクター、山高帽の馬車に特徴は?」
「青い屋根の高級馬車だ。伯爵クラスのグレードの物だ、目立つだろう」
「ふむ、乗り換えて無ければだな。山高帽はどんな奴だ?」
「貧相な小男だ。赤毛であばたがあって目が細い」
「たすかる。山高帽の情報の対価に我々はこれ以上のポッティンジャー家への攻撃は止める」
「感謝する」
私はヴィクターを見た。
こいつがトップになってポッティンジャー家を引っ張っていくべきだと思うのだが、まあ、色々事情があるんだろうな。
言うまい。
人の家の事情だしな。
「カロル、アダベル、船に戻るよ、山高帽を追う」
「わかったわ」
「捕まえてどうすんの?」
「……殺す」
二人の顔が強ばった。
他に方法が無いんだよ。
大神殿に一生閉じ込めておくわけにもいかないしさ。
麻薬の知識が拡散するまえに息の根を断つしか無い。
あいつはそういう存在だ。
私たちはどどどと執務室を出て廊下を走り、中二階のテラスに出ようとした。
警備兵が凍えから溶けて襲ってきた。
ので、アダベルがまた凍えさせた。
便利だね。
蒼穹の覇者号は何も無かったようにテラスに鎮座していた。
ハッチが開く。
「それじゃヴィクター、世話になったな。早く王都に来いよ、ビビアンさまが困ってるぞ」
「ああ、困っているだろうな」
なんとなく、言外に「お前にな」と言われた感じがするが、気のせいだろう。
アダベルがずっと抱いていた黒猫をヴィクターに差し出した。
「返す」
「持って行け、お前達が領を出るまで、それで監視する」
「良いのかっ!! ヴィクありがとうっ!!」
アダベルは黒猫が気に入ってるのか、抱きしめて頬ずりをした。
それは監視役なんだが。
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