第47話 あいかわらず午後はやることが無くて辛い
女子寮食堂の仕入れの立ち会いも終わり、205号室に寄ってカーチスに借りた上着を取ってから、校舎に戻ってまいりました。
廊下でカーチス兄ちゃんたちを見つけたので声をかける。
「おーいカーチス」
「おうマコト、食堂の方は終わったのか」
「おわったよ、それよりこれ、昨日はありがとう助かった」
私は借りていたカーチス兄ちゃんの上着を返した。
「洗濯してくれたのか、ありがとうな」
「そんな、あの時は助かったから、当然の事だよ」
あの時の事を思い出したのか、赤面してカーチスは目をそらした。
な、なんだよう、私の裸とか思い出してるのかよ。
今にして思えば、こっぱずかしいな。
カーチスがおずおずと私の頭に手を置いた。
ななな、なんだよう、カーチスのくせに、わ、私にチャラ男ムーブを仕掛けるつもりかあっ。
「悩まなくていいぞ、マコト、体は大きくなるからな」
「悩んでねえよっ」
くそ、心配して損した。
さて、皆さんは魔術の授業、私はクレイトン親子に実験される時間でございます。
エルマーと一緒に魔術実験室に行くと、ご機嫌のジョンおじさんとご対面である。
「やあ、わが聖女派閥は順調に勢力を伸ばしているようだね、アップルビー公爵家を落とすとは、お手柄ですぞ、領袖さま」
「父は……、浮かれているのだ」
「クレイトン家は派閥抗争なぞしない家でね、貴族同士で角突き合うよりも研究だという家系だったのさ、だが、自分が闘争の中に入ると、どうだろう、なんとも心躍る楽しい物でね、我が派閥の成長にわくわくするよ」
「あまり、はまり込まないでくださいよ、ジョンおじさん」
「わかってるわかっているさ、時に黄金週間に派閥立ち上げ記念のパーティを開きたいのだが、領袖さまのご都合はいかがかな?」
「や、やんなきゃだめですか?」
「是非やるべきだね、いやあ楽しみだ」
うっはー、パーティとか聞いてないよ。
ドレスとかどうしよう。
あ、そうか、聖女派閥の立ち上げだから、聖女服を着ればいいんだ。
聖女服なら大神殿新年のご挨拶用の綺麗な奴があるぜ。
よしよし、問題なし。
そんなこんなで今日も光魔法の実験の始まりですよ。
『ヒール』が時空間魔法なのは黙ってましょうね。
マッドが付く魔導科学者に知れると、どんな実験をやらされるか解らないから。
とりあえず、今日も測定器を付けられて、『ライト』撃ったり、障壁を作ったりであるよ。
良く飽きないな二人とも。
まあ、こういう人たちがいたから魔法は発展してきたわけで。
もうちょっと協力してあげようか。
またもや、覚えている光魔法を全部網羅する勢いで実験したぜ。
エリアヒールなんか初めて使ったよ。
魔力も結構使って、疲れた。
「今日も……、また、光魔法の真実に一歩近づいた」
「そうだねえ、調べれば調べるほど疑問がでてくるね。光魔法は不思議だ」
「はいはい、明日は土曜日だから、次は月曜日ですか?」
「そうだね、楽しみにしているよ」
というか、午後はパンでも焼いてた方が有意義な気がするなあ。
あーもう、みんなと魔術を習いたい。
ジョンおじさんと別れ、エルマーと一緒にA組に向かう。
「すまないね……、僕らの興味の為に時間を使わせて」
「気にすんなエルマー、魔導科学の発展の為だから我慢するよ」
「マコトは偉い……」
さて、A組でホームルーム、アンソニー先生の注意事項を聞いたあと、起立礼。
「放課後ね、マコト」
「そうだねえ、カロル」
「イルダさんを移送する為に、エステル様に話を通しましょう」
「探そう」
いきなり視界にアンヌさんが現れて、頭を下げてきた。
ニンジャ、ニンジャなのっ?
アイエエエ。
「エステル様は、この時間ですと演劇部部室へ移動中でございます」
「アンヌありがとう、行きましょう、階段で捕まえられるわ」
私はなぜ、アンヌさんがエステル先輩の動向を知ってるのかも気になるのだが。
走って階段まで行きたい所なのだが、ご令嬢は走らない、急がない、汗もかかないものであるよ。
階段まで行ったところ、丁度エステル先輩が降りてくる所だった。
「やあ、子猫ちゃんたち、どうしたんだい?」
エステル先輩も、たいがい宝塚ですね。
雰囲気がキラキラしておる。
「一連の汚職の黒幕が解りました、つきましてはイルダさんを大神殿でかくまいたいのですが」
「ほうっ、ヘザー君よりも早いとは、すばらしいね、所で誰なんだい、その汚職貴族は」
「グスタフ・マーラー伯爵だそうです」
「それは、また、大物だねえ、毒蜘蛛マーラーが汚職とはねえ、にわかには信じられないが」
「仕入れ業者が吐きましたよ、万が一があってはいけないので、イルダさんを安全な所に隠しましょう」
「それもそうだね、舎監生権限で許可しよう、大神殿なら安心だ」
エステル先輩と一緒に、私たちは護衛女騎士の詰め所を目指した。
「先輩は部活に行く所じゃないんですか?」
「寮の仕事優先だよ、僕は舎監生だからね」
女子寮に入り、護衛女騎士の詰め所へ。
「エステルさま、何かご用ですか」
「シーナ、今日も綺麗だね。イルダさんに会いたいのだ……」
ドッカーン!
轟音と共に、ドアを突き破って、小柄なメイドさんが廊下に吹き飛ばされてきた。
「くっ」
黒いメイド服、白いプリム、両手にナイフを構えて、小柄なメイドさんは立ち上がる。
奥からぶらぶらと気楽な感じにマルゴットさんが現れた。
「なにしてんのマルゴットさん」
「護衛対象を殺しに来た襲撃者を撃退中よ、マコト」
マルゴットさんが手に持っているのは洗濯ロープだろうか。
「逃がさないわよ」
マルゴットさんの手から、洗濯ロープがまるで蛇のようにシュルシュルと繰り出されて、小柄メイドの足に絡みついた。
「くそっ!」
逃げられない、と思ったのか、小柄メイドはエプロンのポケットから小瓶を出して、中身をあおった。
「ちっ、毒!」
マルゴットさんが駆け寄るが、小柄メイドの口から大量の血が吐き出され、痙攣した。
小柄メイドは勝ち誇ったように笑い、目を閉じた。
まあ、こういうのは死ぬ前にだろうなあ。
『キュアポイズン』
青い光が小柄メイドさんを包むと、彼女は蘇生した。
「な、なんですってっ!!」
「マコトッ! 偉いっ!!」
マルゴットさんは洗濯ロープで小柄メイドをがんじがらめに縛り付けた。
なんか、マニアックな結び方だなあ。
「じゃ、この子は頂いて行くね、あとは任せたアンヌ」
「解った」
「マルゴットさんは荒事はしないんじゃ?」
「は? 諜報メイドの言葉なんか、一言も信じちゃだめよ、嘘しか言わないんだから」
「それは嫌な生き物ですね」
「そーよ、さあ、キリキリ歩けーっ」
なんだかなあ。
「あの小柄なメイドはどうなるのかな、アンヌさん」
「ヘザーさまの所で尋問ですね」
拷問とかされるのかなあ、忍者の世界は厳しいなあ。
じゃない、諜報メイドだ。
護衛女騎士の詰め所の中に入る。
一番奥には代用監獄があって、イルダさんはそこにいた。
六畳一間ほどの簡素な室内のベットに彼女はうつむいて腰掛けていた。
護衛女騎士の人が鉄格子の鍵を開けると、イルダさんはこちらを見、エステル先輩を見て、床にひざまづいて頭を下げた。
「頭をあげなさい、イルダさん、この前は辛く当たって悪かったね」
「と、とんでもございません、私が罪を犯したのに、ファリノスさまに暴言を吐くなど、どうぞ縛り首になさってください」
ファリノスというのは、エステル先輩のファミリーネームね。
「事情を調べたら暴言も仕方が無いと思ったよ、頭を上げてイルダさん、名にし負う毒蜘蛛マーラーに脅されていたなら無理も無い」
「知らなかったのです、あんな恐ろしい悪名を持つ家だったなんて」
まあ、平民の料理人は貴族間の悪名とかしらんわな。
ぽつぽつと話すイルダさんの告白は、おおむねこちらが推理した通りの流れだった。
イルダさんは、黄道亭から独立し、自分のお店を持つための箔付けに、王立魔法学園の女子寮食堂の仕事をパーティで知り合ったグスタフ・マーラー伯爵に仲介してもらい、見事勝ち取った。
その後、マーラー伯爵から、自分が紹介する仕入れ屋から言い値で食材を入れなさいと言われ、イルダさんは反発するのだが、誰のおかげで女子寮食堂の仕事を手に入れられたのだ、と怒鳴られ、お前の聞き分けが無いなら、実家の黄道亭にも迷惑が掛かるのだぞと恫喝されて怖くなったらしい。
イルダさんは、なんとか一年、酷い食材に耐えて、がんばってきたのだけど、補填の食材を買う貯金も切れて、借金ばかりがかさむのであった。
食堂の契約はあと二年、石にかじりついてでもやり遂げると決意した矢先に、貯蔵焼けの押し麦を押しつけられて、生徒が騒ぎ出し、現在に至る、というわけさ。
「誰かに相談して打開したかったのですが、マーラー伯爵の名を聞くと、みな怖じ気づいてしまいました、前舎監生のアイダ様に相談しても、暗に賄賂を要求されるだけで、もう、どうにも方策がつきましたのでございます」
「なんとも辛かったね、もう大丈夫だ、僕がマーラー伯爵は引き受けるから、事件が解決するまで、イルダさんは大神殿で休んでいなさい」
「だ、大神殿に?」
「大神殿なら、マーラー伯爵も手は出せないわよ、安心してイルダさん」
「聖女さま、聖女様にも私は暴言を」
「暴言? 私が聞いたのは、あなたの助けを求める声だけよ、それを聞いたので、私はあなたを助けるわ」
「あああ、ありがとうございますありがとうございます」
イルダさんは泣き崩れた。
ほんとにもう、真面目で才能にあふれる料理人をイジメてつぶすなやっ。
しかも大して儲かるわけでもあるまいに、マーラー伯爵ゆるすまじっ。
「いま、食堂はどうなってますか」
「私が責任者でなんとか回してますよ。イルダさんの育てたスタッフが優秀だから、なんの問題も無く回ってます。ハンスも、ケインも叩き出しましたから」
「ありがとうございます、なんとお礼を言っていいことか」
「お礼なんかよりも、事件が終わったら、また元気に女子寮食堂を率いて、下級貴族の娘たちに、おいしいポリッジをふるまってくださいな」
イルダさんは私の言葉を聞くと、また、泣いた。
うんうん、辛かったね、イルダさん。
今は大神殿で少し休もうよ。
私とカロルはエステル先輩と別れ、イルダさんと共に馬車に乗り込んだ。
ちなみに馬車はエステル先輩のお家の自家用馬車を借りた。
黒塗りの高級馬車だ。
体育会系の乗った馬車に追突して、示談の条件としてホモってやれ。
「またマコトが変な顔をしてる」
「な、なによう」
いいじゃん、気を抜いても、大神殿まではすぐなんだしさあ。




