第489話 祈祷とアラクネ糸の発見と
私はマーラー中央教会の聖堂内に入った。
おお、ステンドグラスが綺麗だな。
お! 女神像がサロモン師の作ではありませんか、ありがたいありがたい。
サロモン師というのは、今から三百年ぐらい前に活躍した彫刻師で各地に女神像、勇者像、聖女像を作った巨匠の一人だ。
華麗で写実的なレオニダ師とは違って、朴訥でディフォルメされた像を作るお方だね。
前世で言うと円空仏だろうかな。
タッチは違うのだけど、似た匂いがする。
中央教会の女神様は、なんだかちょっとユーモラスで、暖かい感じがする。
私は手を合わせ、女神さまに祈った。
――マーラー領の皆さんが健康で幸せに暮らせますように。
さて、祈祷台に立って、私は信者席に向かって立つ。
うちの派閥員だけでなく、近隣住人もぞくぞくと集まってきたね。
備え付けの経典を開いた。
では、苦難の時代を勇者聖女が乗り越えていくブロックを祈祷しようかな。
話が派手なので盛り上がるのよねこれ。
「女神は勇者と聖女をお産みになられた、かの存在は光の御子であり人々の希望であった」
まあ、魔界から魔物を呼んでしまったせいで世界中にダンジョンが生まれ、大悪魔、大魔獣、大古竜が相争う暗黒時代が現れたわけさ。
百年に一回ずつ生まれる、勇者と聖女の光の御子が、それを一つずつ解決していくわけ。
もうこの時代になると山に大悪魔とか、大魔獣とかは居なくなるのだけど、そのころはそれぞれの山の主が居たらしい。
勇者と聖女の仕事は近所の魔物の掃討なわけね。
そして、対となる魔王との戦いをして、倒したり倒されたりするわけさ。
十代ぐらい、千年にわたる攻防で、人間界は魔物たちから土地を解放して現在に至るわけ。
たまに強い魔王が出て総本山を狙われたりするけどね。
私の対の魔王は何をやっているのかね。
魔国には魔王学院とかあんのかな。
攻めてきたら全力で戦うが、まあ、こちらから攻めに行くことは無い。
魔王領は北の果ての偽ロシアなんで、取ってもあまりうま味が無いのよね。
十代の勇者と聖女さまの逸話を語って、祈祷はおしまいである。
みんなの顔を見ると、良い感じにジンと来てるみたいね。
うむうむ。
みなが万雷の拍手をしてくれた。
わりと拍手されるのは好き。
「ありがとうございます、聖女さま、なんとも素晴らしいご祈祷で感激を隠す事ができませぬ」
おじいちゃん司祭のシメオンさんが泣きながらそう言った。
泣かれてもなあ。
たん。
と、足下に上から何か降ってきた。
なんぞ?
皮のフォルダーみたいなもんだな。
また、ビアンカさまの悪戯か?
ではないな、表に『ヒルダへ』と書いてある。
「ヒルダさん、なんか来た」
「来たって、なんですの?」
「どうやら、女神像の手元から落ちたようですな」
ヒルダさんにフォルダーを渡した。
彼女は紐を解いて中を見る。
中には白い細い糸が輪になって入っていた。
「ア、アラクネ糸……」
「なんですと、糸武闘の最高の糸、アラクネ糸ですかっ!!」
なんか、糸戦闘に使う凄い糸らしい。
「行方不明になっていた、お爺さまのメイン武器ですわ。こんな所に隠されていたのですね」
「何かの仕掛けでヒルダさんを感知して落としたのね」
そうなのか、カロル。
魔導具みたいな感じかな。
ヒルダさんは糸の入ったフォルダを胸に抱いて目を閉じている。
「凄いの?」
「クレールはそれでアイアンゴーレムを両断してたよ」
学園長が先々代マーラー当主のエピソードを教えてくれた。
なんでも叩っ切る糸かあ。
それは凄い。
「ありがとうございます、領袖。お爺さまが死んだ時行方不明になって、父が探し回ってましたの。こんな所に隠してあったなんて」
ああ、グスタフ父ちゃんは頭がおかしいらしかったから危険な糸を受け継がせたくなかったんだな。
なんで今出てきたのかな?
これぐらいの時期にヒルダさんが当主になると分析していたのかもね。
「私はなんにも、ヒルダさんのお爺ちゃんが仕掛けをしてたのでしょう」
「領袖が入らなければ、領の教会にはなかなか入りませんわ」
わりと貴族の子は日曜礼拝さぼる人が多いからね。
この時期に見つかって良かったな。
しかし、武具とか色んな所で見つかるもんだな。
ゲームの隠し要素、ってわけじゃないだろうし。
ヒルダさんゲームだと出てこないしね。
シメオン司祭さまに惜しまれながら、教会を後にする。
さてさて、良い時間だな。
学園に向かって帰ろう。
「楽しかったわね、マーラー領」
カロルが朗らかにそう言った。
「せっかくだから泊まり込みで観光したい」
「飛空艇に泊まるって手もあるね、コリンナちゃん」
「四等船室で泊まりたい」
「私も、ラウンジのソファーでも良い」
「マコトはスイートでしょう」
「スイートだろう」
「えーー」
あんな豪華な部屋は嫌だよう。
「マコトさまは慎ましくていらっしゃいますわね」
「貧乏性なだけよメリッサさん」
「まあ、そんな事はありませんわよ」
「そうですわ、お洒落センスがただ者ではありませんのよ」
マリリンにも褒められた。
そうかなあ?
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