第51話 エステル先輩とはげしい賃金交渉をする
「なんだ、もめ事は終結したあとか」
「ご足労ありがとうございました、エステル先輩」
「いや、僕は舎監生だからね、大丈夫だよ」
騒ぎが静まってから、エステル先輩が食堂に入ってきた。
「晩餐だけでも、毎日、エステル先輩かユリーシャ先輩が食堂に来ていただくとありがたいのですが」
「……君は、容赦ってものがないね、コリンナ君」
「失礼しました」
コリンナちゃんは言いにくいことをはっきり言うなあ。
そこにしびれる憧れる。
「確かに下級貴族食が美味しくなると食堂も混むようになるね、ユリーシャと交代で食堂で食事をとろうか」
「今はペントハウスで取ってるんですか?」
「うん、調理メイドがいるのでね」
いいな、お金持ちだな、エステル先輩。
というか、この世界は、中世風味だから貴族でも貧富の差がすごいのよね。
あるところには信じられないほどあるし、無い所は庶民にも負けるという。
法衣貴族の下の方は王宮に雇われている庶民ではないのかねえ。
貴族と言ってもいろいろなんだよなあ。
「結局、その食いしん坊令嬢たちは、マーラー嬢が威圧して追っ払ってくれたんだね」
「そうなりますね」
エステル先輩は上級貴族エリアで優雅に食後のお茶を飲んでいるヒルダ先輩の方を見た。
「ヒルダ先輩は暴れるお方ではないのですか?」
「彼女はおとなしいよ、トラブルを起こした所を見たことが無い、いつもひっそりとしているね」
おとなしい悪の令嬢って怖いな。
計り知れない力量を内に秘めている感じがする。
「あまりにおとなしいので、去年、素行の悪い子爵令嬢の上級生がヒルダ嬢にからんだ事があってね」
「ふむ」
「彼女が穏やかに受け流して、その場はすんだのだけど、翌日、その子爵令嬢はドブにはまって発見されたよ、両手両足が砕かれていたと聞く」
「「こわっ」」
おっと、コリンナちゃんと声を合わせてしまった。
「それ以来、誰も彼女に話しかけないし、関わりを持とうともしない。ヒルダ嬢自体もあまり人に興味が無いようでね。静かではある」
うーむ、悪のぼっち姫かあ。
魅力的なキャラではあるんだが、敵だしなあ。
聖女様の持ち前の明るさで、悪のぼっち姫を浄化して、お友達に!
とか、絶対にありえねえし。
ゲームの方でも、たしか出てこなかったと思う。
あれだけ印象的なキャラが敵方で出てきたら、いくらなんでも覚えているよ。
なんで、ゲームの方で出てこないのだろうか。
ポッティンジャー公爵派閥の暗闘家だろうに。
二年になって来る予定の公爵家の一軍暗闘部隊とは、近衛と外様みたいな関係なのかな。
解せん。
「エステル先輩、お賃金をください」
「え、お賃金、そ、そうだね、コリンナ君、労働には対価が必要だね、うんうん、覚えてる覚えてるよ、もちろん」
エステル先輩は忘れておったな。
丁度良いので、労働しながら賃金交渉と行きますか。
「では、マコト君、コリンナ君二人とも、月給として三十万ドランクで雇おうではないか」
「「多すぎますっ!」」
「ええ、お賃金は高ければ高いほど嬉しい物じゃないのかい?」
「そんなに取ると食堂の経営が赤字転落します」
コリンナちゃんは懐からアバカスを出した。
本気だな。
「ええと、黒字赤字は経営者が考える事で」
「私は責任者なので」
「あ、そうだね」
コリンナちゃんがアバカスをパチパチと弾く。
「イルダさんのお月給が約五十万ドランクという所から単純に二で割ったのでしょうが」
「うんそうなんだよ、二十五万はキリが悪いから三十万ね」
「学生にそんなに払ってどうするんですか?」
「監督してるだけで、私は単なる雑用しかやってませんよ。一日中、料理しているイルダさんと同じにはなりませんよ」
「そ、そうなのかな」
エステル先輩の嫁ぐ領地は大丈夫か、こんなどんぶり勘定で。
「で、では、君たちはいくらぐらい欲しいのかな」
「こんな所ですかね」
コリンナちゃんは羊皮紙に書かれた見積書をエステル先輩に見せた。
いつのまに。
「じゅ、十三万ドランクって、月収安すぎないか? うちのメイドさんだってもっと貰っているよ」
「学生なんで」
「拘束時間も短いですし」
エステル先輩は天を仰いだ。
「君らは欲がないなあ」
「ただ、一つだけお願いがありまして」
「なんだい?」
「週末買い物に行くので、食材の治療魔法代の六万ドランクを先払いしてくれませんか、コリンナちゃんと分けるので」
「ああ、良いとも、支度金のような物だし、すぐに払うよ」
エステル先輩はメイドさんから財布を貰うと即金で払ってくれた。
うおお、大金貨六枚~。
「はい、コリンナちゃん」
「マコトが四、私が二」
「だめっ、折半」
「ぐぬぬ」
三万ドランクあれば、いっぱいブラが買えるだろう、ドロワースも買っておくかな。
なにせこの世界は布地の大量生産がまだなんで衣類が結構高い。
ここらへんはゲーム的な改変みたいな奴で、なんとかしてほしかったが、魔導紡績工場とかあると、派生技術で世界全体が変わっちゃうからなあ。
大量生産で、商人とか民衆とかが力を付けて、中級層が生まれると、何が起こるかというと、貴族層の地位の低下であるよ。
産業革命的な物が起こると土地からの税収でやっている封建制度がゆらぐのだな。
乙女のストレスをためないようにするゲームの強制設定も、世界全体を歪ませるのは避けたい模様だね。
「では、食堂の管理はたのんだよ」
「わかりました、イルダさんが帰ってくるまでがんばります」
「がんばります」
エステル先輩は微笑んで食堂を去って行く。
ただ歩いてるだけなのに、キラキラしてんなあ。
七時半前になった。
そろそろ晩餐時間の終わりだね。
食堂も人の姿が少なくなっていく。
というか、ヒルダさん、まだお茶を飲んでいるな。
そして、時計が七時半を指した。
「終了~。やあ、今日は忙しかったね。マコトさんも、コリンナさんもお疲れ」
「エドラさんもお疲れさま」
「お肉は余ったかな?」
「五枚ほど余ってるね、あの貴族令嬢も待ってれば食べれたのにねえ」
おろ、ヒルダさんがやってきたぞ。
「こんにちは、マコトさま、コリンナさま」
「あ、はい、どうも、マーラーさま」
「お肉が余っていたら、焼いてほしいのですけど」
「え、その、なんで?」
「美味しそうでしたので」
なんだろう、ラスボスにして腹ぺこキャラ?
「良いですよ、ミニステーキだけで良いですか、パンとサラダも付けますか?」
「ステーキだけでいいですよ、お代はいくらになりますか」
黒い服の小柄なメイドさんがお財布を差し出した。
「メインだけだと五百ドランクになります」
「おやすいのね」
コリンナちゃんに、ヒルダさんは小銀貨を五枚手渡した。
「焼けるまでちょっと待ってくださいね」
「はい、マコトさまにお伝えしたい事もありますから」
な、なんか思ってたキャラと違う。
くくく、お前の首をいただくぞとか言うキャラじゃ無いのか?
「ジョイアさん、ミニステーキを一皿おねがいします」
「はーい」
お伝えしたい事って何だろう。
せ、宣戦布告かな。
どきどき。
「マコトさま、うちのメイドのシャーリーを助けていただいてありがとうございました」
ヒルダさんは静かに頭をさげた。
「うえっ、その、あの、別に良いんですよ、行きがかり上でしたから、そんなお礼なんて」
「いいえ、シャーリーが死んだら悲しいですから」
ヒルダさんはそう言って目を伏せた。
え、暗闘貴族なんしょ、手駒の被害上等じゃないの。
部下を大切にする系の強敵?
「うちのメイドはメイドの館出身なので、すぐ自害してしまいますの、この子の姉のエマも敵に捕まって自害してしまって、命を大切にしないので本当に困るんですよ」
シャーリーと呼ばれた小柄な黒い服のメイドさんが軽く頭を下げた。
メイドの館ってなんだ?
メイドの里の競合施設か?
そこの出身の諜報メイドはすぐ自害しちゃうのか?
なんだか、訳がわからなくて頭がくらくらしてくるぞ。




