第43話 まいどまいど壁新聞にいらつかされる
「おわったーっ!」
「おつかれー」
現在時刻は午前八時、最後のお客さんに甘々ポリッジを渡した所であります。
六時から二時間、結構疲れるね。
「コリンナちゃんもお疲れー」
「おつかれ、これ帳簿とお金、一応チェックしなさい」
「了解-」
お金をざっと数えてみたが、帳簿とお金はぴったり合致。
金庫に入れて、業務終了!
「あとは、あたしたちがやっとくから、二人は授業に行ってきな」
「ありがとう、仕入れの人が来るのは何時ぐらい?」
「いつもはお昼に来ますね、お立ちあい願えますか、マコトさん」
「わかりました、出席して喧嘩します」
「喧嘩前提なんですね」
「あの貯蔵焼けの押し麦を持ってくる業者でしょう、なら喧嘩は当然」
「喧嘩だったら、私も必要ですね」
リンダさんまだいたの?
「リンダさんは大神殿へお帰りくださいまし」
「えー、聖女さまが心配ですよう」
「うるさいっ、帰れっ!」
「ちえーっ」
リンダさんが喧嘩の現場にいると、血生臭くなっていけないからなあ。
彼女は、穏便な脅迫とか、跡が残らない恫喝とかを、覚えるべきだと思うんだ。
「では、行ってきまーす」
「いってきます」
コリンナちゃんと一緒に同伴登校であるよ。
女子寮を出て、五分で校舎であるよ。
「また壁新聞が張ってあるね」
「新聞部も毎日大変だよねえ」
「だいたいマコトのせいだと思うが」
「ち、ちがうよっ」
さて、本日の記事は?
『金的令嬢お手柄!! 裏庭の池に落ちた令嬢を全裸で救助!!』
全裸じゃねえしっ!!
ドロワース履いてたってっ!!
魔法学園新報はいつも通り中立気味で、昨日のメリッサさんの救助のアウトラインを正確になぞった後、派閥抗争の巻き添えかと疑問を投げかけて文を締めていた。
新貴族速報も相変わらず、偏見にまみれた下品な言説であるよ。
メリッサさんが池にはまったのは不幸な事故で、友人のご令嬢がオロオロしていた時に、自己顕示欲の塊である偽聖女候補が、破廉恥にも裸となり勝手に飛び込み、メリッサさんを助けた後、お友達の令嬢たちに、『彼女を突き落とした、助けなかった』と難癖をつけ、さらに、仲裁に入ったケビン第一王子にも暴言を吐いた。
だそうな。
「まったく新貴族速報はいい加減な。いくら失敬な金的令嬢でも、第一王子に暴言を吐くわけがあるまい、なあ」
なんだよ、ジェラルド、声掛けてくんじゃないよ。
「邪魔だから怒鳴っただけだよ」
「……、事実、なのか……」
マジであいつは邪魔だったからなあ。
「と、とりあえず、王家には、もっと敬意を持とうな」
「おう」
ジェラルドは悲しそうな顔で目を伏せた。
解せん。
A組に入ると、カロルが目を笑わせて小さく手を振ってきた。
「おはようカロル」
「おはようマコト、今朝は美味しかったわ」
「また明日も来てね、良かったら今日の晩餐も」
「夕食も作るの? すごいわ」
「いや、実は食堂の責任者なので、料理は作って無いの、基本的に皿洗いとカウンター業務なのよ」
「なあんだ、でも凄いわよ」
カロルが晩餐に来ても、食べているのを遠くカウンターから見るだけだなあ、それはつまらないね。
どうにかカロルと一緒に食事ができる方法はない物か。
厨房でまかないを一緒にと言っても、遠慮深いカロルだから断ってくるだろうなあ。
うむむ。
アンソニー先生が来て、ホームルームが始まる。
裏庭の池は深くて危険なので近寄らないようにとの注意事項。
遠からず池の周りには柵が立てられるとの事。
そうね、あの池は囲っちゃった方が危なくないな。
一時限から三時限目までは無難にすんだ。
座学は楽だなあ。
一日中座学でも私はかまわんぜ。
あと、歴史、歴史の授業が面白い。
さすが王立アップルトン魔法学園の先生だけはある。
歴史の流れの要所要所を押さえて、面白エピソードをちょこちょこ挟んでくる。
いいねいいね、私、歴史の話大好き。
お賃金の次ぐらいに好き。
で、問題は四時限目、一日おきの武術の時間である。
カトレア嬢に会うのが嫌だなあ。
カロルと一緒にのろのろと女子更衣室に。
だが、こんな時でもカロルの生着替えを注視するのはやめられない。
うぇひひ。
「ちょっと、マコト、なんか目がやらしいわよ」
「ソンナコトナイデスヨ。オンナノコドウシジャナイデスカ」
「時々マコトの中身は男の子じゃないかと思う事があるわ」
「股間、見る~?」
「見ませんっ」
カロルに怒られた~。
えーん。
泣き真似をしていたら、カロルに体操着の裾をひっぱられた。
「ほら、いくわよ」
「もー、裾がのびちゃうようっ」
修練場につくと、台に模擬武器が並べられていた。
短木剣と、魔法のバックラーを持つ。
カロルは木のモーニングスターだ。
打撃武器の模擬武器ってなんか変な感じだなあ。
質量を打ち付ける武器だから、木でも鉄でもあまり変わらない気がするよ。
「こんにちみょん」
「あら」
塩ポリッジのおかっぱちゃんではないですか。
A組だったのね。
「コイシ・コミンビッチだみょん、子爵家~」
「マコトです、キンボール男爵家の」
「よろしくみょん、キンボールさま」
「マコトでいいですよ、コミンビッチさま」
「マコトしゃんだね。わたしもコイシでいいみょん」
「コイシさま、よろしくおねがいします」
「ため口でいいみょん、マコトさん」
「うん、ありがとうコイシちゃん」
コイシちゃんというのか、外見はこけしみたいであるが。
彼女は台から木刀を取った。
「刀を使うんだね-」
「伝家の宝刀が、東方から伝わった刀だみょん」
「蓬莱から伝わったのかな」
「そうらしいみょん、爺様が蓬莱から来たん」
へー、蓬莱の人が偽フランスのここまで来てたのか。
それでコイシちゃんは黒髪黒目なんだねえ。
行ってみたいなあ、偽日本の蓬莱。
現在は、江戸時代? 明治かな?
コイシちゃんは軽く手をふって離れていった。
私も、前回の位置に立つ。
げ、隣はカトレア嬢だ、睨んでおる睨んでおる。
バッテン先生が来て、ユウモアのある前説の後、前回通り素振りでございます。
まあ、まだ二回目の授業だから、ちゃんと振れてないご令嬢ばっかですからね。
私も前斬りくらいは出来るが、短剣でちゃんと戦えるかというと自信は無い。
とりあえず、素振り、素振り、素振り。
「まったく、目立ちたがりの成り上がりは見苦しくてこまる」
うるさいな、カトレア嬢。
「事故で池に落ちた娘を、全裸になってまで救う意味があったのか、変態の恥知らずめ」
「うるさいわね、ドロワースはしてました」
素振りしながら彼女の言葉に答える。
「全裸とかわらんではないか、令嬢としての慎みはないのか、平民上がりは」
「服を着たまま水に入ると溺れるのよ」
「……え?」
カトレア嬢の素振りが止まった。
「制服は持ってるでしょ、それを着てお風呂に入ったと想像してみて」
「お、おう……」
「スカートが水を含むでしょ、重さが増えるでしょ、動けなくなって溺れるの」
「そ、そんなに重くなるか?」
「重量が腰に掛かるからね、身体強化すれば少々ちがうけど、脱いだ方が早いわ」
「そ、それでは、溺れてた娘は……」
「しばらくしたら沈んでいたはず」
カトレア嬢は素振りを再開しながら黙った。
「あぶない所だったのか」
「ええ」
この世界の王都に住む住民は、貴族も平民も泳げないんだよね。
川は汚いし、海は遠いので。
私は前世でプールの授業があったからこそ泳げるのだ。
「派閥の仲間の事故になにもしなかったのか……」
「彼女を突き落とした所を見たわ」
「ばっ、ばかな……」
カトレア嬢は目を丸くして私を凝視した。
「水の怖さをしらなかったんでしょう、助けもしないで笑って見ていたから」
「そんな、ばかな、ありえない……」
「私語はやめなさい、素振りを続けて」
バッテン先生がやってきて、私たちを叱った。
「どうした、ピッカリンさん、剣に気持ちが入ってないぞ」
「先生、あの、スカートで水に入ったら必ず溺れますか」
「……ああ、昨日の……」
そう言って、バッテン先生は私を見た。
「五年前のラルガ川の氾濫があっただろう。運悪く夜会のど真ん中に鉄砲水が来たやつ、先生はあそこで警備をしていてね」
「は、はい」
「ドレスを着ていた令嬢はみんな溺れた、助かった少人数は、いち早くドレスを脱ぎ捨てた人だけだったよ」
「……」
「昨日のキンボールさんの行動を、みな突飛に感じるだろうが、あれが正解だ。服を着たものが二人池に入ったら、お互いの服をつかみ合って溺れるんだ。職員室で先生たちがみんな感心していたよ。ありがとうキンボールさん」
「いえいえ」
横耳で聞いていたご令嬢方がざわざわとした。
「さすがは金的令嬢ですわ、思い切りが良い」
「裸には、そんな理由が、何かいかがわしい趣味だと思った私が恥ずかしいですわ」
「池に飛び込む時は全裸にならねばなりませんのね、私、恥ずかしくて脱げそうにありませんわ」
いや、ご令嬢が池に飛び込むシチュエーションなんか滅多にないからね。




