第50話 生まれ変わった下級貴族食の評判は上々
「ふむ、賠償として名月堂のパン職人を一年間無償で派遣か、なかなかだね」
コリンナちゃんがうんうんとうなずく。
「パン職人の派遣は嬉しいですね、コストが下がるし、焼きたてのパンを出せますし」
メリサさんも歓迎のようだね。
「あと、だまし取ったお金を返金してくれるそうだから、結構戻ってくるんじゃないかな」
「食堂の財務がどんどん改善されていく。半年ほど、みんなのお給料の心配はいらなくなるね」
「ありがたいことです」
ジョイアさんがロッカールームのテーブルへ、食事を並べはじめた。
「マコトさん、コリンナさん、晩餐の料理です、上級貴族食と下級貴族食の確認をおねがいします」
うっは、美味しそう。
「食べて良いの?」
「晩のまかないもかねてますよ、どうぞ」
しかし、一人に上級貴族食と下級貴族食の両方は多くないかい?
「下級貴族食は食費を払っているので食べます、だけど上級貴族食は味を見るだけなので二人で一食で良いよ、コリンナちゃんと分けるから」
「そうですね、明日からはそうしましょう」
今日は食えっていうことだなあ。
まあ、いただこう。
「メニューは、下級貴族食は牛のミニステーキと、黒パン、カップサラダね」
「はい、マコトさんが牛肉を治療してくれたので数が出せます」
「元のままだったら、どうしてたんだろう」
「肉の無いビーフシチューですね」
そんな物を食べなくて良かった。
「上級貴族食は、豚のソテー、鱒のワイン蒸し、コンソメスープ、シーザーサラダ、白パン、プリンとなってます」
「では、いただきます」
「女神さまに日々の糧を感謝します」
「いや、私を拝まないでよ、女神さまじゃねえし」
「似たようなものだよ」
違うぞ、コリンナちゃん。
さあ、食べよう食べよう、量が多いけど。
「あ、ミニステーキ美味しい、良い肉だったねえ」
「あの腐れ肉とは思えないね」
どうも、良い肉ほど腐り耐性が強いらしく、『ヒール』で鮮度を戻すと、凄く良い肉に戻るっぽい。
メインのおかずだけだと、上級貴族食に並ぶね。
黒パンも、まあなんとか食べられるぐらい。
カップサラダも良い感じ。
しかし、量が多い。
うっぷ。
黒パン白パンは持って帰ろう。
おかずだけをなんとかー。
なんとかー。
「量が多い、でも鱒が美味しい」
「豚のソテーも、オレンジソースが甘酸っぱくて美味しい」
「コンソメが体にしみるしみる、美味い」
とりあえず、パンをポケットに詰め込み、なんとか完食であるよ。
お茶が美味い。プリンも美味い。
「素晴らしい」
「これなら、下級貴族達も大満足でありましょうぞ」
「そうですか、良かったです」
半月堂の白パンは、品がちょっと落ちるなあ。
あとでハムとか挟んで夜食にしよう。
太りそうだが。
お腹がいっぱいになったので、お茶を飲みながらのんびり食休み。
「毎日この水準の晩餐が出るなら、あの下級貴族食の料金だと安いね」
「お得お得」
まんぞくまんぞく。
お腹がほどほどにこなれた所で、晩餐の時間が始まる。
朝ご飯と同じく、私はカウンター業務、コリンナちゃんがトークンの確認である。
「うわ、女子寮の食事で、ステーキとか、ありえない」
「どうせボサボサのお肉よ、期待してはだめっ」
ふっふっふ。
「おいしいっ! なにこのお肉っ!」
「えー、黄道亭? 黄道亭のステーキ?」
最初に晩餐を持って行った二年生が歓声をあげている。
いえーい、大好評。
「お、マコトさんだ、夕食もいた」
「今日の晩餐はなにかなあ」
「うお、ステーキ! すごーい」
お、ナッツ先輩に、塩味先輩、甘々先輩がきたぞ。
「今日は美味しいですよ」
「本当? たのしみだなあ」
「女子寮でステーキとは事件ですねえ」
「上級貴族食のデザートはプリンかあ、良いなあ」
甘々先輩はプリンがうらやましいのだな。
下級貴族食にはデザートがつかないからなあ。
先輩三人衆は夕食をトレイにのせてテーブルについた。
「「「うまーいっ」」」
うんうん、大絶賛だね。
やっぱり小さくてもビーフステーキはインパクトがあったようだ。
「ステーキステーキ、おいしいおいしい、ああ、食べるとなくなるー」
「あ、黒パンも食べられるぐらいになってる、美味しくないけど、普通普通」
「すごいわ、マコトさんが食堂に入ってから、奇跡が起きたわ、金的令嬢の奇跡よっ!」
「金的令嬢の奇跡!」
「「「おおおっ、金的令嬢の奇跡ーっ!!」」」
ヤメロ、金的いうなっ。
下級貴族エリアが大盛り上がりであるよ。
おろ、ドレスさんが三人、カウンターに来たぞ。
「下級貴族が上級貴族よりも良い物を食べるなんて何事なの」
「身の程をわきまえなさい」
「どういうつもりかしら」
うわ、モンスタークレイマーかよ。
ドレスのグレードから行くと、子爵、伯爵ぐらいのご令嬢かな。
「仕入れの関係で、良い物に見えているだけですよ。美味しい牛肉ですが、安いお肉です」
「それは私が判断するわ、下級貴族食を三人分、出しなさい」
コリンナちゃんの方を見ると、首を横に振っていた。
余分はなさそうだね。
「もうしわけありません、食数が限られておりますので、ご要望にはお応えできかねます」
「これは、命令よっ、今すぐ、料理を三人分、出しなさいっ!!」
「命令に従う理由がございませんのですが」
「お前は、平民でしょっ!! パン屋の娘のくせにっ!!」
桃色ドレスの人が金切り声を上げた。
ささっと護衛女騎士さんが近寄ってきた。
「どうかなされましたか?」
「この平民をつまみ出しなさいっ! 命令よっ!!」
「平民? キンボールさまは男爵令嬢でございますが」
「汚い平民あがりが、私にさからったのよっ!! 不敬罪で逮捕なさいっ!!」
「法律でそういう事はできかねます」
なんだろうなあ、この命令さんは。
夕食を受け取る人が渋滞するだろう。
「申し訳ありませんが、みなさんお腹を空かせておりますので、苦情はディナー時間が終わってからにしていただけないでしょうか。そのおりに、余剰がありましたらご相談にのれますし」
言外に、ディナー時間が終わって肉が余ってたら出してもいいよという感じを含ませる。
どうか、解れ、そして、カウンター前から出て行け。
「下級貴族なんか待たせておけばいいのよっ!! 今は私が命令しているのっ!! 今すぐ、私たちに料理を持ってきなさいっ!!」
ざわっと、下級貴族のご令嬢衆の気配に怒気が混じりはじめた。
「なんでしょう、あの令嬢、どこの家の馬鹿かしらね」
「そんなにステーキが食べたいのかしらね、卑しいわね」
「食堂に奇跡を起こしてくれたマコト様になんて事を」
上級貴族エリアの衝立の上に、ヘザー先輩が顔をひょっこり出して、上に向けて指さした。
吊せ?
いや、ちがうな、上にマルゴットさんをやって、エステル先輩か、ゆりゆり先輩を呼びにいった、という感じかな。
「下級貴族食は数に限りがございます、あなたさまがたにお譲りして、食事が出来ない方がいらっしゃられたら、申し訳ありませんのですよ」
「私に、この私に、我慢しろと、そう言うの、平民崩れがっ」
うわ、完全に命令さんはエキサイトしてしまった。
デコに青筋が浮いてるな。
「あなたさまは貴族なのですから、どうぞ我慢してください」
「なんですってーっ!!」
「立派な貴族というものは、下々の規範となり、飲まず食わずでもその品位を失わない者と教わっておりますが間違いだったでしょうか」
「ふざけないでーっ!!」
命令さんは手を振り上げた。
平手打ちか、まあ、それで気が済んで引き下がってくれるなら、いいかな。
ほれ、ばっちこい……。
上級貴族エリアから真っ黒な殺気のような物が流れ込んできた。
食堂にいる全員が恐怖で棒立ちになった。
なにこれ、怖い物がいる。
猛獣みたいな、魔物みたいな、悪夢の中の怪物みたいな。
そんなざりっとした感触。
「騒がしいわね」
黒い髪、黒い目、黒いドレス、血のように赤いコサージュ。
闇のように黒く、悪夢のように美しいご令嬢がこちらを見ていた。
彼女は近くに控えていた、小柄なメイドに手をふった。
黒い服のメイドがするすると近寄ってくる。
「ヒルダさまがご立腹です」
命令さんと仲間の二人が、一瞬で真っ青になった。
「ヒ、ヒルダさまっ、これは、その」
「下手な弁解でヒルダさまを煩わせる事はよろしくありません」
「は、はいっ」
「小職は、あなた方に今すぐ食堂を出られる事をおすすめいたします」
「わ、わかりましたっ!」
三人は、私に目もくれず、食堂から走り去った。
「お騒がせしました」
小柄なメイドさんが、優美に深くお辞儀をした。
この人、マルゴットさんに捕まって自害しようとしてた人だよね。
釈放されたのか。
そして、あの超美人がヒルダ・マーラー伯爵令嬢。
人呼んで毒蜘蛛令嬢。
ビビアン嬢よりも遙かにラスボス感があるなあ。




