第4話 朝早く登校すると、違うイベントに巻き込まれるもので
ケビン第一王子との出会いイベントをかわすのは、そう難しい事では無いのだ。
「光の空へ祝福を」のゲームを始めて、最初のイベントがケビン第一王子との出会いなのである。
朝寝坊をした、マコト・キンボールが「遅刻遅刻~」と言いながら学園へ向かって走っていると、公務の関係でこれまた遅刻寸前のケビン第一王子と門の前でぶつかってしまう。
「ご、ごめんなさいっ、わたしってドジで……」
「き、君は、聖女候補の……」
イケメンの体の上で、オロオロしている主人公のスチルが出て完了。
みたいな。
これが、ヒカソラの初めての出会いイベントであるよ。
いや、まて、君たちの言いたいことはわかる。
このゲームをやった、すべての人が口をそろえてこう言う。
「昭和かっ!」
なんだか、シナリオライターの一人に、妙に昭和テイストのイベントを作る人がいて、時々脱力するのだが、まあ、そのダサい味わいも「ヒカソラ」の魅力の一つなのであるよ。
まあ、遅刻しなければ、ケビン第一王子との邂逅は無いので、家を早く出るのである。
「あら、マコトちゃん、もう出るの? まだ時間はあるわよ」
「早め行動が我が家の基本ですから、お養父様、お養母様」
「そうか、気を付けるんだよ、週末には帰っておいで」
「はい、行ってきますっ」
お養父様、お養母様に見送られて、男爵邸を出発する。
荷物の方は、寮に送ってあるので、わりと身軽でござる。
朝の王都の大通りを歩いていく。
早起きは気分がいいね、早めに学園に入って、入学式まで講堂で座っていよう。
大神殿の横を、顔見知りの尼さんとおはようの挨拶をして通り過ぎる。
十字路を右に折れて、実家のひよこ堂の前を通る。
「おっはよー、クリフ兄ちゃん」
「おー、マコト、見慣れない格好だな、お、そうか、今日から学園か」
「そうだよー」
「そうか、とうさん、かあさんっ!」
「どうした、おおおおお、マコトー! 制服かーっ!」
「まあ、よく似合ってるわよ、マコト」
私の制服姿をみて、両親が口々に褒めてくれるので、嬉しい。
「でしょー、でしょー、えへへへ」
「まだ、入学式には早いだろ、朝ご飯食べていくか?」
「いいよ、いいよ、お養父様の所で食べたから。入寮すませたら、また後で顔だすからさ」
「そうか、そうか、いやあ、マコトが男爵家に貰われて行くと聞いた時は、今生の別れかと思ったが、意外に、ちょこちょこ顔だすからなあ」
「毎日大神殿まで行ってたからねえ、ついでだよ。お兄ちゃん男爵家に聖女パン、四つ届けておいてね」
「おう、わかった、後で行ってくるよ」
実家のみんなに手を振って、学園へ向けて歩き出す。
ひよこ堂から学園までは、すぐそこなのだ。
学園の前で足を止める。
そうそう、ゲームでは、ここら辺で粗忽者の主人公は、ケビン第一王子と激突するのだ。
茶番感あふれる出会いイベントが終わると、カメラが空を写し、ずずっとパンダウン、途中真っ白な鳩が飛び、校門越しに特徴ある学園の建物が移り、そしてバーンと「光の空へ祝福を」のロゴが出る。
そして前奏がはじまり、ヒロインの声優さんが歌う主題歌とともに、ちょっとしたOPムービーが流れる。
あーーーーーー。
本当に、ヒカソラの世界に私は居るんだなあ、と、今更な事をしみじみ思った。
なんどオープニングを見たことか。
いや、まあ、一回見たらボタンを押して飛ばしてましたけどね。
さあ、学園の中に入ろう。
徒歩での登校の生徒も結構いる。
魔法学園は、上位貴族ばかりではなく、男爵以下の下級貴族も多いからね。
下級貴族は馬車持ってない家がほとんどだ。
お、よく背景にいる、ぐるぐるメガネのモブの女の子がいるなあ。
うっひゃっひゃ、意外と人気だったんだよ、君。
BLの漫画の背景にも、たまに描かれていたね。
メガネちゃんを描くようなヒカソラをやりこんでいる作者の漫画はやっぱり面白いので、BL漫画読みの中では良作の基準みたいになってたのさ。
モブメガネちゃんは、男爵家かな、騎士家かなあ、彼女とも知り合いたいなあ。
さて、講堂はどこかな。
人の流れは、あっちに向かっているけど。
……。
おやあ?
なぜ人が集まっておりますか?
なにか、不穏な感じ。
「どうして、お前のような不浄な淫売が、この学園にいるんですのっ!」
うお、人混みの中で、悪役令嬢ビビアン・ポッティンジャー様が、取り巻きの令嬢をつれて、誰かを怒鳴っておりますぞ。
真っ赤なドレスに、緋扇を手にして、ドリル赤髪を揺らして、大変お怒りの模様です。
デコに青筋がうかんでおるぞ、くわばらくわばら。
生ビビアンに関わっちゃなんねえ。
「どうしてと言われましても、入学試験に受かりましたから」
激怒しているビビアン嬢に対峙している小柄な娘さんは、静かにそう、答える。
「お前のような汚れた女が視界に入るのは不愉快ですわ、今から、退学なさいませっ!」
酷い言われようだなあ、相手は誰だろう。
くるんくるんの栗毛に、小柄な体格。
あれ、あの声は……。
「いやですよ。私にはここで学ぶ権利がありますから」
「お前には、この学園で学ぶ資格はありませんわっ! カロリーヌ・オルブライトッ! 純潔を失った、恥知らずの淫乱が、誇りある王立アップルトン学園で、何を学ぶというんですのっ!」
うおおお、我が親友(予定)のカロル嬢ではないですかー!
ちっちぇー、かわいーーっ、うはー、高ぶる高ぶるー。
生カロル、たまらんっ!
って、カロルが純潔を失った? 淫乱?
え、何それ?
知らんぞ、そんなエピソード。
ヒカソラというゲームの中で、カロル嬢の登場は多い。
彼女は、いわゆる乙女系恋愛シミュレーションでの親友ポジションで、攻略相手の好感度を教えてくれたり、王都のデートスポットを教えてくれたりする存在だ。
ちなみに教室の席が隣なので、カロル嬢から主人公へ声をかけて知り合うのだね。
彼女はオルブライト伯爵家の娘さんで、錬金の才能があるので、自作のポーションくれたりするよ。
RPGパートでは、パーティに人が足りないと、自動で参加してくれて、鎖のゴーレムと一緒に戦ってくれたりする。
ゲームでは、本当にお世話になるし、思いやりがあって、とても良い子なのだ。
ちなみに、ゲーム雑誌のヒカソラ人気投票では、女子なのに堂々の三位に入ってた。
そんな、古今東西のヒカソラファンにとって、実家のような雰囲気を感じさせる、癒やし系美少女のカロル嬢に非処女疑惑?
い、意外に遊んでいた子だったのかなあ。
幼い性の目覚めとかで、その、領地でロリコン庭師さんとですな、ゲフンゲフン。
くううっ、許すまじっ! ロリコン庭師っ!
領都の城壁につるせっ! カロルお嬢様の純潔を守れっ!
と、私が非実在ロリコン庭師を脳内で糾弾していると、ビビアン様が勝ち誇ったようににやりと笑った。
「知っていますのよ、六年前、お前は悪漢の手にさらわれて、乱暴されて純潔を失ったのよ。まったく汚らわしいですわ。そんな恥知らずな者と、同じ学園で勉強するだなんて、わたくしは我慢がなりませんのよっ!! カロリーヌ・オルブライトッ!!!」
カロルは黙って言葉を返さない。
肩が細かく揺れていた。
……。
悪漢かあ、いや、非実在ロリコン庭師の人、ごめーん。
しかし、そうかそうか。
ヒカソラの開発者インタビューで言ってた、没になったカロルの悲しい過去って、これなんだろうなあ。
ゲームの中のカロルは、かわいくて明るいんだけど、ふとたまに、寂しそうな、悲しそうな、透明感のある表情を見せることがあって、それもカロルの魅力の一つだったんだけど、そういう訳だったのね。
どんな理由であれ純潔を失ったというのは、この手の世界の貴族では致命的で、カロルの令嬢としての未来は、無い、と思って良い。
そんな評判が立ってしまったら、嫁には行けず、婿も来ない。
貴族は外聞と評判が第一だからさ。
結局、腫れ物として、出来損ないとして、カロルは貴族社会に扱われるようになる。
だからかあ。
だから、ゲームのイントロで平民上がりの男爵令嬢の主人公なんかに、親しく声をかけてくれたんだな。
主人公をカロルが助けてくれてたようにゲームでは見えてたけど、その実、カロルも主人公の存在で助かっていたのだろうね。
事実を知って、少し、私の胸はふんわりと温かくなった。
やっぱ、私、カロルの事が好きだわ。
「もう、この事実が知れ渡った以上、お前に声をかける者もいませんし、お友達になろうという人間もいませんわっ! お前はこの学園にいても無駄ですから、今すぐ退学届を出しなさいっ! これは命令よっ!」
あーあ、もう。
ビビアン様と関わると、男爵家も、実家パン屋もやばいんだって。
放って置くのが一番だよ、ゲームでもカロルは入学式の後、一年A組で笑って主人公に声をかけてきたわけだし。
きっと、このイベントは、彼女が自分でなんとかしたんだよ。
だからさ、馬鹿な事はやめるんだ、マコト・キンボール。
だが、我慢ができない。
私は一歩、騒ぎの中心に足をすすめた。
しょうがないさあ、私は元々馬鹿なんだしー。
かっとなってやってる途中だが、未来永劫、後悔はしない。
私は手をあげた。
「お友達になろうという、人間はここにいるわっ! キンボール男爵家の娘、マコトは、カロリーヌ様のお友達に立候補しますっ!!」
しん、と場が凍り付いた。
ビビアン様が、目をカッと見開いて私を見た。
カロルが、口をぽかんと開けて、こちらを見る。
「あれって、もしかして……」
「平民上がりの聖女候補の……」
「す、すげえ、さすがは聖女候補、なんてえ肝っ玉だ……」
ざわざわと群衆が声を上げ始める。
ビビアン様の顔が真っ赤になり、般若のごとくゆがんだ。
「お前が、お父様の言っていた、無礼なパン屋の娘ねーっ!!!!!」
悪役令嬢の絶叫が、学園の講堂前広場に鳴り響いたのであった。




