第49話 調理場でバイトにいそしんでいると、名月堂がきおった
本日二本目の更新です。
48話からお読み下さい。
いつもはお風呂に入る夕方ではあるが、今日は食堂の厨房に入った。
ロッカールームに入ると、コリンナちゃんが書類仕事をしていた。
「イルダさんはちゃんと大神殿に入った?」
「入ったよ、ちょっと襲撃があったけど、リンダさんが出てきてぶっ飛ばした」
「問題無くてなにより」
コリンナちゃんはにっこり笑った。
「帳簿の方はどう?」
「ハンスとケインを切ったので、おおむね黒字だね。男子寮の仕入れ業者がこっちにも品物を卸してくれるそうだよ。安いのに品質も良く量も多い」
「なによりだね、これで大分下級貴族食も美味しくなるだろうね」
「パンも食堂で焼いた方が安くて美味そうだ。今晩仕込んで、土曜からかな?」
「そうそう、不味い黒パンも今日までだよ」
ハンスが持ち込んだ黒パンにもヒール掛けたんだけど、元々が安い黒パンなので、そんなには美味しくならなかった。
まあ、堅くなって酸っぱくなったものを食べるよりは、ずっとましになったんだけどね。
三角巾とエプロン装備で厨房に入る。
「こんにちわー、マコト、作業はいりまーす」
「おつかれさまです、マコトさま」
調理スタッフは夕食の準備に余念がない。
厨房には、バターや牛乳、スパイスやハーブの良い匂いが漂っている。
さて、昼食とカフェ営業の時の汚れ物を洗うかな。
じゃぶじゃぶ。
食器をじゃぶじゃぶ洗っていると、帳簿が終わったのか、コリンナちゃんも三角巾エプロン装備で厨房に入ってきて、私の隣で洗い物をやり始めた。
「コリンナちゃんは週末なにか予定ある?」
「勉強」
カロルもコリンナちゃんも間違っているっ!
私たちが知り合って初めての週末じゃんかっ、遊びにいこうぜっ!
「カロルと一緒に買い物に行く予定なんだー、コリンナちゃんもこいよー」
「何を買いにいくのよ」
「ブラ」
「おっぱいも金もないからパスだよ」
「そんなー、いこうよいこうよー」
「うるせえ、手を動かせ」
コリンナちゃんはつれないなあ。
「あ、そうだ、買い物のお金は厨房のお賃金を貰ってまかなおうではないか」
「ふむ、そういえば賃金契約をはっきり決めてなかったな」
「監督者と、厨房の下働きでいくらぐらいになるだろうか」
「帳簿で見たイルダさんのお給料を日割りして、下働きは時給五百ドランクで-」
「下働きは四時間ぐらいだから、二千ドランクかあ」
「監督者はイルダさんの半分とすると、一万ドランクぐらい? マコトは一万二千ドランクの日給かな」
スープをかき混ぜていたエドラさんがこっちを向いた。
「安いよ、マコトさんには食材を復活させた魔法代もあるんだし」
「あんなのは、ロハでいいじゃん」
「なに言ってんだい、だれがあんな奇跡みたいな事を起こせるっていうんだい?」
「仕入れ値の四分の一ぐらい付けるか、五万二千ドランクだな」
「貰いすぎだよ、半分コリンナちゃんの会計代へ」
「会計代はそんなにしないぞ」
メリサさんもこっちに向いた。
「気にしないで、もっと取っていいのよ、本当にお二人には助けて貰ってるし」
「だいたい下働きの時給が五百ドランクってのが安いよ、下町の食堂じゃあないんだから」
ソレーヌさんもこちらを向いた。
「まったく、あんた達は欲がないね、もっとどーんと日給十万とか請求しちまいなよ」
「えー、あんまり欲張ると、また壁新聞にすっぱぬかれるしー」
「一週間のアルバイトで父の月収を超えるのは、なんだか胸が切なくなるので困る」
「後でエステル先輩と相談しよう」
「そうだな、一日五千ドランクも貰えたら、私は大喜びだ」
「ほんとに、聖女さまとコリンナさまは良い子だよ」
そんなに褒めるなよう。
そして、料理をしろ、君たち。
カウンターから護衛女騎士さんが顔を出した。
「マコト・キンボール様はこちらにいらっしゃいますか?」
「はーい、私ですが」
護衛女騎士さんは、私の三角巾とエプロンを装備し手を泡だらけにしている姿を二度見した。
「キンボール男爵令嬢さま?」
「私が、厨房でアルバイト中のキンボール男爵令嬢さまよ」
まあ、この世界、ご令嬢は横の物も縦にしないほど怠惰だからねえ。
働くご令嬢が珍しいのでしょう。
「面会室にお客様がお見えです」
「約束は無いけど」
「パン屋の名月堂のご主人とおっしゃっていますよ」
なんだろう、名月堂の主人が何の用だ?
ハンスを叩き出したのを抗議に来たのかな。
「わかりました、お伺いします」
「おねがいします」
護衛女騎士は食堂から去って行った。
「なんだろう、時間は大丈夫かな?」
「マコトさんのメインの仕事はカウンター業務だから、あと一時間ぐらいは大丈夫だよ、早くいっといで」
「手短に済ませてくるね」
「名月堂がなんでしょうかね?」
「わからないなあ、とりあえず行ってくる」
「いってらっしゃい」
みんなに見送られて、三角巾とエプロンを外してロッカールームを出る。
ちなみに私用のロッカーを一つもらった、荷物入れ放題であるよ。
入り口の護衛女騎士の詰め所の隣に面会室はある。
父兄とかが女子寮の生徒と面会するための部屋だな。
ただ、学園の校舎の方にも面会室はあるので、女子寮の物はあんまり使われてない。
ドアをノックして入る。
「キンボールですが……」
そこには、品の良い中年の男性と、ハンスがいた。
「ああ、マコトちゃん、久しぶりだね、小さい頃会ったきりだから覚えて無いかな。ハーンだよ」
「ハーンおじさん? 名月堂のご主人だったんですか」
昔、パン屋ツンフトの宴会でやさしくして貰ったおじさんであった。
私と同い年の娘さんとの方が仲良くなったけどね。
「知らなかったのかい、まったくトマスのやつは」
トマスというのが、パン屋のお父ちゃんの名前だ。
ハーンさんについては同じパン屋で修行した同期としか知らなかった。
「それでご用の向きは?」
「あ、ごめんごめん、あんまり懐かしくて、つい本題を忘れてしまったよ」
ハーンおじさんは居住まいを正すと、頭を深く下げた。
「このたびは、名月堂の系列店がご迷惑をかけて、誠に申し訳ありませんでした」
おじさんが頭を下げると、ハンスの馬鹿も頭を下げた。
なんだ、謝罪に来てくれたのか。
「なんともパン屋として言い訳も出来ないぐらいの大失態です。深く陳謝し、再発防止に努めたいと思います」
「そうですか」
うーん、知り合いだけど、軽々にゆるすとは言えないなあ。
あれはパン屋のやることじゃないし。
「半月堂は廃業させて、主人と従業員は、パン工場の労働者からやりなおさせます」
「申し訳ありませんでした……」
ハンスも押し殺したように謝罪の言葉を口にした。
ふむ、問題のあった半月堂を廃業か、思い切ったね。
「だまし取っていたお金はすべて返金いたします。そして、これまで売り物にならない商品をお渡ししていたお詫びに、一年間、名月堂のパンを無償で必要数おろさせていただきます」
おー、さすがに謝罪が早いなあ。
さすが、王家ご用達の名店、危機回避が上手い。
名月堂のパンかあ、あれは美味しいからなあ。
謝罪を受け入れても損はない。
と、思わせるのが上手い。
本来だと、半月堂は潰れる上に、店主と従業員はちりぢりに追放されて当たり前なんだよね。
それを自発的に潰すと言い、パン工場へ編入させる事で彼らの生活を守ったわけだ。
その代償に、王家におろしているほどの名月堂のパンを無償で出す事で謝罪の誠意をみせた訳だね。
うーんどうするかな。
謝罪は素早く、すぱっとやるのがコツなんだよね。
こっちが図に乗って過剰な保証を要求すると、逆転させて攻撃もできる訳で。
上手い上手い、さすがさすが、名店だけの事はある。
まあ、矛の納め時かな?
「わかりました、名月堂さんの謝罪を受け入れます」
「ありがとうございます」
ハーンおじさんは満面の笑顔だ。
ハンスもほっとしたようだ。
とりあえず、立ったまま話すのもなんなので、面会室の椅子に私は座った。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
「あ、ありがとうございます……」
「この事は公にしますか?」
「はい、パン屋ツンフトに報告し、傘下のお店の犯罪ということで、名月堂が処罰をうけるつもりです」
「大物の伯爵家が今回の汚職の黒幕ですが、大丈夫ですか?」
「ええ、まず、王家に報告に行ってきました、担当部署が動いてくれるでしょう」
危機管理として完璧だねえ。
さすが名店。
いくら暗闘貴族のマーラー家でも王家が出てきたら引き下がるほかは無いよね。
貴族相手の商売というのは、パワーゲームであって、知らない伯爵家に借りを作ってはいけないのだな。
そこらへんイルダさんは脇が甘かったのだ。
「しかし、名月堂のパン、必要数一年分ですか、張り込みましたね」
名月堂のパンは素材から厳選されているから、お値段も馬鹿高いのだ。
食堂が払ったお金も返金するのだから、名月堂の負担はかなり大きいはずだ。
「一年間ぐらいの利益は吹き飛びますが、失った信用にくらべれば小さい物ですよ」
「うーん」
「なにか、ご不満でも? 時期を長くしますか?」
「ここの食堂、パン焼き釜あるんですよね、私が焼こうと思って酵母を持ってきてまして」
焼きたてか、名月堂か、うーん、焼きたてでも私のパンでは何段か落ちそうだなあ。
「マコトさんは、学園の生徒ですよね。小規模とはいえ宿舎のパンを毎日焼くのは大変ですよ」
だよなあ、パンを焼くのは良いけど、勉強がおざなりになるのは困るし。
毎日、沢山パンを焼くのは、結構大変な手間なのよね。
ハーンおじさんは、パンと手を叩いた。
「よし、こうしましょう、名月堂からパン職人を一人、女子寮食堂へ出向させましょう。そうすれば、こちらの負担も減りますし、マコトさんの手間もなくなりますよ」
お、それは良いね。
名月堂のパン一年分だと、謝罪にしては向こうの負担が大きすぎると思ってた所だよ。
それに、これなら、焼きたての上質のパンを生徒が食べられるしね。
「いいですね、でも、名月堂に女性のパン職人はいらっしゃいますか?」
「そうですね、名月堂からクララを一年間無償で出しましょう」
「ほうっ」
クララというのは、ハーンおじさんの娘さんだ。
彼女はパン職人をやっていたんだね。
ずいぶん会ってないけど、どんな娘さんになってるかな。
「クララもマコトさんの事を気にしてましたし」
「私もクララに会うのは楽しみですね」
「クララも外で修行する時期ですから、丁度良い」
名月堂との賠償交渉は締結した。
ハーンおじさんとがっちり握手を交わす。
契約書類は後ほど弁理士と一緒に取り交わすと決めた。
「また、名月堂に遊びにきてください、マコトさん」
「そうですね、遊びにいきますよ、ハーンおじさん」
ハーンおじさんはハンスを連れて帰っていった。
うーむ、謝罪の手際で人間の器量が解るなあ。
勉強になった。
よろしかったら、ブックマークとか、感想とか、評価とかをいただけたら嬉しいです。
励みになりますので。




