第46話 悪の仕入れ業者に恫喝三昧
まかないを完食して、しばらくしたら勝手口を開けて、若い男が入ってきた。
なんだかチャラい。
「配達にきましたよ、おや、今日はイルダさんは居ないんですか」
「今日は居ないんです」
「そうですか、ではメリサさん、伝票にサインをお願いします」
へらへらしながら、男はメリサさんに伝票を押しつけた。
「イルダさんが不在の間は、こちらの、キンボール男爵家のマコトさまが責任者になっておられまして」
「……生徒が、責任者ですか? い、異例じゃないですか、いやあ驚いたなあ。僕はケインです、なんとも可愛いらしい、よろしくおねがいします」
「先に品物のチェックをおねがいします、メリサさん」
「はい」
「え、いつもはノーチェックじゃないですか、やだなあ、早く伝票にサインして、お支払い下さいよう、ははは」
「いつも通り上級貴族食用の良い物が半分、下級貴族用の物は……」
「いや、いつも通りの押し麦だし、肉だってまだまだ食べられますよ、平気平気」
「じゃあ、お前が食べてみろよ」
私が低い声でそう言うと、ケインは動きを止めた。
ヘラヘラした外側が消えて、目に怖い物が混じりはじめる。
コリンナちゃんが、貯蔵焼け押し麦から作った塩からポリッジの鉢をテーブルに置いた。
「食えるなら食ってみろ、完食したら、褒美に金を払ってやってもいい」
「……」
ケインが私をにらみつける。
ハンスよりかは場数を踏んだチンピラだな。
「カロル、チェーン君」
「はいはい」
ジャリジャリジャリーンとチェーン君が立ち上がり、勝手口を塞いだ。
二メートルもある鎖の巨人は、さすがの威圧感だ。
「お、お前、こんな事をして……」
「誰が黙ってないのか、是非とも名前を聞きたいね。ケイン君」
私が問うと、ケインは黙り込んだ。
「もう、全部ばれた、舎監生にばれたし、学園長にもばれた、誰かが女子食堂の予算をチューチュー吸っているのがばれた。さあ、黙ってない奴の名前を言いたまえ」
「が、学園長は、こ、こっち側だぜ……」
「へえ。じゃあ、私はケビン第一王子に尻を持って行くよ、いくら何でも王家はお前達側じゃあないだろう」
ケインはブルブル震えはじめた。
「お前に聞かなくても、黙ってない奴の名はあぶり出すよ。お前は、黙ってない奴の手で口封じに川に沈められるでしょう。私は、お前がどうなろうと、何の興味も無いわ」
「お、俺は……、俺は……」
「まずは名前を言いなさい、その後に私が出したポリッジを食べなさい、その後、食材のお代はいりませんから証人としてかくまってくださいと泣いて頼みなさい、君に出来ることはそれだけだ、ケイン君」
「だ、代金を踏み倒すつもりかっ!」
「これまで、仕入れの何倍も儲けてきたんでしょう? それともなんですか、命よりも金が惜しいの、商人の鏡ですね」
ケインの内圧がギリっと音を立てて上がった。
奴の目は私を見て、勝手口を塞いだチェーン君を見た。
そして勝てないと踏んだのか、歯を食いしばり肩を落とした。
「あの方相手に男爵のお嬢さんじゃ、か、勝ち目がねえ」
「男爵位以上ですか。そこのカロルは伯爵令嬢だよ」
ケインの眉が少し上がった。
「黒幕は伯爵位か」
「くっ、だ、だが、あのお方は、暗闘の専門家だ……」
「はっ、女子寮食堂のお金をかすめ取るのが暗闘の専門家の仕事なの」
「……グ、グスタフ・マーラー伯爵様だ」
私はカロルの方を見る。
「毒蜘蛛のマーラー家。ポッティンジャー公爵派閥の暗闘貴族ね」
「大物?」
「先祖代々の暗闘貴族よ、なかなかの難敵かな」
「おもしろいね」
「マコトはどんどん手を出してはいけない奴らに喧嘩を売っていく」
「まかせろっ」
「褒めてねえしっ」
「も、もう良いなっ! 証人になるっ! だから匿ってくれ、女房も子供もだっ」
「家に帰って家族で大聖堂へ行きなさい、これを見せれば懐中の宝石みたいに守ってくれる」
私は、この者を匿うようにと書いたサイン入りの羊皮紙を渡した。
「こんな物が何になるってんだよっ!! 男爵家の令嬢ごときのサインで大聖堂が動くかよっ!!」
「動くよ、私は聖女候補だから」
ケインは愕然として私を見つめた。
「せ、聖女さま、なのか?」
「そうだよ」
ケインは顔をくしゃくしゃにして泣き出した。
「助かった、俺も家族も、助かったんだ」
彼はひざまずいて、私に祈りを捧げだした。
「ありがとうございます、聖女さまっ、さっそく家族と共に大聖堂に行きますっ」
「おい、ケイン君、行くのはポリッジを完食してからだよ」
「えっ」
えっ、じゃねえよっ。
お前のせいでみんなが塩からポリッジに苦しんだんだから、けじめつけていきなさいよっ。
泣きながら塩からポリッジを完食したケインを送り出して、ほっと一息。
「なんだか、マコトがゴロツキみたいで怖かったわ」
「えー、あれくらい誰でもやるっしょ」
「お前だけだ、マコトは可愛いから恫喝すると迫力が出て怖い」
「そんなあ、えへへへ」
「だから褒めてないって」
メリサさんがケインの持ってきた品物を羊皮紙に書き留めている。
「食材を一回分、むしり取りましたね」
「あいつらが分捕っていったお金に比べれば小さい小さい」
とりあえず、また持ってきた貯蔵焼けの押し麦と、腐り放題の牛肉、しおれ放題の野菜にヒールを掛けていく。
「聖女さまは便利ですねえ、これで上級も下級も、美味しい晩ご飯を作れますよ」
「仕入れ業者を考えないとね、男子寮食堂の仕入れ業者はケインじゃないのよね」
「はい、違いますね」
「ちょっと行って、仕入れが出来るか、概算はどれくらいか聞いてきて下さい」
「わかりました」
「たぶんケインに出している費用で、もっと良い物を沢山持ってきてくれるはず」
「ええ、それは確実ですね、コリンナさま」
メリサさんはふんわりと笑った。
「後はパンよねえ」
「ひよこ堂から仕入れたらどうよ」
「最近教会関係の大口の注文が多くて、釜がパンパンなのよね」
「なるほど」
ひよこ堂も、工場建てるか、人を増やせば良いんだけど、父ちゃんは自分でパンを作りたいって聞かないんだわさ。
父ちゃんが頑固だから、ひよこ堂は隠れた名店止まりでございますわよ。
まあ、そこが良いんだけどね。
「パン釜あるんだから、いっそ、ここで焼くかな」
「焼きたてのパンは美味しいわよね」
「カロル、コリンナちゃん、手伝ってくれる?」
「面白そう、手伝うわ」
「パン屋のまねごとまでするとはなあ、しかたがない美味しい食事の為だ」
「自分でパンが焼けるようになれば、食費が下がるわよ」
「む、それは魅力的」
さて、では、目下の敵の分析だな。
「女子寮食堂で食べてるマーラー家のお嬢さんって誰だろう」
カロルは、パンパンと手を二つ打った。
アンヌさんが魔法のように、ロッカールームのドアを開けて顔を出した。
「およびですか、お嬢様」
忍者かあ、諜報メイドは忍者なのかあ。
「マーラー家のご令嬢の名はわかる?」
「ヒルダ・マーラー様です、現在は二年生、ポッティンジャー公爵派閥ですが、目立って動いておりません」
「取り巻きでも、暗闘部隊でもないの?」
「はい、現在のポッティンジャー公爵派閥の暗闘責任者は、三年生のバッカス・リドリー侯爵令息の執事グレイブです」
その執事が二流の暗闘屋なのか。
だが、なんで暗闘の家の子が暗闘部隊に入ってないんだろう。
「デボラ・ワイエス伯爵令嬢が学園内公爵派閥の諜報担当幹部よね、ワイエス家よりもマーラー家の方が名前が高いのに、なぜ諜報をやってないのかしら」
「噂では、ヒルダ嬢は、ビビアン様と仲が悪いとも言われています」
「暗闘の家って、諜報もするの?」
「諜報の家は諜報しかしないけど、暗闘の家は諜報に破壊工作を足したものよ。上位互換ね」
「いろいろあるんだなあ、法衣貴族には関係の無い世界だ」
「コリンナちゃんは行政で出世するんだから、こういうのも覚えないと」
「えー、やだなあ」
「ヒルダ・マーラー様は、二つ名を毒蜘蛛令嬢と呼ばれております」
ひゃあ、格好いい。
ヒルダさんは、強敵の匂いがしますな。
だけど、なんで、そんな物騒な家が、ちんけな横領に関わってるのかな。
暗闘の家がする悪さじゃないような気がするな。
稚拙で適当だ。
食堂の売り上げをチューチュー吸っても、そんなに儲かる物でもないだろうに。
謎だ。




