第48話 黒塗りの高級馬車に追突とかしてはいけない
四頭立ての黒塗り高級馬車は学園の門を後にした。
ガラガラガラ。
さすがファリノス侯爵家の高級馬車、揺れも騒音も少ないぜ。
内装も豪華豪華、赤いビロード張りの座席の手触りが良いぜ。
シャンパンバケツも完備してるけど、当然、シャンパンも氷も入ってない。
「もう、キョロキョロしないの、子供なのマコトは」
「いやあ、高級馬車に乗るの珍しいから」
ふふふと、イルダさんに笑われてしまった。
恥ずかしい。
おろ、馬車の速度が落ちた、まだ大神殿には着いてないはずだけど。
「キンボール様っ」
「どうしたの?」
御者さんが呼ぶので、ドアを開けて顔を出す。
馬車の前方を塞ぐように三人の黒騎士がいた。
甲冑完備で揃いの黒馬に乗っておる。
「この馬車に、イルダという料理人が乗っているだろう、そいつを渡してもらおうか」
「いやだけど」
「……女児よ、すまないが力尽くでも連れ去れという命令だ」
「マーラー伯爵の命令を、なんで私が聞かねばならんのだ」
伯爵の名前を出したとたん、甲冑騎士達が動揺した。
眉庇の向こうの目が泳ぐ。
「抜剣っ!!」
先頭の騎士がそう叫ぶと、そろった動きで三人は抜剣した。
ジャリジャリジャリジャリ。
馬車の横にチェーン君が立ち上がる。
私は、いつの間にかアンヌさんに抱きしめられていた。
「危のうございます、マコトさま」
「へーきへーき」
「突貫っ!!」
「うあらあああっ!!」
いきなり、馬車の前に白銀の鎧の女騎士が現れ、大剣一閃の元に黒馬をたたき切った。
乗っていた騎士は後ろに吹き飛ばされ転がる。
「ぬっ! 貴様は大神殿の……」
「ああああぁあああっ!!」
リンダさんは、次の黒馬さんをもの凄い速度でたたき切った。
乗っている騎士は転げ落ちる。
「なっ、問答無用とは……」
「りえええええぇいっ!!」
うわ、次は黒騎士の甲冑を着けた足ごと、黒馬をたたき切りおった。
切り飛ばされた足が、ゴンゴンゴンと石畳に回りながら転がった。
「うぐあああああっ!!」
落馬した黒騎士が悲鳴を上げ血しぶきをふりまいて路上を転げ回る。
「大神殿近くで聖女さまを襲うとは、おまえら聖堂騎士をなめてんな」
落馬した騎士二人も、どこからか現れた聖堂騎士団五十人ほどから槍を突きつけられて動きを止めた。
「まあまあ、リンダさん、そこらへんで」
まったく、リンダさんが出てくると血生臭くていけないよ。
私は歩いて黒騎士の切断された足を拾った。
意外に重い、そして血生臭い。
路上でうがうがと暴れ苦しんでいる黒騎士の元へ向かう。
「押さえつけて」
「ええっ、治してやるんですかあ? 聖女さまは優しすぎます、問答無用で首にして、マーラーのタウンハウスに投げ込んでやればいいんですよ」
「サイラスさん、押さえつけて」
「よろこんでーっ!」
前世の飲み屋の店員かあんたは。
冒険者ギルドで会ったサイラスさんは、いそいそと黒騎士を押さえつけた。
「サイラス、貴様、何時聖女さまに名前を覚えてもらったあっ!」
「すこし冒険者ギルドでお声をいただきましてね、へへっ」
「サイラスのくせになまいきなああっ!」
「だまれ、あんたら」
黒騎士の足の切断面をくっつけてハイヒールを掛けた。
青い光が切断面を包むと、白い骨が繋がり、次の瞬間には傷は無かった。
うん、意外に簡単にくっついたな。
「足が折れちゃうから、しばらく激しい動きはすんなよ」
「……くっ、かたじけない」
「そこの二人、隊長かな? を持って、とっとと帰れ」
「よろしいんですか?」
サイラスさんが聞いてきた。
「捕まえて尋問してもたいした事は出てこないだろうし、めんどうだよ」
「聖女の御心のままに」
私は隊長(推定)の前に立った。
「一つだけマーラー伯爵に伝言を頼まれてくれないかな。一度目は間違いの可能性があるからゆるしてあげる、だが、次にやったら聖戦をタウンハウスにかけるからね、って」
「聖戦!」
「「聖戦!!」」
「「「聖戦!! 聖戦!! 聖戦!!」」」
うるせえよっ!
飲み会での一気コールみたいに聖戦コールすんなっ、馬鹿聖騎士どもめ。
「このように、聖堂騎士はみんな頭がいかれてんだ、暗闘屋の騎士じゃ勝てねえぞ、こっちは本物の狂信者だからな」
隊長の目におびえが走った。
彼は小さくうなずくと、二人の黒騎士の肩を借り去っていった。
「いやあ、聖女さまの危機を救えて嬉しく思いますよ、これも女神さまのお導きですな」
リンダさんが満面の笑顔でそういった。
というか、あんたは血だるまで普通に怖い。
「危機ねえ」
たしかに、チェーン君、アンヌさん、カロルと私だと、苦戦してたかもね。
というか、大神殿近くで聖女候補を襲うとか、マーラー伯爵はひょっとすると、すごい馬鹿じゃないのか?
黒馬さんたちも重傷だったけど生きてはいたので、ハイヒールを掛けて治してから放してやった。
軍馬なんだから、タウンハウスか、どっかに帰るだろう。
黒塗りの高級馬車は、聖堂騎士団に守られながら、大神殿へと入った。
神殿の入り口で馬車を降りると、にこにこ顔の教皇様がお出迎えであるよ。
「やあ、マコト、良く来たね。今日はどうしたんだい」
「大神殿でかくまって欲しい人を連れてきました」
「そうかい、マコトが言うなら大事な事なんだね、良いとも、大神殿の全力を挙げて、その人を守ろうじゃないか」
「ありがとうございます、教皇様」
なんというか、教皇様は私に甘すぎないだろうかね。
「そちらが、護衛対象者さんかね」
「はい、料理人のイルダさんです、悪い貴族に狙われていますので、しばらくおねがいします」
「教皇さまのご尊顔を拝しまして光栄しごくでございます。イルダと申します」
「お楽にしてください、イルダさん、ここは女神の家、あなたの家でもあるのです」
「ありがたいお言葉、痛み入ります」
「大神殿では休暇のつもりでゆっくりしてくださいね」
「はい、聖女さまにもご迷惑をおかけしまして、何から何までありがとうございます」
「いいのいいの、では、私はこれで。事件が片づいたら迎えにきますよ」
「はい、ありがとうございました」
私はリンダさんに近寄った。
「イルダさんをお願いね」
「お願いされては張り切りざるをえませんね、あと、ちんけな商売人が家族でやってきましたが」
「ケインも来ましたか、あれも証人の一人なので保護をおねがいします」
「つつしんでお受けいたします、聖女さま」
リンダさんは優美にお辞儀をした。
こうして見るとちゃんとした聖騎士で、中身がバーサーカーには見えないんだよなあ。
「あ、あと、諜報系のメイドさんが欲しいのだけど、大神殿に誰かいるかな?」
「女子寮に入れますか」
「そうしてくれると助かるよ、よその人の諜報メイドさんを毎回借りるのも悪いしね」
「かしこまりました、腕利きを用意します、人数はいかほど?」
「一人でいいよ、明日また来るからその時に面接しましょう」
「お待ちしておりますね」
さあ、大神殿での用事はすんだ、帰ろう帰ろう。
「マコト、明日は午後からくるのだね」
帰ろうと思ったら、教皇さまに呼び止められた。
「はい、午前中の授業が終わったら来ますよ」
「なかなかマコトが来ないので、孤児院の子供達が寂しがっていけないよ、明日はたっぷり遊んであげなさい」
「はい、教皇さま」
教皇さまと枢機卿さま方にご挨拶をして、私たちは馬車へと向かう。
「さ、カロル、学園に帰ろう」
「うん、帰ろうっ」
私たちは黒塗りの高級馬車に乗り、ひよこ堂前で降りた。
大神殿とひよこ堂と学園は近所なのだ。
「なんで、降りるの?」
「パン焼き用の酵母を貰っていくのだ」
「ああ、なるほど」
私たちは、ひよこ堂へ入った。
四時頃だから、ほどほどの客の入りだね。
パンは結構売り切れていた。
「兄ちゃん、酵母くれ」
「何だ、藪から棒に、あ、オルブライト様、こんにちわ」
「カロルで良いですよ、お兄さん」
「め、めっそうもない」
クリフ兄ちゃんは目のまえで手のひらをぶんぶん振った。
兄ちゃんは小市民だからなあ。
「で、酵母なんかどうするんだ」
「女子寮の厨房にパン焼き釜があったから、パンを焼くの、ひよこ堂二号店だよ」
「ああ、そういう事か、ちょっと待ってろ」
兄ちゃんは小ぶりの壺に酵母を入れて持ってきてくれた。
「そいじゃあまたなあ、兄ちゃん」
「おう、週末は帰ってくるのか?」
「帰るけど、キンボール家に帰るよ」
「そうかそうか、男爵様によろしくな」
「あいよ」
アンヌさんが帰りがけに食パンを買っていた。
この人も、いつのまにか気配が消えていて、ふと気づくと出てくるな。
諜報メイドの術だろうか。
学校までの道をカロルと一緒にぶらぶらと歩く。
夕方の王都の匂いは好き。
晩ご飯の匂い、夜になる前の風の匂い、花が腐っていく甘い匂い。
やがて、学校の門が見えてくる。
門をくぐり、運動場を右手に見ながら並木道を行く。
しばらく行くと女子寮が見えてくる。
「カロルは週末はどうするの?」
「ん? 錬金だよ」
なんという働き者かっ。
いかん、いかんぞっ、今週末は、カロルと私が友達になってから初めて迎える週末。
遊びにいかなくてどうする。
「えー、一緒に遊びに行こうよっ、せっかくの週末だよっ」
「そうねえ、どこへ行くの?」
「私たちも高等生になったのだから、ブラを買いに行こうよっ!」
カロルは自分のチッパイを手で押さえた。
「ブラジャー? 必要を感じないんですけどっ」
「いるよっ! 私たちは高等生なんだよっ」
「でも、出てないしっ」
「出て無くてもいるんだよっ、高等生だからっ、あ、コリンナちゃんも誘おうっ、あの子もノーブラだっ」
「なんで……、コリンナのブラジャー事情をマコトが知ってるの?」
「同室だからっ、毎朝見えるんだよ」
「……コリンナまで、マコトの視姦の餌食に……」
「視姦いうなしっ!」
「あっ……、そうね、ブラジャーをすれば、マコトの執拗でいやらしい視線からおっぱいを守れるわ」
「え……、あ……」
「じゃあ、週末は一緒にブラジャーを買いに行きましょうっ」
「あ、や、やっぱ、その、えーっ」
「必要だしっ、私たち、もう高等生だからっ」
えー、私の生きがいがっ!
なんでこうなるのーっ!!
しまったーっ!!




