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第52話 金的令嬢は毒蜘蛛令嬢と激突、しない

 ミニステーキが焼けたので、付け合わせのポテトを添えてカウンターに上げる。

 自害メイドのシャーリーさんがトレイに乗せて、ヒルダさんの待つテーブルへ運んだ。


 下級貴族エリアの一番前のテーブルでヒルダさんが優美に肉を切る。

 一口食べて、美味しそうに微笑む。

 なんというか、綺麗な人だ。


「美味しいわね、仕入れ業者のケインは、ポッティンジャー公爵家で廃棄された牛肉を持ち込んだのね」


 そうだったのか、公爵家の厨房で余ったので悪くなった牛肉か。

 そりゃ鮮度さえ戻せば美味しいわな。

 というか、肉の出所を知らなかったという事は、ヒルダさんは汚職に関わって無いのか?

 代用監獄のイルダさんをシャーリーさんが襲っていたけどな。


「はあ、おいしかったわ」


 そして、彼女は私たちを手招きした。


「もうアルバイトは終わりなのでしょう、お話を少ししましょうよ。マコトさま、コリンナさま」


 コリンナちゃんと顔を見あわす。

 どうしよう。

 まあ、おとなしいから良いか。


 私はスタッフ出入り口から食堂へ入り、コリンナちゃんと並んでヒルダさんの正面にすわった。

 シャーリーさんが私たちにお茶をだしてくれる。

 ぴっと私とコリンナちゃんのカップに光学分析魔法。

 特に毒は入ってないね。


「光魔法は便利ですわよね、食材は治療してしまうし、毒も見破るし」

「それほどではないですよ」


 しかし、なんでコリンナちゃんまで呼ぶんだろう。


「はじめまして、ヒルダ・マーラーですわ」

「マコト・キンボールです」

「コリンナ・ケーベロスよ」


 挨拶は大事だ、古事記にも書いてある。


 ヒルダさんはにこやかに私たち二人の顔を見る。


「あなたがコリンナさんなのですね、ずっと会いたかったの」

「は? なぜですか」

「私、報告書を読んで笑ってしまったの。現在B組の下級貴族の令嬢が、勉強をして卒業までに首席を取り、財務官僚になるって言ってるだなんて、おかしくって」

「くっ」


 コリンナちゃんが赤面して歯を食いしばった。

 なんだこいつっ……。


「不可能だと思ったわ、女性はこれまで財務局へ入れた事が無いのよ。なんと愚かな、なんと身の程しらずな、そう思ったんだけど……、いつの間にかね、私、嘲笑から、本気の笑いをもらしていてね。こんなに軽やかな笑いはずいぶん久しぶりだと思ったわ。無謀だし、財務局入りは奇跡でも起こらなければ無理だと思うわ、でも、コリンナさまなら、もしかしたらやってしまうかも知れない、そう思ったの」

「え?」

「凄いと思ったの、女性がそんな大望を描くなんて聞いた事が無いわ。そう思った時はもう遅かったわ、私、なんだかコリンナさまが気に入ってしまってね、今後どうなるか見てみたいと思ったの。私も応援しているからお勉強をがんばってね」

「は、はい」


 なんだこれは、ヒルダさんが、諜報の報告書を読んでいたら、いつの間にかコリンナファンになっておった、と、そういう事かな?


「財務局の試験に落ちたら、マーラー伯爵家にいらっしゃい、あなたのような優秀な女性文官は暗闘の家でも大歓迎よ」

「は、はあ」


 ヒルダさんはにっこり笑った。

 コリンナちゃんは会う人会う人に就職を進められるな。

 さすがコリンナちゃんだぜっ。

 さすコリ。


「マコトさんとは、そうね、日曜の夜までにはなんとかするわ。ちょっとまっててね」


 ぬ、何をするつもりだろう、作戦開始のGOサイン待ちなのか。


 でもまあ、思ったよりもヒルダさんが穏やかな人で良かった。

 もし敵対するとしても、気持ちよく戦えそうであるよ。


 部下の命を大事にする。

 敵陣の将でも気に入ったら褒める。

 それはなんだか大物の将の証だと私は思った。


「ではまたね、おやすみなさいませ」


 ふんわりと笑ってヒルダさんは席を立った。

 甘い花の香りだけが残った。


「ふーーー、なんだか複雑な人だな。とりあえず首を塩漬けにはされなさそうだ」

「そうだね、大物っぽい、ああいう人は敵でも好きだな」

「うむうむ。なんとなく苛烈な攻撃を仕掛けてきそうだが、嫌いにはなれない感じだね」


 とりあえず、厨房に入って、お皿を洗う。

 じゃぶじゃぶ。


 コリンナちゃんはアバカスそろばん片手に帳簿の検算ですな。


 ノックの音がして、メリサさんが出ると、アンヌさんが入ってきた。


「マコトさま、お嬢様が来ました」

「お?」

「お忘れでしたか、パンを作られるお約束です」

「あ、ああ、覚えてる覚えてる、いま呼びにいくところだったの、たすかったわアンヌさん」

「忘れてたな」


 ヒルダさんショックですっぽり忘れておりました。


 カロルが入ってきてコリンナちゃんの手を取った。

 なんぞ?


「コリンナ、マーラー家に行ってはいけないからね」

「いかないよ」

「財務局に入れなかったら、オルブライト家で面倒見るから、行っちゃだめよ」

「はいはい」


 ヒルダさんの勧誘でカロルが危機感を覚えたようだ。

 もてもてじゃのう、コリンナちゃん。


 さて、パンを作ろうかーっ。

 まずはカロルに三角巾とエプロンをつけてと。


「あ、ありがとうマコト」

「アンヌさんも参加する?」

「はい、よろしければ」


 アンヌさんはエプロンしてるから三角巾だけね。

 プリムは三角巾的な物のような気がするけど、範囲がちいさいからねえ。


「マコトさん、パンを作るのかい? 私も参加していいかい?」


 パティシエのメレーさんが寄ってきた。


「助かります、手伝ってください」

「パンが作れるとデザートに応用がきくからね」


 パティシエさんに協力して貰えるなら、菓子パンが焼けるなあ。

 まあ、後の話だけど。

 近日中にパン職人のクララも来るしね。


「では、上級食用の白パンを仕込みまーす」


 結構沢山焼くから、分担して作っていこう。


「まずは、ボールに小麦粉、お砂糖、ミルク、酵母、塩を入れて混ぜ合わせます」


 コリンナちゃんが羊皮紙にレシピを書き写しておる。


「分量は正確に秤で量って入れて下さい」

「錬金みたいだわ」

「ああ、カロルも似たような事をしていたわけね」


 錬金も料理も似たような物か。


「混ぜ合わせたら、お湯を加えてさらにまぜますー」

「分量と手順がわからなかったんだよね」


 メレーさんがつぶやく。

 分量とか手順とかは、お店の秘伝だからねえ。

 パン屋で働かないと解らない事が多いよね。


「まとまったら、台の上でこねます」


 どーん、こねこね、くるん、どーん、こねこね、くるん。


 ここの工程が結構力がいるんだ。


「こうかな?」

「カロルはもうちょっと力入れてね。メレーさんとアンヌさんはお上手です。コリンナちゃんは、もっと思いきりよく」

「わかった」


 みんなで、どーん、こねこね、くるん、とこねていった。


「バターを加えて、さらにこねますー」

「ち、力がいるわね」

「手がいたい」

「がんばってコリンナさま」


 よしよし、だんだん生地ができてきたぞ。


「ストーブの近くで、しばらく発酵させます」


 ボールにふきんをかけて、キッチンのストーブ(焼き物をする魔導コンロ)の近くへしばらく置くのだ。


「あとは、発酵させるだけだよ」

「結構力がいるのねー」

「白パンだからね、黒パンはもう少し簡単よ」

「パンを焼くのも大変なんだなあ」


 みんなで椅子に座っておしゃべりをする。

 パン生地がぽすんぽすんと呼吸する音が小さくきこえてくる。


 三十分たったら、生地の膨れ具合をみて、取り出すのだ。


「うわ、膨らんでるっ」

「凄いわね」


 台の上に取り出し、八等分して丸め、濡れふきんを掛けて休ませる。


 カロルも、コリンナちゃんも初めてにしては上手い上手い。

 

 八等分した生地を平たく伸ばしもう一度丸めるのだ。

 丸めた物をパン焼き釜の天板に乗せ、濡れふきんを掛けて、またストーブの近くで発酵させる。

 天板が新しいなあ、この釜、一度も火をいれてないのかな。


 また二倍ぐらいに膨らんだら、濡れふきんを取り、パン釜で焼く。

 十五分も焼くと、パンの焼ける良い匂いがしてくる。


「良い匂いだね」

「パンってこうやって作るのね」


 よし、焼き上がり。

 良い感じに焼けるパン釜だな、焼きむらも出てないし。


 最初に焼けたパンをみんなで分けて食べる。

 熱々のパンはパン職人でもないと食べられない物だぜ。

 ハンスが持ってきた半月堂のパンよりかは美味しいな。

 半月堂のはぎりぎり水準点という感じのパンだからね。


「あふっ、美味しい」

「これはいいね、私たちが作った奴も大丈夫そうだね」

「さあ、朝の分と、晩餐分の白パンを焼いてしまおう」

「「おー」」


 それからみんなでパンを焼きまくり、終わった頃は九時半を過ぎていた。

 やあ、ひさびさのパン作りで楽しかった。



「おつかれさまー、また明日ー」

「たのしかったよ、またー」

「おやすみなさい」


 おつかれさまー。

 メレーさんが勝手口から帰って、メリサさんが施錠チェック後、勝手口から帰った。

 食堂は灯りが落とされ、だあれもいない。


「さて、お風呂いくかー」

「いくかー」

「カロルもいこー」

「いえ、私は自分の部屋のお風呂に入るわ」

「なんだよー、つれないなあ」

「つれないなー」


 私らがブーブー言ってもカロルは動じない。

 くそう、鉄の女め。


「パン作り、楽しかったわ、また明日ね、マコト、コリンナ」

「失礼いたします」


 カロルとアンヌさんはエレベーター方面に去っていった。



 おっと、お風呂セットが205号室だわ。

 これからは、夕餉の仕事の前に、お風呂セットをロッカールームに置いておくべきだね。


 コリンナちゃんと一緒に205号室に行き、お風呂セットを持って地階へ。

 寝る前に入浴する人もいるのか、浴室には、まだ人がいた。


 服を脱いで、浴室に入り、体をざっと洗う。


「お、金的さんだ」

「美味しい夕食をありがとう、なむなむ」

「なむなむ」


 おーがーむーなー。


 湯船に入る。

 くあああ、しみるなあ。


「あ”~~~」

「マコトはあいかわらず、おっさんくさい」

「ほっといてくれたまえ」


 コリンナちゃんと二人してほかほかになった所で205号室へ帰還。

 パジャマに着替えてベットにあがる。


 今日もいろいろあったなあ。

 明日も良い日でありますように。


 枕を叩いて直し、私は寝た。


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― 新着の感想 ―
[良い点] メチャクチャちゃんとパンを作ってる……
[良い点] カロルさんのガードが相変わらず硬いです
[良い点] コリンナさん、確かに文官としては中々有能ですが、最早勢力に関係無く奪い合うほどにスカウトされていますかぁ
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