第54話 今日の壁新聞の更新はない
今日もコリンナちゃんと同伴登校でございます。
校舎の入り口の向かいの壁あたりに、今日は人混みがないぞ。
壁新聞が昨日のままだ。
「なんだよ、仕事しなよ新聞部」
「馬鹿め、壁新聞は日刊ではない、昨日までがお前のせいで異常だったのだ」
「ジェラルドおはよう」
ジェラルドはこちらをじろりと睨んだ。
「名前呼びをゆるしたつもりは無いのだが」
「いいじゃん、名前ぐらい」
「まったく、傍若無人とはこのことだな、聖女候補」
しかし、壁新聞は日刊じゃなかったのか。
まあ、そうだよなあ、手書きだもんね。
ジェラルドの方を見たら、奴はなんだかコリンナちゃんを凝視していた。
「君が噂のケーベロス嬢か」
「あ、はい、コリンナ・ケーベロスと申します、マクナイトさま」
「噂ってなによ?」
「諜報界隈で、聖女派閥に凄腕の女性文官がいると噂になっていた、マコト・キンボールの片腕だそうだな」
「ま、まあそうだねい」
諜報系の人たちの間で、コリンナちゃんは噂になってるのか、友達として、なんだか少し誇らしい。
「いえ、そんな、人に褒められるほどの者ではありませんわ、B組ですし」
「なに、袋に入れた釘は勝手に飛び出るものだ、自分の仕事を貶めてはいけない」
「ありがとうございます、マクナイトさま」
なんだよなんだよー、コリンナちゃんが顔を赤らめてるぞ。
ジェラルドは顔は良いけど陰険メガネだぞう。
そんな奴に好意を持っては駄目っ。
「公爵家、侯爵家、辺境伯の寄親の誘いを断り、実務をやりたいからとオルブライト伯爵家の寄子となったそうだな、その行動はまさに文官の鑑だ」
「そ、そんな、私の家は男爵家ですし、過分にお褒めいただくと困ってしまいます」
うひゃあ、なんだかコリンナちゃんが女の子っぽいっ。
かわいいなあ。
ジェラルドも、いつもの陰気な表情では無く優しげに微笑んでいる。
まるで乙女ゲーのヒーローみたいじゃないかー。
てめー。
「我が国もこれからは、女性の実務への参加を推奨していかねばならない、君が良い規範となることを望んでいるよ」
「あたたかいお言葉をいただき、胸が震えます、マクナイトさま」
「それでは失礼する」
私たちを残してジェラルドの奴は颯爽と去って行った。
「マクナイトさま……」
あ、いかん、コリンナちゃんが恋する乙女モードだ。
目をさませ。
ぽかっ。
「痛いっ! なにするんだマコトッ!」
「よし、戻ってきた。なになに、コリンナちゃんはジェラルドのファンなの?」
「う、うん、好き……。文官志望でマクナイトさまに憧れていない子はいないよ」
これはアレだな、女騎士志望の奴らがカーチス兄ちゃんに憧れる奴の文官志望版だな。
じゃあ、魔術師志望の女性はエルマー萌えなんかな。
「まあ、将来の上司だしなあ、媚び売っておいても損はないか」
「ちがうよっ、マクナイトさまは本当に凄いんだからなっ、アバカスも全国大会二位だしっ!」
「ちなみに、コリンナちゃんの全国大会の順位は?」
「い、一位……。でも、私に次ぐ速度は凄いんだからねっ」
「コリンナちゃんがすげえよ……」
なんでそんな人がB組にいるのかね。
入試の時に、目の前の席で誰かが絶叫しながら大暴れとかしたのかな。
コリンナちゃんと連れだって二階へ。
息を潜めてC組前を通り過ぎ、B組でコリンナちゃんとお別れ、A組へと入る。
「エルマーおはよー」
「おはよう……マコト」
あいかわらずエルマーはクールに学術書を読んでいるな。
「カロルおはよう-」
「おはよう、マコト」
カロルもきちんと一時限目数学の教科書を出して予習している。
真面目真面目。
予鈴が鳴り、アンソニー先生が来てホームルームである。
週末に街に行くのは良いが、あまり羽目を外さないようにとの事。
了解了解、カロルとコリンナちゃんとランジェリーショップに行くだけだから大丈夫大丈夫。
授業が始まった。
数学、地理、国語、魔術理論の四コマであるな。
地理の時間、地図帳を開いて、世界地図を見る。
うーむ、前世の地図によく似ているし、違う部分も多いな。
アップルトン王国はフランスっぽいけど、形と大きさが違うし、隣のジーン皇国はドイツっぽいけど範囲がロシアに延びておる。
イギリスの所には島国があるが、アランド王国とか言って形が違う。
いつかはここ偽ヨーロッパで世界大戦とか起こるのかなあ。
この世界は魔法があるから色々と大変なんだよな。
大砲よりも危険な魔法があふれておるからなあ。
そして、蓬莱。
ああ蓬莱行きたい。
心の故郷、蓬莱、行ってお茶漬けが食べたいのです。
蓬莱の形もいびつであるね。
前世の日本をひねった感じの国土だよ。
いつか行く、絶対に行く。
船で半年とか掛かるけど、行ってやるのだ。
そんな事を考えながら座学を履修していくのである。
キンコーンカーンコン。
アンソニー先生の帰りのホームルームが終わると放課後である。
んー、半ドンは楽よね。
土曜日万歳。
「マコト、今から下着屋さん行くの?」
教科書を鞄にしまう私に、カロルが話しかけてきた。
「うんにゃ、明日~、今日は大神殿に行って、お勤めをはたさねば」
「たまには聖女らしいことをするのね、お祈りとか?」
「主に孤児院の子供と遊びます」
「なるほど、がんばって」
まあ、それだけじゃないけどね。
イルダさんに食堂のメニューを考えて貰って、諜報メイドの面接をする。
あとは教皇様に、破棄する穀物をただ同然で貰ってきて、ヒールかけたら貧民救済の炊き出しが安価にできますよと、教えるつもり。
今の教会の炊き出しは、品質の良くない穀物を安く買ってやってるのだけど、どうしても予算が限られるので小規模にしか出来なかったんだよね。
私のヒールを使えば、美味しい炊き出しを沢山配れると思う。
貧しい人も、お腹がいっぱいになれば勤労意欲も出て、スラムも雰囲気が少しは良くなるでしょう。
やっぱねえ、ご飯は大事よ。
ん、なんだよ、エルマー、なんで寄ってくる。
「マコトが……、神殿に行く前に、派閥のみんなでひよこ堂に行き……昼食をとろう」
「エルマーはひよこ堂すきだよね」
「ひよこ堂……というよりも、マヨコーン」
「さいですか」
みんなでパンを買って、公園で食べようか。
「昼食はそれでいいかな、カロル」
「ええ、良いわよ、ひよこ堂のパン好きだし」
丁度良くカーチス兄ちゃんが教室のドアから顔を出した。
後ろにコリンナちゃんとメリッサ嬢がくっついて来ているね。
メリッサ嬢は首尾良くB組に移動できたのかな?
「おう、マコト、昼飯を食べようぜ」
「そうだねい」
コイシちゃんとカトレア嬢が、なんだかそわそわしながら微妙に寄ってきた。
「あんたたちも来る?」
「いいのかみょんっ」
「同じ派閥だから-」
あ、カトレア嬢が世界が破滅したという感じの表情を浮かべた。
「カトレアさんも、まあ、将来は同じ派閥だろうから良いと思うよ、ね、カーチス」
「ああ、仲間はずれは可愛そうだ」
「あ、ありがとうっ!」
カトレア嬢の顔が太陽のように輝いた。
「ふふふ、マコトらしいわね」
カロルもにっこり笑った。
みんなで一緒に廊下を歩く。
派閥というよりも、仲良しクラブみたいな感じだけど、まあいいやね。
お友達は百人欲しいものだ。
私らの前方にエルザさんが立ち塞がった。
「カーチスさま」
「おう、エルザ、えーと、どうだ調子は」
「調子は問題ありません」
なんだろうかね、この熟年の仮面夫婦みたいな会話は。
「そういや、昨日のお昼はどうだったの」
私は小声でコイシちゃんに聞いた。
昨日のお昼は、エルザさんも一緒だったはずだ。
「き、気まずかったみょん」
「凄い目で睨まれてたぞ」
それでは美味しいランチも台無しだね。
でも、エルザさんは一緒には来てくれたのか。
「私たち、これからみんなでひよこ堂へ行くんですよ、エルザさんもどうですか?」
「えっ?」
カーチス兄ちゃんっ、渋い顔すんなっ。
エルザさんは、私ら一行の顔を見回した。
「パ、パン屋ですの? わ、私はそんな下賎な場所には……」
「ふふふ、怖いんですか?」
こういう人には挑発してやるに限るね、泥棒猫風味ににやりと笑ってやった。
エルザさんは顔をしかめた。
「私は何であろうと怖い物なぞありませんわっ、ご一緒させていただきますっ」
「はい、一緒に行きましょう」
私がにっこり笑うと、エルザさんは困惑の表情を浮かべた。
よしよし、エルザさんとも交流を深め、お友達になってやるぜー。
そう誓って階段を降りていく。
「マコトさま~」
おっと、ゆりゆり先輩も来た。
「ユリーシャ先輩、どうしました?」
「どうしたではありませんわ、派閥で昼食会ならば呼んでいただかないと」
「なんとなく派閥での昼食会になりました、ユリーシャ先輩もいかがですか」
「はい、マコトさまのご実家のひよこ堂に行くのは楽しみですわ」
これで聖女派閥が勢揃いだぜ。
結構人が増えてきたな。




