第53話 朝の女子寮食堂はとても忙しい
メイドさんたちの着替える音で目を覚ます。
んー、私も起きて食堂にいかねば。
カーテンを開ける、今日も良い天気っぽいね。
「おはようー」
「おはよう、マコト」
「おはよー、ねむーい」
マルゴットさんはいつも通り眠そうだな。
コリンナちゃんも起きて着替えはじめた。
さて、私も準備準備。
洗面所で顔を洗い、歯をみがく。
用を足した後、制服に着替える。
メイド組が出勤し、私たちも部屋の外に出て施錠。
「今日も生徒が増えそうだな」
「まだ増えるかな」
「下級貴族の寮生が全員食堂で朝ご飯を食べるようになる」
「まあ、食費を払ってるんだから、当然よね」
今までのガラガラが異常だったのだな。
ロッカールームに入ると、食堂スタッフさんがそろっていた。
「おはようございますっ、今日もがんばりましょうっ」
「「「「「おはようございますっ」」」」」
今日もスタッフさんたちは元気だな。
「では、昨日と同じに、上級貴族食はいつも通りに、下級貴族食はポリッジでおねがいします」
「「「「了解しました」」」」
さて、三角巾を付けエプロンをまとい、コリンナちゃんにも着せてあげる。
洗い物は昨晩終わらせたから、カウンター回りの清掃をしよう。
きゅっきゅと。
「土曜日だけど、いつもとちがうのかな」
「実家に帰る生徒さんが結構いるので、晩餐を取る人が減りますよ」
「了解しました」
あ、私も今日は男爵家泊まりだ、食堂をどうしよう。
メリサさんとコリンナちゃんに頼んで良い物かな。
メリサさんが寄ってきた。
「来週のお献立はどうしましょう」
「いつもはどうしてましたか?」
「イルダさんが考えてくれていました」
イルダさん、いないからなあ。
大神殿に聞きに行くかな?
「今日、大神殿に行くからイルダさんに聞いてみるよ」
「だめだったら、去年の春のレシピを使えばいい」
「おお、コリンナちゃん冴えてるね」
「ふふん」
コリンナちゃんがどや顔であるよ。
「ポリッジが煮えたよ、ちゃっちゃと食べとくれ」
「はーい、まかないは助かるね」
「今日のポリッジは?」
「甘いのを作ったよ、トッピングはナッツかい、蜂蜜かい?」
「ナッツ-」
「蜂蜜を掛けて」
エドラさんがよそってくれたポリッジをロッカールームで食べる。
あつあつ、あまあま、ナッツナッツ。
押し麦が口の中でほどけていく感じが良いね。
どうもケインはポッティンジャー公爵家で腐れた物を只で貰って持ち込んでいたようで、貯蔵焼けした押し麦も相当良い物だったらしい。
治療したら美味しくなるわけだよ。
「今日もおいしいねえ」
「蜂蜜がけも美味しい」
さあ、腹ごしらえもできたし、塩ポリッジも甘々ポリッジも煮えたので、女子寮食堂開店といきますかっ。
カウンター前の鎧戸を開けて、さあ、開店。
コリンナちゃんもカウンター脇の定位置についたぜ。
「マコトちゃーん、また来たよ、今日は塩をちょうだい」
「昨晩のステーキは衝撃でした、私は甘いのに蜂蜜ね」
「今日も一途に甘いのをください、甘々」
「はいはい、ただいま」
ナッツ先輩、塩味先輩、甘々先輩がやってきた。
今日はナッツ先輩が塩味、塩味先輩が蜂蜜だね。
「先輩方は何の部活をやってるんですか?」
「ラクロス部だよー、マコトちゃんも入らないかい-」
「考えておきますね」
ラクロス部かあ、体力と敏捷が上がるんだったね。
気の良い先輩がいるなら楽しいかもなあ。
そろそろ部活も考えないとなあ。
なんとなく、今は女子寮食堂厨房部にいる感じだけど。
「塩味もうーまーい」
「甘々もいいわねえ」
「甘々は正義」
ラクロス三勇士先輩は今日も平和だねい。
今日は早くから下級貴族食の生徒が集まってきた。
もう、この時間から並んでおる。
「食堂のポリッジが美味しいだなんてデマでしょう」
「ほんとうよ、金的令嬢がなんとかしてくれたらしいわ」
「さすが聖女候補ね」
いろいろな声が聞こえてくるなあ。
忙しくリクエストを聞いて盛り付け盛り付け。
む、コリンナちゃんに現金払いの生徒も多い。
なんだよう、上級貴族食の子は頼んだ物たべなさいよう、今日は白パンにソーセージエッグ、オムレツ、コーンスープに果物付きだよう。
「マコト、甘々ポリッジ増産だ、五十食」
「了解、エドラさん、甘々追加です、五十」
「あいよう、大人気だねえ、急いで煮るよ」
昨日ののんびり配膳が嘘のような忙しさであるよ。
難民キャンプの配膳係みたいなー。
盛り付け盛り付け、塩甘甘塩甘。
目が回るほど忙しいよう。
マルゴットさんが来たので、大銀貨千ドランクをコリンナちゃんに渡してリクエストを聞く。
「今日は二つとも塩でおねがいね」
「わかりました、ちょっと待ってね」
今日の塩味ポリッジの副食はハムエッグ。
二皿取って、ポリッジと共にカウンターへ。
「ありがとねん」
う、生徒を一人挟んで次はシャーリーさんかよ、ヒルダさんはおとなしく上級貴族食をたべなさいよ。
「甘い物を、蜂蜜入りで」
「五百ドランクとなります」
シャーリーさんはコリンナちゃんに五百ドランクを払った。
甘々、蜂蜜入りね。
意外にヒルダさんは甘い物好きか。
盛り付けて、蜂蜜をかけてカウンターに出す。
シャーリーさんが後ろをちらりと見た。
そっちには、腹ぺこドレス三勇士がいた。
「トークンを確認します」
「三人とも無いわ」
「では、現金で、五百ドランクとなります」
「三人とも上級貴族食は取ってるの、その朝ご飯の権利を下級貴族食に振り替えるわ」
「申し訳ありませんがそういう事はできません、現金で」
「どういう事なのっ! あなた私を舐めて……」
シャーリーさんがついっと腹ぺこドレス三勇士に近づいた。
「小職は昨晩聞きました、ヒルダさまが、『こんどあいつらが食事の場で騒ぐなら目に物見せてやる』とおっしゃっていられたのを、小職はお嬢様方がお静かになさることをおすすめします」
命令さんは下を向いて沈黙した。
「わ、わかったわ、五百ドランクね、ほら……」
シャーリーさんが、命令先輩がコリンナちゃんに投げつけようとした小銀貨五枚を、片手でもぎ取った。
「ヒルダさまは静かにとのご要望ですので」
「は、はい……」
シャーリーさんがコリンナちゃんにお金を渡すと、他の二人も素直にお金を払った。
「シャーリーさんありがとう」
「いえ」
ほんの少しシャーリーさんの唇が笑みのように持ち上がったのは、私の目の錯覚ではないよね。
「さてと、ポリッジは塩味と甘いのとがあります、どうしますか?」
「甘いのを」
「わたしもですわ」
「おなじくですわ」
「甘いのはナッツか蜂蜜がトッピングできます、どうします?」
「ナッツで」
「わたしもですわ」
「おなじくですわ」
命令さんが引きつれている二人のご令嬢は、オートマタかなんかなのかね。
主体性がなさすぎ。
甘々ポリッジを三つよそって、ナッツを上にかけた。
カウンターに出すが、ご令嬢は手をださない。
なんだ、新しい嫌がらせか、と思ったら、三人のメイドがやってきて、ポリッジをトレイにのせて上級貴族エリアへ運んでいった。
だったら最初からメイドさんをよこせよ、と思ったが、難癖をつけてただ食いをしたかったのかなあ。
呆れた目で命令さんを見ると、睨みかえされた。
「ふんっ、いきますわよ」
「はいっ」
「はいっ」
腹ぺこドレス三勇士は去っていった。
そういや、もめ事予防に舎監生が来るって言う話はどうしたんだ。
ざっと食堂を目で探すと、上級貴族エリアの窓際でエステル先輩が優雅に食事を取っていて、私の視線に気がつくと手を振った。
もっと厨房近くで朝ご飯をたべなさいよっ、とか思ったが、まあ居るだけましかと思い直した。
ペントハウスよりは近くにいるし。
「マコトー、コリンナー、おはよう」
ぱたぱたとカロルがやってきた。
やあ、今朝も可愛いねえ。
「おはよう、カロル、五百ドランクになります」
「はいっ、コリンナ」
カロルは小銀貨を五枚、コリンナちゃんに渡した。
「今日も塩?」
「塩をおねがいね」
塩ポリッジを鉢によそって、ハムエッグのお皿をつけてカウンターに出す。
トレイに乗せて、カロルが持ち上げた。
「今日はアンヌさんは?」
「お掃除があるからって同行を断られたわ」
さてはアンヌさん、カロルにポリッジをおごられるのを避けたな。
カロルはテーブルで楽しそうにポリッジを食べ始めた。
なんだなあ、下級貴族エリアのテーブルが塞がってしまったな。
もう、食べ終わったらぐずぐずしてないで、さっさと食堂をでてけよ、という感じだ。
「メリサさん、カウンターをお願いできますか?」
「は、はい」
「私は入場制限してきます」
「あ、なるほど」
列に並ばせて、ポリッジを持ったままテーブルが空くのを待たせるよりも、入り口でテーブルが空くまで制限したほうがいい。
「ただいま、混み合ってまいりましたので、入場制限をおこないます。誠に恐れ入りますが、ご協力をおねがいいたします。下級貴族食の方はお並び下さい、上級貴族食の方はお入り下さい」
「えー、待つのー?」
「申し訳ありません、テーブルの空きがございませんので、しばらくおまちください」
列が出来たのを見た、入り口近くのテーブルでお茶を飲んでいた生徒が慌てて立ち上がった。
「お客様は、何人でしょうか?」
「三人よ」
「あそこのテーブルをお使い下さい」
「わかったわ、ありがとう金的さん」
金的さんはやめろう。
しばらく列をさばいていると、やっと食堂の混雑が緩和された。
「ごちそうさま、今日も美味しかったわ、マコトがんばってね」
「またあとで、教室でね、カロル」
「うん、またね」
やれやれと落ち着いて時計を見ると八時半。
今日は混んでて疲れたなあ。
「おつかれさま、マコトさん、コリンナさん」
「今日は忙しかったね」
「まあ、だいたいこんな感じでお客さんは推移するだろうね」
「イルダさんが帰ってくるまで頑張ろう」
「いやあ、イルダさんが復帰しても、あんたたちは居てくれないかねえ」
「お二人がカウンター業務と会計業務をやってくれれば、私たちは調理に集中できますしね」
「まあ、その辺はイルダさんとご相談という事で」
朝と夜だけだから、食堂でバイトしても良いんだけどね。
「あ、あと、私、今日は男爵家に泊まるんだけど、夜はどうしよう」
「いってらっしゃい、土曜日はお客さんが少ないから、私がカウンターに入りますよ」
「わーい、メリサさん優しいなあ、ありがとう」
「安心して行ってこいマコト、あとは私が守る」
「コリンナちゃんも男前だなあ、ありがとう」
さて、三角巾とエプロンを外して、学園に行こう。




